お友達
そういえば私は単純な人間でもあったのだ。
ディル様の言葉で心の何処かに引っかかっていたものが取れた私は、どこかスッキリとしてユーシェ様に向き合うことができるようになっていた。
あの日、顔を真っ赤にし、充血した目のままお部屋に戻った私を見て、酷く心配されたユーシェ様がディル様に詰め寄った。
「ティナは私の大切な、大切な侍女なのですよ!たとえディル様であっても、ティナを悲しませることは許しません!」
興奮してかお顔を真っ赤にされたユーシェ様がそう言い切り、ディル様から私を奪うように抱きしめた。
「大切な、人なんですからね」
「ユーシェ様…」
その思いが嬉しくて、思わずユーシェ様を抱きしめ返してしまった。まだ細いその身体が小さく震えていて、初めてユーシェ様にお会いした日のことを思い出す。今よりもっと細くて、堅く心を閉ざしたような、守って差し上げなければ消えてしまいそうと思ってしまった、あの日のことを。
そんな、誰よりも大切で、お慕いする方にこんな風に思っていただけるなんて、私は幸せだ。幸せじゃないか。どうしてこの方を疑っていたのだろう。この方は、いつだって素直で、真っ直ぐに気持ちを伝えてくださっていたのに。こんなに分かりやすくて、どうやって後宮で生きていけるのだろうと思っていたのに。
「ありがとうございます、ユーシェ様。嬉しいです」
止まっていた涙がまたポロリと溢れた。
「嬉しい、です」
しばらくそうしていると、後ろから「相思相愛なのはもうみんな知っているから、取り敢えず俺の誤解を解いてくれないか」と、呆れたような、困ったようなディル様の声がし、少し笑ってしまった。
それからといえば、毎日ではないものの、私の元にはディル様からの贈り物が届くようになった。初めは花やお菓子だったのが、小さなアクセサリーを始めとした装飾品へと変わっていった。
「ねぇティナ、殿方っていうのはみんなこのように頻繁に贈り物をしたがるものなのかしら」
「誠に申し訳有りませんが、私はそのようなお話には明るくないのです…」
「私がアレク様に色々なものを頂いていた時、ティナは教えてくれたじゃない」
「……ほんの少し聞きかじったことを、お伝えしていたのです…。本当は分からないことばかりです。申し訳ございません」
「いえ、謝らなくていいのよ、ティナ。…その髪飾り、とても似合っているわ」
「…ありがとうございます」
侍女が華美な装飾品を使うことは良しとされていない事を理解した上で、ディル様はそうは見えないシンプルな、けれどきっと高価である髪飾りを下さった。あえて宝石を小粒にし、土台は白金で作られたそれを、私は髪に付けていた。それを見たユーシェ様が純粋に、疑問に思って尋ねてこられたのだ。
ちなみにユーシェ様の胸元には、やはり陛下がお贈りになられたネックレスが輝いている。想いが通じあった後も、陛下はユーシェ様にマメに贈り物をされているのだ。貧乏貴族である私は当然ながら、孤児院育ちのユーシェ様もこんなに贈り物をされる事には慣れておらず、素晴らしい贈り物を前に気後れしてしまうのが現状だ。
そんな私たち二人を見て、最近新たに増えたユーシェ様付きの侍女がくすりと笑った。
「羨ましゅうございますね。とても大事に思われている証拠でございますよ」
年配の彼女は、穏やかな笑顔でそう言った。
まるで母親のような慈愛に満ちた表情をする彼女は、時に厳しい顔も見せる人だと、私は知っている。彼女は、ディル様が手配された、ユーシェ様に仕えつつも私を護衛する侍女なのだから。つまり、彼女がここにいる事自体が、私がディル様に大切に思われているという事になるわけで…。
「ティナ、大丈夫?」
「大丈夫ですっ」
自分の考えが恥ずかしくなり、私は両手で顔を隠して俯いた。ものすごく顔が熱い。これは絶対に顔が赤くなっているはずだ。
そんな私を見て、ユーシェ様は何事かと思っているに違いない。こんな態度は侍女らしくない。けれど、もうそれを保てなかったのだ。
「こんなティナを見るのは初めてね」
「…私も初めてです」
