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  作者: しゅう


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Hotel California 2

樫の扉が閉まった瞬間、背後の世界は完全に断絶された。重い金属音が石造りのロビーに反響し、ジャックの鼓膜に不快な余韻を残す。外の砂漠ではあんなに激しく吹き荒れていた砂風の音は、いまや厚い漆喰の壁に阻まれ、遠い前世の記憶のように希薄になっていた。

案内人の女は、揺らめく一本のキャンドルを掲げたまま、音もなく大理石の床を滑るように進んでいく。彼女が通るたび、壁に掛けられた重厚なタペストリーの隙間から、何十年も閉じ込められていたような、古びた薔薇と高級な香水の香りが混ざり合った「甘い腐敗臭」が立ち上った。

「ここは……一体、どうなっているんだ」

ジャックは、自らの声が震えていることに気づき、無意識に喉を撫でた。砂漠の乾燥で焼かれたはずの喉は、館の中の異常に湿り気を帯びた空気のせいで、不自然なほど潤い始めている。湿度は百パーセントに近い。しかし、それは生命を育む湿り気ではなく、標本を保存するためのホルマリンの霧の中にいるような、死の安らぎを感じさせるものだった。

廊下を抜けた先には、広大な中庭が広がっていた。そこは、十月の砂漠の夜にあるはずのない、真夏のような熱気と色彩に満ちていた。

見上げる空に星はなく、代わりに巨大なドーム状の「鏡の天井」が、中庭全体を覆い尽くしている。鏡は中庭を照らす無数の松明の火を反射し、光の迷路を空間に構築していた。

中庭の中央には、精緻な彫刻が施された噴水があり、そこから噴き出す水は、シャンデリアの光を反射して、まるで液状化したダイヤモンドのように輝いている。その周囲には、信じられないほど「美しい人々」が集っていた。

彼らは一様に、七〇年代の頽廃を象徴するような高価なシルクのドレスや完璧に仕立てられたタキシードを身に纏い、手には細長いクリスタル・グラスを携えていた。その立ち居振る舞いは優雅そのものだったが、彼らの瞳には、生命の灯火ではなく、何千年も燃え続けている冷たい燐光が宿っていた。

「なんて美しい人々なんだ……」

ジャックは呆然と呟いた。しかし、彼の物理学者としての観測眼は、その光景の異常さを冷酷に捉えていた。彼らが踊るたび、その肌からは微細な光の粒子が剥がれ落ち、中庭の空気を黄金色に染め上げている。彼らは生きているのではない。このホテルの磁場に囚われ、自らの生命エネルギーを光子へと変換し続け、その余光で「若さ」という虚像を維持している残留思念の結晶体だった。その証拠に、彼らの影は地面に落ちることなく、鏡の天井へと吸い込まれるように伸びていた。

中庭の奥には、一台の漆黒のメルセデス・ベンツが鎮座していた。そのボディは、この世のものとは思えないほど深く磨き上げられ、周囲の景色を歪ませながら反射している。

その傍らに、一人の女が立っていた。彼女こそが、この迷宮の核を成す存在であることは一目で分かった。彼女の首筋や指先には、夥しい数のダイヤモンドとエメラルドが輝いており、その複雑なカットが光を増幅させ、見る者の平衡感覚を奪っていく。

彼女の思考は、まるでティファニーの宝石の装飾のように、内側へ内側へと歪み、捻じれ、純粋な所有という病理に蝕まれているように見えた。

「彼女には、美しい少年たちがたくさんついているのよ」

案内人の女が、耳元で毒を流し込むように囁いた。

見れば、宝石の女の周りには、ギリシャ神話の彫像のような若者たちが侍っていた。彼らは彼女を「友人」と呼び、熱烈な視線を送っているが、その実、彼らは彼女を閉じ込めるための美しき看守であり、同時に彼女の孤独を糧にする寄生体でもあった。彼らの汗さえもが、高価な香油のように甘く、そして不自然に光り輝いている。

