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皇帝失格 〜帝国最強の監察官、腐った皇族を廃位する〜  作者: セルヴォア


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17/30

皇太子派最後の夜会

帝都貴族街の西端にあるフェルディナント侯爵邸は、喪に服す夜には似つかわしくないほど明るかった。

大理石の回廊に燭台が並び、庭園には白い幕が張られ、室内では弦楽が静かに流れている。表向きは、皇太子失格を悼む追悼夜会。だが、その空気は悲しみよりも焦りに満ちていた。


香酒の香りの下で交わされる囁きは、弔意とはほど遠い。


「北の属州経路ならまだ抜けられる」


「帳簿は今夜中に焼け。証人は船へ」


「元老院側の受け皿は確保されているのか」


皇太子派の残党、保守貴族、商会派の仲介人。いずれも顔は上品に整えながら、その実、話しているのは逃亡と隠蔽だけだった。


アリシアの名は招待状になかった。

それ自体が、夜会の性質を雄弁に示している。彼らはもう、第一皇女を同じ側の皇族とは見ていない。


二階の小広間では、旧皇太子府書記官ユリウス・ベルナールが、震える手で酒杯を持っていた。

セドリックへも、グレゴリウスへも頭を下げてきた男だ。だが今夜は、どの主人の庇護も本物ではないことを理解している。


「議長閣下は本当に来られるのか」


隣の男が問う。


「名だけはある」


ユリウスは唇を湿らせた。


「だが姿は見せぬだろう。見せなくても、出口だけ用意してくれる」


そのとき、下階の音楽が不意に止んだ。


ざわめきが起きる。

正面玄関の重い扉が開き、黒い礼装の男が執行吏たちを率いて入ってきたからだ。


先頭に立つレオンの隣には、白青の正装を纏ったアリシア、剣を佩いたラヴィニア、そして法務官ミラベルがいる。

美しい夜会の中心へ、場違いなほど冷えた秩序が踏み込んできた。


「帝冠監察院だ!」


誰かの悲鳴じみた声が上がる。


レオンは広間の中央で足を止め、楽師たちがまだ弓を宙に止めたまま震えている前で告げた。


「この夜会全体を監察対象に指定する」


騒ぎが爆ぜた。


「無礼だ!」


「私人の社交だぞ!」


「第一皇女殿下、なぜこのような真似を!」


アリシアは一歩も退かない。

自分が招かれていない意味は、来る前より今の方がはっきり分かった。彼らは自分を切り離して再編しようとしていたのだ。


「追悼にしては、ずいぶんと忙しい会話が多いようね」


その言葉と同時に、レオンが右手を上げる。


「帝冠監察、起動」


会場全体に黒い文字が走った。

白い幕、金縁の卓、酒杯、楽譜台、そして人々の足元にまで古い契約文字が浮かび、さきほどまで上品な笑みの下に隠れていたものを次々に剥がしていく。


空中へ書簡が現れた。

属州への資産移送命令。証人処分の指示。焼却予定の帳簿一覧。誰と誰が、どの港で落ち合うかを記した航路図。


「違う! それは!」


侯爵が叫ぶ。

だが言い逃れより早く、別の卓上から皇太子府の封印が浮かぶ。


ミラベルが一歩進み出た。


「法務官ミラベル・エルセナ。会場内の全書簡、資産目録、会話記録を法的証拠として固定します」


彼女の杖が床を打つと、可視化された文書の周囲へ青白い証拠固定紋が幾つも重なった。

これで燃やしても、破いても、言い逃れの余地は消える。


何人かの貴族がそれを見た瞬間、踵を返した。

側廊、庭園、厨房口。あらかじめ目をつけていたらしい逃走路へ一斉に散る。


「ラヴィニア」


「承知」


ラヴィニアは迷わず騎士たちを二手に割り、側廊と裏庭を封鎖する。逃げる男の燕尾服の裾を踏み、振り返った相手の手首を打ち落とし、別の一人を壁へ叩きつける。


「逃がしません」


それは怒声ではなく、執行の声だった。


アリシアは広間の中央で、広がる混乱を見渡した。

昨日まで自分へ媚びていた男たちが、今は蜘蛛の子のように逃げ惑っている。追悼も秩序もただの飾りだったのだと、もう誰の目にも分かる。


一方、二階の小広間ではユリウスが密かに壁面装飾を押していた。

すると、暖炉脇の化粧板が静かにずれ、狭い逃走路が現れる。用意されていた抜け道だ。


「やはり……」


彼は唇を歪めた。

議長閣下は来なかった。だが出口だけはある。つまり、自分たちは最初から拾われる者と捨てられる者に分けられていたのだ。


その逃走路へ飛び込もうとした瞬間、短刀の切っ先が喉元を止めた。


シェリルだった。


「出口を使うなら、先に吐け」


ユリウスの膝が崩れる。


「だ、誰の指示で」


「今はお前の番」


かつて自分が追われる側だった女は、まるで影そのもののようにそこに立っていた。


夜会の騒ぎは、ほんの数分で秩序へ反転した。

広間には膝をつく貴族、固定された証拠、拘束された商会仲介人、押収された箱が並ぶ。音楽は止み、上流社会の美しさだけが腐敗の舞台装置として取り残されていた。


だが、レオンは可視化された逃走路の地図を見て、わずかに目を細める。


「三名足りない」


ミラベルが即座に応じる。


「名簿上、出席扱いの大貴族三名が会場に存在しません」


グレゴリウスの名は、やはりない。

そして最重要の資金管理役たちも、事前に抜けている。


アリシアは静かに言った。


「ここは夜会であると同時に、選別場でもあったのね」


「ええ」


レオンは短く頷く。


「残す価値のない者をここへ集め、価値のある者だけ先に逃がした」


つまり、今夜の摘発すらも誰かの盤上にある。

その事実に、アリシアの胸は冷えた。自分たちは勝っている。だが、敵はその勝ち方まで利用している。


夜会場の外へ拘束者たちが連れ出される頃、貴族街のさらに奥では、抜け道から流れ出た数人の影が、あらかじめ開けられていた裏門を抜けていった。

向かう先は元老院議長側の保護区画。


グレゴリウスは姿を見せずに、もう次の再編を始めていた。

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