そもそも、侍女らしくないと言えば、今もそうだ。毎日のように私はユーシェ様とお茶を共にしており、まさに今がその時間なのだ。仕事中に主とお茶を共にし、更には自分の話を主としている。こんな侍女が他にもいたら、会ってみたいものだ。絶対にいるわけないのだから。
「あの…聞いてもいいかしら。正直なところ、ティナはディル様のことを…その、好意的に思っている…のよね?」
少し聞きにくそうにユーシェ様が話しかけてこられたので、顔を覆っていた手を外し、ゆっくりと顔を上げた。
「とても、良い方だと思っています。私にはもったいないくらいのお方です」
テーブルの上には冷めたお茶。それを淹れ変えるタイミングを見計らっている年配の彼女は、多分私の言葉を逃さないように集中している。
「気後れしてしまうの?」
「そう…ですね。多分、そうなのだと…思います」
私と同じように、身分の高い方から求婚をされたことのあるユーシェ様だからこそ、きっと私の気持ちがわかるのだろう。
「本当であれば、私の返事など必要ありませんのに…。家に話をしてしまえば、断ることなんてできないことを分かっているのに、そうなさらないんです。私が自分で考えて、返事をすることを…待ってくださっているのです。私にそうしていただく程の価値があるのかと、つい考えてしまうのです」
「そうよね、それは分かるわ。でも、ティナが素敵な女性だっていうことも、知っているわ」
「ユーシェ様もディル様も、私を高く評価しすぎです」
「そんな事ないわ。アレク様だって、ティナを大切に思っているわよ」
「え」
流石にそれは恐れ多すぎます。それから、多分それは陛下がユーシェ様を大切に思っているからこそ、ユーシェ様が平穏に過ごせるよう側にいる私の存在が大切、という意味だと思うのです。
「あのね、ティナ」
「はい」
「私はティナに幸せになって欲しいのよ」
「嬉しいお言葉です」
「ティナが幸せになるために、私の侍女で居られなくなるというのは、寂しいけれど仕方のない事だと思うの。そのためにティナが結婚をしないという方が悲しいのよ」
「ユーシェ様…」
「でもね、その、アレク様が言うのよ。後宮にいる今もそうだけれど、王宮に居を移してからも、私を外に出すことは簡単には許可できないって。ても、ディル様の所にならいいって言うの」
「…え?」
何か、とても言いにくそうにユーシェ様が言葉を紡いでいる。どこかそわそわしながら話をするユーシェ様は、緊張しているように見えた。
「ディル様のおうちは王宮からそこまで離れてはいないそうなのだけど、警備もしっかりしているから、外出の許可を出しやすいとおっしゃるの。ディル様と結婚をしたら、ティナはディル様の邸宅に住むことになるでしょう?そこに、友人として尋ねて行く事を、許可するって言われたのよ」
「……え?」
「それにねっ、気が早いとは思うけれどって…、あの、私もそれは少し早い話だと思ったのだけど、その、将来的にお子が生まれた時に、近しい立場にいた方が交流もしやすいだろうって、その……」
「……えぇ!?」
落ち着きなく手を顔に当てたり、口にしないのにカップに手を添えたりしながら、ユーシェ様は頬を染めてまさかと言うような話を続ける。
「ディル様のご身分が高いから、流石に御夫人に乳母をさせるわけにはいかないけれど、同じ頃合いにお子が生まれればそういったやりとりもできるかもしれないぞと…言われてね。えぇと、ディル様と結婚した方が、今のままよりも交流を続けていけるんじゃないかって……。その、アレク様も、色々考えてくださっているようなのよ」
「ユーシェ様…、もしかして、陛下から私を説得するように言われたのですか?」
「え?ちがっ、違うわよ?そんなこと…っ、本当に違うの。そうじゃなくて……、あぁっ、やっぱり私には上手にできないわ!」
「え、あの、ユーシェ様?」
取り乱したユーシェ様は、テーブルに肘をつき、両手で顔を覆ってしまわれた。色々なユーシェ様を見て来たけれど、こんなユーシェ様は初めてだ。
