3.困った子供たち 16
「どうした、ユレイオン。眠れぬのか?」
声をかけられ、ユレイオンは水盤から顔を上げた。
「塔長」
頭を下げるユレイオンに、塔長は手を振った。
「畏まらずともよい。明日の準備がようやく終わって部屋に戻る途中じゃ。そなたの部屋から光が漏れておったからの、寄ってみただけじゃ。目の痛みは取れたかね?」
「はい、だいぶ」
「あやつも手加減を知らん。大事がなくてよかった。先に教えておくべきであったの」
ユレイオンはうつむいた。
「彼の邪眼があれほど強いものだとは……普段は金色なので気がつきませんでした」
「念のために護符を渡しておいてよかったわい。そうでなければ二、三日寝込んでおったろう」
ユレイオンは胸に下げた銀色の護符に手をやった。
「重ね重ね、申し訳ありません」
深々と頭を下げると、塔長は手を振った。
「そなたのせいではないよ。十年近くも閉じ込められておったんじゃ。隙を見て逃げるじゃろうと思うておったよ」
「しかし……」
「そもそもな。わしはこの旅でシャイレンドルに自由にさせてやろうと思っておったのじゃ。じゃから、そなたが気に病むことはない。彼の居場所が分かっておればそれでよい」
「……分かりました」
「で、おおよその居場所は分かったかの?」
「いえ、眼の腫れも収まりましたので、これから探ろうとしていたところです。夜のほうが活動している人間も減りますし、特定の一人を探し出すのも昼ほど難しくはないと思いますので」
「そうか。明日のこともある。あまり遅くまで無理するでないぞ」
「はい」
ではの、と塔長が出て行く。
ユレイオンは水盤に向き直り、集中した。
邪眼を受けた時に血で汚してしまったため、水盤は水を張り替えたばかりだ。
水を清めたあと、ユレイオンは集中した。
祭りで浮かれているとはいえ、夜も更けている。あらかた寝静まった町の中、ただ一人の波長を探す。
せめて相手が額の石を戴いた正規の魔術師であったなら、と思う。額の石は装着者にあわせてそれぞれ特殊な波動を出す。見慣れた者であれば、石の波動だけで誰か判別できるという。
もちろん、自分がそんな器用なことができるとは思ってもいないが、普通の人と石の波動は見分けがつきやすい。それだけでも絞込みが楽だったろうに。
深い意識の底で相手の名前を呼びながら、水盤に映る街の様子を凝視する。
と、町の中心部からだいぶ離れたところでかすかな反応があった。
途切れないようにか細いその反応を辿っていく。町の東門の近く、一軒の屋敷の上で水盤の映像は停止した。
「ここか」
夜だというのに、その付近は赤々と灯明が灯されている。これなら探しやすそうだ、と声の導くままに視点を動かしていく。
目指す人物が映し出された途端、ユレイオンはあまりの衝撃に動揺して、思わず水盤を揺らしてしまった。二、三歩後ずさる。
「なっ……」
映っているのは、裸体を密着させた男と女たちの姿だった。真っ赤になって顔を背け、ぎゅっと眼を瞑る。
「あンの男はぁっ!」
動揺を怒りにすりかえて、再び水盤に向き直る。揺れた波紋で乱れていた映像が再び鮮明になったが、ユレイオンの心の揺らめきが小刻みな震えになって残った。拳を握り締める。
「塔長も甘すぎる! こんな奴――」
『覗き見しとんやないわ』
はっきりと声が聞こえた。はっと水盤を見ると、シャイレンドルと水盤越しに視線があった。
――気のせいじゃない。奴はこちらを見ている。
金の瞳がきらりと光る。二度も食らうか、と視線を外すと、予想していた邪眼の波動は飛んでこなかった。
が、それきり水盤の水が像を結ぶことは二度となかった。