「ここに来た誰もが、この場所の虜になるわ。ある者は忘れるために、ある者は思い出すために踊り続けるの」

ジャックは、混乱する頭を振ってロビーのバーカウンターへと向かった。喉が裂けるように渇いていた。砂漠の渇きではない。この狂った色彩の波に呑み込まれないために、何か強い刺激で神経を繋ぎ止めておかなければならなかった。

カウンターの奥には、一人の老いたバーテンダーが立っていた。彼の顔は、何千年もワインの澱に浸かっていたかのように深く刻まれた皺に覆われていた。

「酒を……1969年産のワインをくれ。一番強いやつだ」

ジャックがそう告げると、老バーテンダーは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、底知れない哀れみの色が浮かんでいた。

「申し訳ございませんが、旦那様。あのような精神スピリットは、ここにはもうございません。1969年以来、私たちはそれを持ち合わせていないのです」

その言葉は、ジャックの背筋を氷の刃で撫でるような衝撃を与えた。1969年――それは世界が激動し、ある種の純粋な情熱が死に絶えた境界線だったのか。

その時、真夜中の鐘の音が、館の梁を震わせて響き渡った。

 

「ピンク・シャンパンはいかが? 氷で冷やしてありますわ」

宝石を纏った女が、ジャックに歩み寄り、冷たく結露したグラスを差し出した。グラスの中では、淡い桃色の液体が狂ったように細かな気泡を弾けさせている。その一つひとつの泡の中に、失われた時間の断片が閉じ込められているように見えた。

ジャックは迷わずそれを奪い取り、一気に喉へと流し込んだ。

その瞬間、彼の脳内で何かが決定的に破断した。冷たい衝撃が食道を通り、全身の微粒子へと伝播していく。観測装置を持っていた手の震えが止まり、代わりに世界が、この鏡張りの迷宮こそが、宇宙の唯一の真実であるかのように感じられ始めた。

「私たちは皆、自らが作り出した装置の囚人なのよ」

女は笑った。その笑い声は、鏡の天井に跳ね返り、無数の残響となってジャックの意識を埋め尽くす。

中庭の美しい人々が集まり、円を描いて踊り始める。その円環は次第に速度を増し、光の渦となってジャックを飲み込んでいく。鏡に映る自分自身の姿が、次第に透過し、光の粒子へと分解され、この館の壁紙や絨毯の一部へと変換されていく光景を、彼はうっとりと眺めていた。

「さあ、ご馳走の準備ができたわ。マスターの私室へ行きましょう」

ジャックは、誘われるままに、重厚なシャンデリアが低く垂れ下がる大広間へと向かった。

そこには、長大なテーブルが用意され、銀の食器が燦然と輝いていた。しかし、皿の上に載っているのは食べ物ではなかった。それは、美しく装飾された「死」であり、かつてここに辿り着いた者たちの夢の残骸だった。

彼らは鋼鉄のナイフを手に取り、それを一斉に突き立てる。銀食器がぶつかり合う冷たい音が大広間に反響する。

しかし、彼らは決して「ビースト」を殺すことはできない。どれほど深くナイフを突き立てても、そこから流れるのは血ではなく、空虚な光子だけだった。

なぜなら、その獣の正体は、彼ら自身の所有欲であり、逃れられない自我の投影そのものだったからだ。鏡に映った自分の虚像を殺すことはできない。

ジャックは、自分自身もまたその重いナイフを握っていることに気づいた。

目の前のテーブルの上で、銀の皿の上で横たわっているのは、かつて物理学者として真実を追い求めていた自分自身の「理性」という名の獣だった。彼は自分の理性の心臓にナイフを立てながら、その手応えのなさに、狂おしいほどの快楽と絶望を感じていた。

光の迷宮の中、彼は自分が何者であったかを、一粒の砂のように忘却していく。

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