番外編・渋いお茶と憂い
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番外編をサクッと更新しようと思ったら、全くサクッとできず、前後編になってしまいました。
短くまとめるのが苦手すぎて申し訳ないです。
アレク様と気持ちが通じ合って一月が過ぎようとしていた。私はと言えば、相変わらず後宮の奥に住まい、ほとんどをそこで過ごしていた。相変わらずな生活をしていると言いたいところだけれど、生活はさすがに変わっていた。
まずは、今まで頑なに固辞していた侍女の人数が増え、なんと5名になった。さすがに毎日5人に側にいてもらってもすることは何もないので、ティナ以外の人は交代でついてもらっている。
私の日中の過ごし方は、洗濯と掃除をやめてからは刺繍くらいしかすることがなく、私の代わりに掃除をするようになった侍女をじーっと見るくらいしかなかった。見兼ねたティナが、苦笑しながらお茶の美味しい淹れ方や、立ち振る舞いの所作などお勉強しますか?と言ってくれ、二つ返事で飛びついた。
今では他の侍女も参加して、手紙の書き方や、お茶会での振る舞い方など、たくさんのことを教えてくれるので毎日が新鮮だ。貴族では無いけれど、貴族の中で生きていくならそれ相応のことはできないといけないだろうから、とてもありがたい時間だった。
それから、護衛の人数も増えた。今までは2人が交代でついてくれていたけれど、それでは警備が行き届かない可能性があるとアレク様に強く言われ、最低でも4人はついている。本当はもっと増やしたいと言われたのだけれど、私はこの居住スペースから出ることがほとんどないので、4人でも多いくらいだとお伝えしていた。だからと言って減ることはなかったけれど。そして24時間私に張り付いていなければいけない護衛は当然ながら交代勤務なので、10人に増えた。
私には今現在身分というものがないので、後ろ盾がないどころか孤児であることを不満に思う方がたくさんいるのだと聞いている。そういった人達から守るためには、それ相応の対策をしなければならないとアレク様に言われ、申し訳なく思ったりもしていた。
けれど、アレク様と共にありたいと思ったのは本当なので、言うことを聞いて大人しくしておこうとも思っていた。アレク様の側にいられなくなったら、どうしようもないのだから。
食事の量も少しずつ増えていた。毎日、少しずつ増やしてもらっているので、戻すこともなく食べられていた。ガリガリの棒っきれのようだった私の体も、少しは肉付きが良くなってきているように思う。というのも、毎日見ているから変化があまりわからないのである。けれど、肋骨なんかは浮き出て見えなくなってきているので、きっとそうなんだと思っていた。まだまだコルセットいらずですけどねと、ティナが苦笑するのは仕方がないだろう。
「ねぇ、今日は私がお茶を淹れてみてもいい?ティナにも確認してもらいたいわ」
「そういうことでしたらよろしいですよ。お願いしますね」
「えぇ。頑張るわ」
午前のお茶の時間が近付き、お茶の準備をしようとしているティナに声をかけると、許可が下りた。
アレク様は夕食の時間にいらっしゃるようになってからは、お茶の時間にいらっしゃることは減っていた。忙しいのに私のところに顔を見せてくださるアレク様に、いつか美味しいお茶を淹れて差し上げたくて練習しているのだと知っているティナは、私がお茶を淹れる姿をニコニコしながら見守ってくれていた。
ポットとカップを温めて、茶葉を入れたら蓋をして蒸らす。私はまだ感覚が掴めないから、小さな砂時計の砂が落ちるのを待って、カップのお湯を捨ててお茶を注ぐ。
そんなに難しいことではないのだけれど、ティナのように優雅にしようと意識すれば動きは鈍くなり、蒸らしの時間や何か細かいことが変わってしまうのだと思う。いい茶葉を使っているおかげか、私が淹れたお茶も美味しいとは思うけれど、ティナが淹れたものの方がやはり美味しいのだ。
「何を難しい顔をしている」
部屋の入り口から声がして、はっと顔を上げた。
「アレク様!」
驚きのあまり持っていたポットを落としそうになったが、すんでのところで堪えることができた。
改めてポットをテーブルの上に置き、入り口に目をやると、怪訝そうな顔をした陛下と目があった。きっと、いつもなら侍女がするであろうお茶の準備を私がしているのを見たから不思議なのだろう。
「お茶を淹れる練習をしておりました。時々ティナに教えてもらっているのです。まだあまり上手くはないのですが…」
「そうなのか。では今日はその茶をもらおう」
「え?…アレク様にお出しするには…ちょっと…その…」
多分このお茶は少し渋くなっている。蒸らしの時間が長くなってしまった。私が飲むにはいいけれど、アレク様にお出しするには申し訳ないものになっていると思う。
私が戸惑っているうちに、アレク様はいつもの場所にお座りになり、しどろもどろな私を見上げていた。
「お前が淹れた茶を飲みたいんだ。俺のために練習しているのだろう?それを俺が飲んで何が悪い」
「ですが…」
「仕事で疲れている俺に、お前が淹れた茶の褒美をくれ。お前の侍女や護衛はそれを飲んでいるのだろう?俺だけ飲めないのはずるい」
「…う……、アレク様が…お望みならば…」
どこか拗ねたようなアレク様の言葉に恥ずかしくなり、俯いてお返事をした。