「ティナはきっとディル様のことをお慕いしているけれど、頭で物事を考えすぎていてあと一歩が踏み出せないだろうから、私が背中を押してあげたらいいんだってアレク様がおっしゃったの。二人がうまくいけば、私はティナともっと仲良くなれるはずだって……」
「ユーシェ様…」
私がのんびりしている間に、ユーシェ様をこんな風に悩ませてしまっていただなんて…。
「でも、一番大切なのはティナの気持ちなのよ。ティナ、あなたがディル様に抱いている好意的な気持ちは、殿方として、結婚相手としてお慕いしているということで合っている?」
ガバッと顔を上げたユーシェ様は、顔を少し赤くし、目を潤ませながら、真剣な表情で私を見つめた。
「そう…ですね…。そうだと…思います…」
ユーシェ様が真剣に向き合ってくださるのなら、私も真剣に答えなければいけない。
私を認めてくれて、弱さも包み込んでくれて、必要としてくれて、向き合ってくれて、待ってくれる。私のことを理解して、考えてくれる。身分の差を気にせずに、私を尊重してくれる。こんな素敵な人を、好きにならずにいられるわけがない。
「ただ、自信が…なくて…」
「それなら、私があなたの背中を押しても問題ないわね?」
「え?」
「ティナの気持ちがディル様に向かっているのなら、私はあなたの背中を押すわ」
「それは、どういう…?」
疑問を言い終わる前に、ユーシェ様は私に身体を向け、私の手を握りしめた。
「ティナが侍女になってくれて本当に嬉しかった。困った時、寂しい時、苦しい時、どうしていいかわからない時、全部ティナがいたから乗り越えられたわ。いつでもどんな時でも私の味方でいてくれて、支えてくれて、本当に心強かった。ティナが私の侍女でいてくれて、本当に、本当に良かったと思っているの」
「ユーシェ様…」
思っでいなかった嬉しい言葉の数々に、涙が浮かんでくるのがわかった。ユーシェ様の目にも、涙が浮かんでいる。
「本当は、ずっとティナにそばにいてもらいたい。でも、ティナの幸せの方がもっと大事だから…。だから、ティナ、今度は私のお友達になってください」
「………え?」
友……達……?私と…ユーシェ様が…?
「侍女でなくとも一緒にいることは出来ると教えてもらったの。今までのように四六時中一緒にはいられなくなるけれど、その代わり、時間は短くても今までよりももっと深く関わることができるのだと。秘密の話もたくさんできるし、お食事だってお茶だって、堂々と一緒に摂っていいのですって。お家に遊びに行ってもいいし、一緒にお散歩をすることもできるんですって。…私、ティナとお友達になりたい。もっともっと、色んなことをティナとしたいの。だから、侍女でなくなっても大丈夫。好きな人と、結婚していいのよ」
ユーシェ様の手に力がこもり、私の手をさらにぎゅっと握りしめた。
「好きだと思える人と、この先もずっと一緒にいられるなんて、当たり前じゃないのよ。幸運なことなの。だから、もし、ティナがディル様のことを好ましく思っているのなら、しがらみなんて気にしないで、一緒にいることを考えて欲しいと思うのよ」
「………はい…」
ハッとさせられた。ユーシェ様は大切なご両親を亡くされているのだ。私だって、戦争の記憶はある。当たり前なんて、どこにもないのだ。
貴族で、しかも底辺の貧乏貴族なのに、政略結婚をしなくていいなんて、それだけでも幸運なのに、さらにお慕いしている方と一緒になれるかもしれない。こんな幸運なことは、そうない。それを、ウジウジして向き合ってさえいない私は、傲慢ですらあるかもしれない。
それならば私は。私は…。
「ありがとうございます、ユーシェ様。私、決めました」
「本当?」
ぎゅっと手を握り返した私に、ユーシェ様は驚いたように目を丸くした。
「ディル様に、お返事をしようと思います」
良かった!と、花が綻ぶような笑顔を見せるユーシェ様に、私も微笑む。
「私とお友達になるというお話も、忘れないでね」
意外としっかりしておられるユーシェ様に思わず吹き出してしまったのは、ここだけの秘密にしてください。
遅くなってしまってすみません。
しかもディルの出番がなさすぎ…。
次こそ完結を目指します!




