6.神殿の秘密 1
夜が明ければ街は再び活気を取り戻す。祭も三日目となると、始まった頃のうわついた雰囲気もぐっと落ち着いてきた。
そんな町の中を、ミリアは早足で神殿へ向かっていた。もちろん、昨夜帰ってこなかったバカ息子共を迎えに行くためである。
「まったくもう……なにやってんだか」
長蛇の列を追い越して、神殿の通用門をくぐる。本殿に出向くと、使者を務めた神官が迎えに来ていた。
「うちのバカ息子共が大変ご迷惑をおかけいたしました」
深々と頭を下げる。
「いえ、大事なご子息たちを無断でお預かりしてしまって申し訳ありません。私は彼らをよく存じておりますから、大したお咎めもないだろうと思っておりました。それに、深夜にお返ししてはこの時期危のうございますゆえ」
「いいんですよ、お気になさらなくても。あれらにはもともと祭の間のことは自分で責任をとれと言ってありますから。で、何をしでかしたんですか?」
言葉を交わしながらも、二人の歩調はゆるまない。正神官たちの待つ広間の扉の前で、神官は足を止めて言った。
「深夜の不法侵入です……さあ、どうぞ」
扉を開ける
広間には、祭に携わっているはずの神官長から、塔から来たという魔術師までが勢揃いしていた。
顔見知りの古参の神官に会釈しながら、神官長の前まで進み出たミリアは、神殿で用いられる最敬礼を取った。
「お久しぶりでございます。皆様方もおかわりなく」
「ミリア殿、そなたのご子息と知っておれば昨夜のうちにでもお返しいたしましたものを。申し訳ない」
顔見知りの神官は、すまなそうに詫びた。ミリアは身を起こし、表情を和らげた。
「いいんですよ、うちのバカ息子共にはちょうどいい薬でしょうから」
そういって、ようやく両手を縛られたままの息子たちを顧みる。
「お袋……」
うなだれるアマドにつかつかと歩み寄ると、ミリアは思い切りその鼻をつまんだ。
「いてててっ」
「このバカ息子! あれほど言ったろう? あたしを犯罪者の母と呼ばせるなって。しかもオスレイルまで巻き込んで」
「いえ、あの、違うんです。アマドは俺のために」
あわてて取り繕う息子の親友に、ミリアはニッコリと笑いかける。
「いいのよ、オスレイル。どうせこいつは渡りに船とばかりに話に乗ったんだろうから。あんたは昔からやんちゃ坊主だったもんねえ、アマド。いつかはやると思ってたけどさ」
「ごめん」
「謝る相手が違うでしょう! あんたのことだから、ちゃんと謝ってないんでしょうが。ほら、神殿の皆さんと、オスレイルにちゃんと謝りな」
ミリアはそう言うとアマドの頭をぐいと下げさせた。
「この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。今後は慎みます。オスレイル、ゴメンな」
「いや、俺も同罪だから。……申し訳ありませんでした」
二人に十分に頭を下げさせたあと、ミリアは再度神官長に向き直った。
「祭の最中、お忙しいのに皆様にお手をわずらわせたこと、亡き夫に代わり重ねてお詫び申し上げます」
「ミリア殿も、お忙しい中ご足労いただき、誠に申し訳ない。ご子息についてはどうぞお連れください。当方も少し立て込んでおりまして、お送りすることはかないませんが、どうぞご息災でお過ごしくだされ」
「ありがとうございます。今回の祭りの成功を重ねてお祈りいたしております」
「ああ、ありがとう」
形式のみの身柄引き渡しが済むと、神官や魔術師はそれぞれに散っていった。
ミリアは縄を解かれた息子たちを連れて、元来た道を戻り始めた。
「本当にすみませんでした、ミリアさん」
「いいってことよ。どうせこいつは髪の毛ほども悪いとか申し訳ないとか思っちゃいないんだから。そうでしょ? アマド」
すると、神妙な顔をしていたアマドは、たまりかねて吹き出した。
「だ、だって……お、おかしくって」
目に涙を浮かべながら笑い転げている。