まだカップに入れたままだったお湯を捨て、ポットのお茶を注ぐ。やはり色が濃い。これは絶対に渋い。ミルクをお付けしたらいいだろうか。しかし、アレク様がお茶にミルクを入れる所など見たことがない。
「そのままでいい。お前も座って飲め」
「は、はい」
カップの中のいつもより色味の濃いお茶をじーっと見ていたら、私の考えが読めたのであろうアレク様に椅子を引かれた。我が国の皇帝陛下に椅子を引いてもらうなど恐れ多く、急いでカップをアレク様の前に置き、私も椅子に座った。アレク様はなんだか楽しそうに笑っているけれど、私は寿命が縮みかけましたと言いたい。でも、笑ってくれると嬉しいしホッとするから、これでいいのかも?とも思ってしまう私は、きっと単純なのだろう。
また考え事に囚われていると、アレク様がカップを持ち上げるのが見えて、私は慌てて自分のカップを持ち、アレク様より先に口をつけた。茶葉も何もかもアレク様が手配してくださったもので、そんな心配はないとわかっていても、やはり念のための毒味は必要だろうと思うからだ。
そんな私を見てまたアレク様は少し笑い、カップに口をつけた。
「…少し渋いか」
「申し訳ありません。時間を置きすぎました。すぐに新しいものを準備します」
「いや、これでいい。意外と頭が冴える気がする」
「……」
「次にお前が淹れた茶を飲む時は、これよりうまいだろうな。それが楽しみだ」
「…頑張ります」
想像通りの渋い茶を少しずつ飲みながら、クククと笑うアレク様に頭を撫でられる。大きな手で頭を撫でられるとすごく安心するのだけれど、なんだか気恥ずかしくて俯いてしまった。
いつの間にかティナによって置かれていた茶菓子に手を伸ばす。今日はフィナンシェだ。一口食べてその美味しさに頬を緩めると、アレク様の視線がいつもとは違うことに気づく。
「あの…アレク様?その、何かあったのですか?」
「何だ、ユーシェ」
「だって…午前のお茶にいらっしゃるのは久しぶりだったから…。何かあったのかと思ってしまいました」
そう。アレク様は朝まで一緒にいてくださることが多いから、午前のお茶の時間にはあまり顔を出さなくなった。今日はどうしたのだろうかと思っていたところに、なんだかいつもとは違う、私を観察するような視線に少し違和感を覚えたのだ。
「特に何もないが……あぁ、あると言えばあるか。何、くだらん話に付き合わされてな。お前の顔が見たくなったんだ」
「くだらない話…ですか?」
「あぁ。……ユーシェ、お前今16だったな」
「はい。あと2月で17になります」
「お前、俺の年を知っているか?」
「アレク様の年齢…ですか?今年で30歳だったと存じますが、合っていますか…?」
「合っている」
眉間にしわを寄せ、渋いお茶を口にしながら、アレク様は黙ってしまった。アレク様は流れの読めない話をすることが少ないのに、どうしたのだろう。そんなに仕事が大変なんだろうか。黙り込むほどお疲れなのに、あんな渋いお茶を出してしまって、本当に申し訳ないです…。
「ティナ、ちょっと来い」
「畏まりました」
アレク様がティナを呼びつけることも珍しい。やはりお茶が渋かったから、ティナの美味しいお茶を飲みたいのだろうか。けれど、呼びつけずともそれは頼めることだ。では、なんだろうか。
「お前はあの話を知っているな?俺への配慮は無用だ」
「…存じております」
「お前もそうだと思っているか」
「私は陛下とユーシェ様をずっと見ておりましたので、そのように思ったことは誓ってございません。ユーシェ様もそのように思ったことはないと思います」
「…?」
二人は時々私を見ながら、私を抜いて話をしている。でも、それは私の話だ。そして、何を話しているのかが全くわからない。
「だが、周りはそう思っているのだな」
「……そう思っている不敬なお方がいらっしゃるというのは、私としても心底不本意でございます」
アレク様はため息をついているし、ティナはアレク様の前だからと抑えているようだけれど、怒っているようだ。でも、話が読めないのでどうにもできない。
「私に考えがあるのですが、お話ししてもよろしいでしょうか」
「許す」
その後もアレク様とティナは私に分からない話を続け、何度か私を見ながらどんどん話を進め、何も分からないままお茶を片付けられ、立ち上がらせられた。茶菓子だけは忘れずに完食させられたけれど。
「ティナ、任せたぞ」
「畏まりました。ユーシェ様、こちらへ」
「え、あの、何を…?」
「時間がございませんので、あちらでお話しします。さぁ、こちらへいらしてください」
「え、え、え?」
「いや、ゆっくりしてくれていい。俺はまた夕食時にここに来る。必要ならあの話をユーシェにしても構わない。俺は執務室に入るから何かあれば伝えろ」
「畏まりました」
「あ、いってらっしゃいませ。…え?」
アレク様は颯爽と部屋を出て行き、ティナは満面の笑みで…というか、なんだか背筋がゾクッとするような笑顔で私に向き直った。
「さぁ、ユーシェ様、頑張りましょうね!」
「え?な、何を?何が始まるの???」
まずは説明をして欲しいなって思うのは、おかしくないはずなんだけれど。有無を言わさないティナのギラギラした視線に、何も言えなくなってしまった。そして、ティナに言われるまま移動し、いつの間にか合流したティナ以外の侍女にも同じような視線を向けられ、ゾクゾクする羽目になったのだった。
一体今から、何が始まるんでしょうか…。




