表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
本編
12/47

12

ディル視点です。

 まさか早々に変装に気づかれるとは思っていなかった。

 目の前に座る、気の小さそうな、特に美人でもない痩せた娘。これがここ最近アレクが気にかけている娘かと頭からつま先までじっと眺めた。が、見た目からは何も感じられない。どこにでもいる、素朴な町娘の印象だ。あいつはこういう初心そうな女が好みだったんだろうか。

 しかし、この娘は俺の変装にすぐに気づいた。親以外で変装に気付けた者などほとんどいないというのに。


「俺とアレクは親戚関係にある。顔が似ているでしょう。ただ、君の言う通り、瞳の色は青だけど、色味が違う。声はかなり似ていると言われていたんだけど、君には通用しなかったね。驚いたよ」

「そう…なのですね…」


 娘は俺の瞳をジッと見つめ、侍女が新しく用意した茶に視線を落とした。


「最近アレクが毎日後宮に足を運んでいるのをみて、君に興味が湧いたんだ。どんな子なんだろうってね。アレクは今まで後宮には来たがらなかったから」


 俺が茶を飲むのを待っているのか、一向に茶に口をつけない娘に、茶を飲むように促して俺も茶を口にした。この侍女は茶を淹れるのがうまいな。

 そして俺が口をつけたのを見てから、娘もおずおずと茶を口に運んだ。アレクが何度も部屋を訪れているというのに、傲慢にはなっていないようだ。口数も少ない。他の令嬢ならばこうはなっていないだろう。それとも、演技だろうか。いや、先程の侍女をかばう様子は、演技には見えなかった。

 この奢らないところがいいのか。控えめなところか?何がアレクを惹きつけるというんだ。

 さて、何から聞いていこうか。時間は少ない。


「君は、アレクが怖くないの?」

「え…?」

「皇帝陛下だよ。国民はアレクを恐れているでしょ」

「……そう…ですね…。皇帝陛下を恐れる人は…たくさんいました…」


 だろうな。アレクはこの国の村や町さえ戦場にした過去がある。戦後処理も血濡れていた。それを知る国民は、アレクを血も涙もない皇帝だと恐れている。貴族だって同じようなものだ。独裁政権の冷酷非道な皇帝がアレクだ。まぁ、情報としては間違ってはいない。


「でも…今の国があるのは、陛下のおかげ…ですよね」

「…まぁ、そうだな」


 口調は頼りないのに、娘は曇りのない真っ直ぐな瞳でこちらを見てきた。思わずハッとしてしまった。油断して気を抜きすぎていたか。


「私が孤児院で生き延びることができたのは、陛下が国家予算を割いてくださったからです」

「アホに中抜きされてたけどね」

「それ以前は、寄付のみで賄っていたために、とても貧しかったのだと聞きました」

「誰から?」

「神父様が…教えてくださりました」

「へぇ…。だから皇帝陛下は怖くないと?」

「……」


 求めていた答えが何も手に入らず、冷たい言葉を投げてしまったためか、娘は俯いた。

 貴族の令嬢ならまだしも、孤児院育ちの名ばかり貴族相手では少々やりすぎか。これ以上ここにいても、収穫はなさそうだな。そう思って立ち上がろうとしたところに、娘の声が聞こえた。


「10年程前に、私の住む町が戦場になりました」


 やや硬い声がして娘を見ると、俯き加減で膝の上でぎゅっと手を握っていた。

 何の話かわからないが、取り敢えず聞かねば始まらないだろうと、耳を傾ける。


「父は、私と母を逃がすために、誰が敵で誰が味方なのか分からない状況で、必死で剣を振るっていました。それが、父を見た最期です。母はどこに逃げればいいのか分からない中、私を抱えて走り続けました。でも、すぐに追いつかれて、斬り捨てられました。何処からか飛んできた矢も、次々刺さりました。私は、倒れた母が覆いかぶさってくれたおかげで、すぐには狙われることはありませんでした」


 弱々しいながらも、聞き取りにくいことのないように、娘は淡々と話していた。

 チラリと侍女へ視線をやれば、初めて聞いたのであろう娘の身の上話に、驚愕の顔で口に手を当てていた。


「でも、しばらくして気付かれました。生き残りがいる。殺せ。そんな声が聞こえて。母の重みの下で呻いていた私に、剣を持った兵士が近づいてくるのが分かりました。それでも、動けなくて。もうダメだと思った時に、あの方が…助けに来てくれたんです」

「あの方?」

「……皇帝…陛下です…」

「……」

「もう息絶えていた母ごと貫かれようとしていた私を、陛下が助けてくださいました。…あの方が陛下だと知ったのは、しばらく後でしたけれど」


 なるほど。アレクは自ら戦場に赴いていた。10年前は、もうじき隣国を抑え込んで戦争も終わりに向かうという時だった。アレクは疲労も感じさせず、自国の兵士の士気を上げるべく、誰よりも戦場を駆け回っていた。町を戦場にすることもよくあった。その過程で民を助けることもあっただろう。アレクは冷酷だと言われるけれど、無駄に人の命を落とすことは望んでいなかったから。

 だが、それだけだ。

 アレクに助けられた人間は何人もいる。本当は、国民の全てが、アレクに助けられたというのに、それを分かっていない者がほとんどだ。アレク自身、それをどうも思っていないから、アレクは独裁の冷酷な皇帝だと思われているわけだが。


「つまり、命を助けられたからアレクが怖くないということか」

「…いけない…ことでしょうか…?」

「別に。ただ、アレクが助けた国民は山のようにいる。助けたのがアレクだと思っていない者もいるだろうけどね。そして、君はそのたくさんの国民の中の一人に過ぎない。まさかアレクが君を覚えているなんて思っている?君は特別だと?」

「そんなことは…思っていません。それこそ、陛下に助けられたたくさんの中の1人だという自覚はあります。自分だけ覚えられているだろうなどと、考えたことはありません。ですが、私が陛下に助けられたという事は、事実です。私が今ここで生きていられるのは、間違いなく陛下のおかげなんです。陛下がいなければ、私は今…ここにいないのですから」


 突き放すような俺の言葉に、娘は目を合わせて言葉を返してきた。思ったよりしっかりした物言いに少しだけ驚いた。


「陛下は、覚えていなくてもいいのです。覚えていて欲しいとも思っていません。助けた方は、忘れてしまって構わないのです。助けた人間のその後まで背負う事なんて出来ないんですから。その必要はないし、そんな義務もありません。助けることに…理由をつけることもないと思っています。助けてもらった方が覚えていればいい事なんです。それか…覚えていたい方だけが覚えていたらいいことだと思いますし、忘れてしまってもいいんです。それは、当事者の自由だと…思います」


 なるほど…。少しは骨のある娘だな。

 そう思ったところで、タイムアウトだった。


「何をしている、ディル」


 氷点下な冷たい空気とともに怒りのこもった声がしたのと、俺の首元に剣が当てられたのはほぼ同時だった。

 どうやら本気で怒っているらしい我が主人は、気配を消して近づいてきたと思ったら、とんでもない殺気を放ってきた。

 剣、当たってるし。首筋にピリッとした痛みと、つーっと血が流れるのを感じた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