「ほーら、思った通り。あんたの考えぐらいはお見通しよ。あそこの古参の神官とは顔なじみだからすぐに解放してくれたんだってこと、覚えときなさいよ? 普通なら祭りが終わるまで監禁よ」
「わかってるよ、ありがとう。お袋」
「ありがとうございます、ミリアさん」
ミリアはからからと笑った。
「いいってば、オスレイル。あんたはあたしの実の息子みたいなもんなんだから」
参拝の列が途切れ、街に入る。
宿に落ち着くと、ミリアは二人の息子に部屋にいるように言い残して階下に降りていった。
「何だろ?」
「さあ、お袋も別段怒ってる風じゃないしなあ」
しばらくして上がってきたミリアは、大きな盆を掲げていた。
「食事よ。昨日からまともな食事をしてないんだろう? 酒も持ってくるから」
机に置かれた盆には、食欲をそそるものばかりが並んでいた。焼きたての肉のかぐわしい香り。
「うほっ、うまそう」
「ああ、いい匂いだ」
たまらず手が伸びる。先輩の差し入れがあったとはいえ、温かい食事に不満が出ようはずがない。
ミリアの持ってきた酒で、冷えた体も温まってくる。食欲が満たされて、一息ついた姿を笑いながら、さて、とミリアは居住まいを正した。
「で、親父さんには会えたのかい?」
すると、アマドは舌を鳴らした。
「なんだ、お見通しかよ」
「あんたたちが言ってたんじゃないさ。確かめてくるって。で、どうだったの?」
「……会えなかったよ」
失意を隠せず、オスレイルはつぶやいた。
「会う前に神殿の奴らに見つかっちまったんだ。なんか神殿で大変なことが起こってるみたいで、警戒が厳しくてさ。いつも使ってる抜け道まで見張りが立ってたんだ。でも、オヤジさんのことは分かった」
「何だった?」
「神殿にいないらしいんだよ、どうも」
アマドは、神殿での顛末を手短に説明した。
「ふぅん、あんたらしくない失態だねぇ。じゃあ、神殿はセイファードがいないことを公にしていないんだね?」
「うん、そんな感じだったよ。『俺たちの口から言うとお前たちを帰せなくなる』の一点張りだったから」
昨夜の来訪者の言葉を反芻する。
「おかしいわね。神殿は離反した者をそのままにするほど甘くないはずだけど」
「だよね」
ミリアは杯を持つ手を止めた。
「なんだよ、お袋」
「いやさ、セイファードがそんなことするかなぁってちょっとね。この時期に神殿が見て見ぬふりをしているなら、もしかしたら秘密裏に祭に携わる任務にでもついてるんじゃないかと思ってね」
「秘密裏に?」
「だってそうだろ? 大神官の不在を神殿が公にできないとしたら、神殿の仕事で任を離れてるにほかならない。祭だってのにその要の大神官の任を解くってのは、余程のことがないと神殿は認めないだろうしさぁ」
「え、じゃあ」
「てことは、余程のことがあったってことかい?」
「かな、と思っただけよ。……いいわね、アマド、オスレイル。神殿で見聞きしたこと、この部屋以外で口に出すんじゃないよ。あたしの係累と知って、あたしを信用して神殿もあんたたちを解放したんだから、あたしも神殿の信用に応える義務がある。あんたたちの口から今回のことが漏れたと分かったら、それなりの報いを覚悟しておきなさい」
ミリアは憂いの表情をきっぱりと振り払い、厳しい顔で二人に言い渡した。
「わかったよ、お袋。俺も神殿の関係者だ。迂闊なことは喋らないと誓う」
「俺もだ。俺にとってこの町の神殿は家も同じだ。親父のことは気がかりだけど、この部屋を出たらきっぱり忘れるよう務めるよ」
二人の息子が厳粛な面持ちでそれぞれ誓うと、ミリアはにっこりと笑った。
「そうしておくれ。でないと、お前たちと縁を切らなきゃならなくなるからね。……さ、まだ陽も高い。祭はまだ三日目だ。しっかり楽しんでおいで」
それだけ言って、ミリアは出て行った。
息子たちはしばらくそのまま黙って動かなかった。




