4.祭りの始まりは危険が一杯 2
服を着替えて戻ると、すでに店の中は空っぽだった。表に出て、人の波をかき分ける。
「何の騒ぎだ、これ」
「知るかよ」
「なにやってんの、こっちこっち」
ミリアの声が飛んできた。見れば人の頭の上から手を振っている。
「何なんです、これ。ミリアさん」
「これから太陽を迎えるのよ。祭りの間は太陽の象徴の色を身につけて、加護を願うの。たとえどんなに位の高い貴婦人であろうと、祭りの間はみな等しく太陽の子供。どんな肩書きも意味をなくすのよ」
「へぇ」
東のほうからざわめきが起こった。同時に、太陽の光がさっと町に流れ込んできた。気がつけば、空はすっかり明るくなっている。
昇ったばかりの今年の太陽が、市壁の向こうから門を通って黄金の光を投げかけている。その光を背に受けた一団が町に入ってきた。
「太陽の神子の入城よ」
ミリアが小声でささやいた。オスレイルはまぶしさに目を細めた。
近づいてくるに連れて、一団の姿ははっきり見えるようになった。
白装束の神官たちの後ろに、黒い裸馬が続く。上に乗せられていたのは、お仕着せの白装束をまとった肌の白い少女だ。太陽をかたどったらしい重たい冠をくくりつけられ、口紅をさした神子は、左右の群集に目もくれず、まっすぐ前だけを見つめている。
その後ろから、黒い衣装の魔術師が四人、重たそうな呪具を捧げ持って通る。これが噂の『塔の魔術師』か。一人だけ飛びぬけて背が高く、若い魔術師が目を引いた。澄んだベルの音が響き、ざわめきが徐々に収まっていく。
そちらに目をやると、ひげをたくわえた白衣の老人が大きなベルを鳴らしながら歩いていた。厳かな雰囲気を澄んだ音に乗せて振りまく。
重々しい雰囲気が静かに去ると、今度は華やかな山車が白い馬に引っ張られて登場した。
山車の上には使い女たちが赤や黄色のあでやかな衣装に身をまとい、腕いっぱいに抱えた花を左右の群集に向かって投げかけている。にぎやかな声が上がり、投げられた花に人が殺到した。後ろから押されてオスレイルとアマドは倒れそうになる。
ミリアは運よく自分のほうに飛んできた黄色い花を取ると、オスレイルに差し出してきた。
「え?」
「受け取っておくれ。この花はね、太陽の恵みを受けて十年に一度だけ咲く『黄金花』という花よ。神殿の奥深くに植えられた木に咲く花でね。縁起物なんだよ」
「へえ」
オスレイルはものめずらしそうに花をながめた。あざやかな山吹色の花弁。
「この花は今日、日が沈むまでしか咲かない花なのさ。日が沈むとき、その最後の光を当ててやると、一つだけ願い事をかなえてくれる。今年はオスレイル、あんたにあげるよ」
ミリアは微笑んだ。
「えっ、いいよ。ミリアさんが取ったんだから、ミリアさんのものだろ?」
「ほんと馬鹿だねえ。あんたは。チャンスってのは平等に訪れないんだから、目の前に転がってきたチャンスはちゃんと自分のものにしなきゃ。いいかい。この花はね、人から贈られないと使えない花なんだよ。あたしがあんたに捧げたんだから、これはあんたのものだよ。それでもというんなら、次の十年祭であたしのために花を取っておくれ」
「えーっ、お袋、俺には?」
横で見ていたアマドは、不平を漏らした。
「がっつくんじゃないよ。お前には十年後にとってやるから。ほら、オスレイル。受け取って」
オスレイルは頭を下げ、押し頂いた。胸のボタン穴に挿す。
「ありがとう、ミリアさん。喜んで受け取るよ」
「あ、そうそう。その花、必ず日没のときに光を当てて空に帰してやるんだよ。それを忘れたり、日没に間に合わなかったりしたら、災いを呼ぶというから」
「えっ、本当かよ。そんなあぶねーもん」
息子の言葉に、ミリアは急に真面目な顔になった。
「あたしも体験したからねえ。ま、好きになさい。何が起こるかはナイショにしとくわ。絶対忘れるんじゃないよ。なくしたり奪われたりする分は問題ないけど。それから、二本以上持たないこと。日没のときに二本持ってたら、望みが叶わなかったりするからね」
「ど、どこまでが本当なんだよ、お袋」
すると、ミリアはふふん、と笑った。
「さぁてね。何が真実で何が嘘かは自分で見極めるといい。もうお前たちは大人。自由なんだからね。ともあれ、あんたたちには初めての十年祭だ。見るもの聞くものすべて初めてだろ? 存分に楽しんでおいで。町外れには曲芸の一団が来てるらしいし、明日の午後には蚤の市が神殿沿いの街道で開かれる。市壁の外のキャラバンからあやしい品を買うもよし、闇の小路に行くもよし。年の満たない子供たちは祭りの間、家から出られないから、本当に大人だけの祭りを楽しんでおいで。前にも言ったかもしれないけど、十年祭に参加するってことは、大人として認められたってことだ。だから、何をするにも自分の責任においてやりなさい。あたしは何も止めやしない。なんでもやってごらん。自己責任でね。ただし、日没の儀式を忘れないこと。それから、今日は日が変わるまでに必ず帰ってくること。いいわね?」
「分かった」
「分かりました」
「じゃ、行っておいで。可愛い息子たち」
にこやかに、ミリアは送り出した。




