5.二人の少女 13
「ごめんっ!」
今日何度目かわからないくらい繰り返した言葉を、オスレイルはもう一度友に向かって繰り返した。
拝まれたアマドはふてくされたまま、横目でじろりと睨んでくる。
「……ったく、おまえはどうしてこう人がいいんだよっ。あっさりつかまってやるなんて」
「だって、俺たちには何もやましいことはないんだし」
「まあ、そりゃそうだけどさ。……お袋、怒るだろうなぁ」
その言葉に、オスレイルは一度開いた口を閉じた。
「……ごめん、俺も一緒に謝る」
アマドは口を開き、そしてため息をついた。
「……もういいよ。しかし、なぁんか変だよなぁ」
毛布の上にごろりと横になる。
捕まって放り込まれたのは神殿地下の倉庫の片隅だった。奥の方にしまい込まれてた毛布を見つけたおかげで石畳に直接寝るのだけは避けられそうだ。
「変?」
「おまえ、感じなかったか? ほら。昼間にあった神官たちがいたろ?」
「ああ。親父のことを聞いてくれた人たちだよな」
「おまえも覚えてる人ばかりだよ。俺たちが見習いでここにいた間、色々世話をしてくれてた人だから。なのにさぁ」
アマドは体を起こした。
「俺と目を合わそうともしなかったんだぜ? 何かビクビクした感じでさぁ。しかもオヤジさんの名前を出した途端にさ。あれ、なんか絶対隠してる。息子のおまえにも会わせられないなんてさぁ」
「うん……」
オスレイルは落胆を隠せなかった。
「ごめん、アマド。せっかく手を尽くしてくれたのに」
「もういいってば。辛気臭くなるだろーが。おまえもこっちに来て横になれよ。少しは眠っとかないと」
「ああ」
だが、オスレイルは動かない。
「それとも何か他に気にかかることがあるのか? 明日になりゃお袋が身元保証人として引き取りにきてくれるからさ」
「いや、そうじゃなくてさ。……さっきの神官たち、神子がどうのこうのって言ってなかったか?」
「あー、言ってた。『なぜお前たちが神子を』って言ったよな。バッチリ聞いてた。他の神官が遮って最後までは言わせなかったみたいだけど」
「神子って……あの神子だよな」
オスレイルは、祭りの初日に大通りで見た幼子の姿を思い出していた。
「だろうな」
「神子に何かあったのかな」
「ああ。……それもありかもな。神殿中がえらいぴりぴりしてたし。大祭中だからあちこちから人が集まってきてるし、神託をほしがってる人はいくらでもいる。この祭りに全てをかけてる人にとっちゃ、神託が得られなきゃ死活問題だろうしな。何が何でも神子に謁見して、無理矢理にでも、あるいはでっち上げてでも都合のいい神託を取ろうとする輩が出てもおかしくない」
「……詳しいな」
アマドは眉をひそめた。
「ここほどじゃないけど、火の神殿も似たようなもんだからな。神殿は古式に則って今も儀式が続けられてるけど、それを政治に利用とする輩は多い。それに応じる輩もな。悔しいけどそれが現実だ」
その口調は実に苦しげだった。
「そうなのか……俺が知ってるのはここだけでだけど、ここでそんなことが行われてるとは聞いたことがない」
「耳に入らないだけかもしれないけどな。まあ、オヤジさんが厳格な聖人だから、それだけ厳格に神官たちも統率されてる。オヤジさんが許さないだろうよ。それに、ここは大都市からも遠いし、政治との関わりも薄いだろう?」
「そういうもんか」
オスレイルはため息をついた。あまり知りたくない事実だった。
「それより寒くなってきた気がしないか? オスレイル、こっち来いよ。寒くってしょうがない」
「ああ」
ようやくオスレイルは腰を上げて、アマドと一枚の毛布にくるまった。地下倉庫のせいか、広々とした倉庫は二人の体温を容赦なく奪っていく。
「このまま朝までここにいたら凍え死ぬな。神殿の奴ら、俺らを凍死させる気か?」
「あんまり余所の神殿の悪口を言うなよ。お魔だって神殿の関係者だろ」
「それを言うならお前のほうがこの神殿とは縁が深いだろーが……おい、寝るなよ? この状態で寝たら間違いなく死ぬぞ」
「無理、言うなよ」
体の冷えに伴い、急激に眠気が襲ってきた。
「おい、オスレイル、寝るな!」
廊下の方から足音が聞こえた気がした。あれは俺たちを迎えに来た死神の足音か……?
「迎えが来たみたいだ」
「何馬鹿なこと……おい、本当に足音がするぞ」
「だから、言ったろ……?」
急速に意識が闇へと落ち込んでいく。鍵を開けようとしている音に、オスレイルは死神でも扉は通りぬけられないんだな、と妙なことを考えている。
扉の開く音がして、強く腕を掴まれた。
「オスレイル、起きろよ」
鈍い痛みでうっすらと目を開けると、アマドの顔がぼやけて見えた。
「寝るなってば、ほら。さっき言ってた神官たちがきたんだよ」
アマドの後ろに白い姿が二つ見える。どこかの御使か?
と、何かを口に含まされて、オスレイルはむせた。きつい酒だ。
「大丈夫か、オスレイル、アマド」
「すまない、俺たちに力がないばかりにこんなことに……」
目を開けると、白い姿は見覚えのある神官だった。
「毛布と酒や食べ物を持ってきたんだ。せめてものお詫びに」
「火が焚ければよかったんだけど」
ここには通気口がないからね、とすまなそうに言う。
「それより俺たちをはやくここから出してくれよ。あんたたちは俺達のこと、知ってるだろ? 俺たちがそんなことしないって保証してくれるだろ?」
神官の一人はうなずいた。
「お前たちがあんなことをするはずがないってことは俺もよく知ってる。でも、できないんだ。俺たちにそんな権限はないし、今の神殿にはお前たちだけが手がかりなんだよ。そう安々とは納得してくれないだろう。すまない……俺たちにできるのはこんなことだけなんだ」
もう一人も言葉を継ぐ。
「タイミングが悪すぎたんだ。お前たちがあの時、あの道から出てきたのが。あの通路は神殿内でも公然の秘密になってる。その道からたどってきたお前たちが、たとえかつてこの神殿で見習いをしていたからといっても、疑われるのは仕方がないあ。お前たちが入ってきたのはあれが初めてだよな?」
「ああ、そうだよ」
「それまでにも忍び込んだとか、神殿内を歩いたとかはしてないよな?」
「してないよ。ようやく神殿の敷地内に出たところを捕まったんだから。俺たちを疑ってるのか?」
「いや……だがそうなると、犯人が神殿に侵入したのはお前たちが来る少し前ということになるな」
アマドは身を乗り出した。
「犯人って? 一体何が起こってるんだよ。あんなに厳重な警戒を敷いて、そんなに大変なことが起こってるのか?」
「それは言えない」
神官の一人が首を振った。
「なんでだよ。こんな扱いを受けてる俺たちには、その理由を聞く権利があるんじゃないのか?」
「もうよせよ、アマド」
オスレイルが静止すると、神官もうなずいた。
「これ以上は聞かない方がいい。それを聞いたら、祭りが終わるまでお前たちを神殿から返せなくなる」
「てことは、祭に直接関わることなんだな?」
アマドは眉根を寄せた。
「俺たちに言えるのは、このままお前たちが何も聞かずにいれば、明日の朝には身元保証人が身柄を引き取りに来る。解放されるんだ。おとなしくしていてくれ。俺たちもお前たちを足止めしたくはないんだ」
「じゃあ……神託が降りないって噂も本当なのか? お袋の店に来た客がそう噂してたって話だぜ?」
だが、二人の神官は黙ったまま視線を合わそうともしない。
「無言ってことは本当なんだな」
「アマド!」
悲鳴にも似た神官の声が遮る。
「もうこれ以上何も聞かないでくれ。俺たちには肯定も否定もできない。俺たちの口から言うことはできないんだ。聞いたと慣れば、神殿は決してお前たちを帰さないだろう」
「……親父に会いに来ただけなのに……」
オスレイルの何気ない一言に、神官たちはぎくりとしたように視線を向けた。
「そうだよ、ラティス、キロ。オヤジさんはどうしたんだよ。祭りなら大神官は当然その祭を司ってるはずだろ? なのにどこにも見当たらない。お袋も、祭りの前にやってきたオヤジさんの様子がいつもと違うと言ってた。神殿に詣でた時もあんたたちは何も言わなかったよな。あそこは人が多かったから言いにくいのかと思ってたけど、ここには俺たちしかいない。……なあ、本当のことを言ってくれよ。俺たちはそのために今日、あの道を遡ってきたんだから。オヤジさんに会ったら、俺たちはそのまま帰るつもりだったんだ」
しかし、神官たちは視線をそらし、ますます黙り込んだ。
「何とか言ってくれよ。このまま朝が来て、お袋に引き取られてったら、何のために俺たちが忍び込んだのかわからなくなっちまう。もし、事故とかでオヤジさんが大変になってるなら、頼むからこいつだけでも会わせてやってくれよ」
アマドはオスレイルを指さした。だが神官は答えない。
「まさか、オヤジさんは本当は死ん……」
「そんなはずない!」
最悪の結果を口にしかけたアマドの言葉を、オスレイルは遮った。
「そんなこと、あるはずない! 親父がそんなこと……」
残る言葉は嗚咽に消える。ラティスと呼ばれた神官は深くため息をついて立ち上がった。
「……そうであることを俺たちも願っているよ」
つられてもう一人も立ち上がる。
「え?」
「アマド、それ以上聞くな。聞いたら本当に出してもらえなくなる」
「俺たちにできることは、お前たちに毛布と食料を差し入れることだけなんだ。聞かないでくれ。何も知らなければ解放されるから」
それだけ言い残して、二人は立ち去った。
ため息をついて、アマドは酒を瓶から直接呷った。
「ほら、おまえも飲め」
「いらない」
「飲まないと、これからもっと冷えるぞ。酒でも飲んでなきゃ凍死しちまう」
無理やり押し付けられて、渋々オスレイルも酒を呷る。
「あの調子だと、神殿もオヤジさんの行方は知らないんだな。神殿に来れば何かわかると思ってたけど、まさか神殿にオヤジさんがいないとは思わなかったぜ」
「……真面目で仕事一本の親父が、十年祭なんて大事な祭りの前に仕事を放り出してどっか行くなんて、考えられないよ」
「自分の意志か、それとも事故か」
「自分の意志だなんて! 十年祭に勝る何があるっていうんだよ! 仮にも太陽神殿の大神官を務める親父が、その大祭を放り出してまでしなきゃならないことって、なんなんだよ……」
オスレイルの声は叫びに近かった。アマドは静かに口を開いた。
「何だろうな……でも、事故ならこれほど神殿側がオヤジさんのことを隠すとは思えないんだよ。大祭の前に事故でオヤジさんが行方不明なら、さっさと代理を立ててその旨を公言するか、あるいはいっそのこと大神官を更迭しちまえば済むことだ。……怒るなよ。仮の話をしてんだから」
「そりゃ、わかってるけど……じゃあ、事故じゃないというのか?」
アマドは頭をかいた。
「うーん、多分ね。だって、考えてみろよ。お袋はオヤジさんが店に顔を出さなかったと言ってたし、どこに行ってもオヤジさんの姿がない。神官に聞いても何も答えない。確かに大祭中に大神官がいないとはいえないよな。でも、いるならばいるといえばいいだろ? しかもラティスの話だと、神官もオヤジさんの行方を知らない。俺たちの知ってるオヤジさんの性格からして、何も告げずに神殿を出るとは思えないんだよ。さっきも言ってたけど、事故ならそれを隠す理由は神殿にはないよな。なら、神殿はオヤジさんがいなくなった理由は知ってるが、その行方は知らず、しかもそのことを公にできない、と考えるのが筋じゃないか?」
指を下りながら数え上げる。
「……しかもそれが祭に直接関係がある……?」
「うん、多分そういうことなんだろうと思う。オヤジさんはきっとだいじょうぶだよ。危ないなら神殿が許さないだろうし、本当に何かあったなら、間違いなくおまえに連絡してくるよ、俺のカンだけどな」
「……そうだな」
オスレイルは顔を上げた。
「おまえの勘はよく当たるから、信用するよ。ありがとう。ちょっと気が楽になった」
オスレイルの笑みにアマドはため息をついた。
「おまえは考えすぎるんだよ。っていってもオヤジさんのことだから心配だろうけどさ。ま、きっと大祭の終わりまでには姿を現すさ。……あ~あ。気が抜けたら眠くなってきた。寝ようぜ」
「そうだな。酒も食べ物もあるし、毛布もたっぷり持ってきてくれたから寒くないし。眠っても大丈夫かな。朝になればここから出られるし」
「そうしようぜ」
長い緊張が解けて気がゆるんだのか、酒と食べ物で腹の皮が張った二人はすぐに眠りに落ちていった。




