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  作者: しゅう


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中二病2

 三月の風は、まだ東北の地に冬の残り香を運んでいたが、校庭の桜の蕾は、その薄紅色の内側に秘めた爆発的な生命力を堪えきれず、一斉にその花弁を解き放とうとしていた。県立高校の体育館は、卒業生たちが発する微かな熱気と、新調されたスーツやクリーニングされた制服の、どこかよそよそしい匂いに包まれていた。

壇上では校長が、社会という大海原へ踏み出す若者たちに向けて、耳に馴染んだ、しかし実体のない祝辞を述べている。誠一は、最前列から数えて三番目のパイプ椅子に深く腰掛け、無感動にその声を聞き流していた。その視線は、壇上の花飾りの向こう側、体育館の高い窓から差し込む、埃の舞う光の筋をぼんやりと追っていた。


 この三年間、誠一は完璧な「擬態」をやり遂げた。

中学の図書室で、あの雪の日に鞄の底へ滑り込ませた『ムー大陸』の本は、高校入学と同時に、実家の物置の奥底にある古い段ボール箱の中へと押し込まれた。誠一は自ら、かつての自分を「中二病」という、世間に溢れる安直で便利な言葉で切り捨てたのだ。

高校での誠一は、サッカー部のミッドフィルダーとして、夕闇が迫るまで泥にまみれてボールを追い、定期テストの前になれば友人たちとファミレスに集まって、赤点への恐怖を共有しながら無駄話に興じた。文化祭ではクラスの模擬店の呼び込みを、喉が枯れるまで快活にこなし、後輩の女子生徒から告白されれば、それなりに悩み、それなりに誠実な断り文句を口にした。

誰もが、誠一を「付き合いの良い、真面目な、どこにでもいる好青年」と評した。彼は周囲の期待という名の型に、自分という歪な個体を無理やり流し込み、見事にその形状を凝固させたのである。

しかし、その完璧な仮面の内側で、誠一は常に、自分自身を数メートル後ろから冷ややかに眺めているような、奇妙な遊離感を抱き続けていた。

部活の公式戦で値千金の決勝ゴールを決めた瞬間、仲間たちが叫びながら駆け寄ってきて、彼の背中を激しく叩く。その狂熱の渦中で、誠一の脳裏には、ふとした瞬間にあの青白い雪の光がよぎることがあった。静まり返った図書室。窓の外を覆い尽くす沈黙の白。そして、手の中で熱を帯びていた、あの沈んだ大陸の図解。

(お前は、こんなところで何をしているんだ)

そう囁くのは、誰あろう自分自身だった。だが、誠一はその声を即座に、冷酷なまでに踏み潰した。今ここでそんなことを考えれば、積み上げてきた「普通の生活」という名の繊細なガラス細工が、一瞬で粉々に瓦解してしまう。彼は笑顔を貼り付け、仲間たちとハイタッチを交わした。それは、一滴の濁りもない、澄み切った虚無だった。


 式次第が進み、ついに別れの歌の旋律が流れ始めた。

体育館の古びたスピーカーから流れるピアノの伴奏が、重苦しい空気を震わせる。


止まるも行くも、限りとて

 互いに思う、千万の……


誠一は、周囲の級友たちに合わせて口を開いた。数百人の卒業生が発する合唱は、重厚な音の壁となって体育館の天井に跳ね返り、誠一の全身を強く叩く。

さきくとばかり、歌うなり」

その一節が喉を通った瞬間、誠一の胸の奥で、長い間放置されていた古い氷が、微かな音を立てて割れるような痛みが走った。

隣で歌う親友の佐藤が、大粒の涙を流しながら声を震わせている。彼は地元に残って家業を継ぐことが決まっており、昨夜の打ち上げでは「お前は東京の大学へ行っても、俺たちのことを忘れるなよ」と、顔を真っ赤にして語っていた。

誠一は彼に向けて、そして三年間共に汗を流したサッカー部の仲間たちに向けて、心から「幸あれ」と願った。その祈りに、嘘はなかった。彼らはこの世界の、健全で美しい構成員であり、自分とは違う「現実」を生きる資格のある人々だった。

だが、その祈りの半分は、皮肉にも、今まさに「別れ」を告げようとしている、自分自身の深淵に向けられていた。


(さようなら、あの図書室の少年)

(さようなら、世界の裏側に真実があると信じた、愚かな自分)

(お前はここで、卒業と共に完全に死ぬのだ。これからの俺は、社会という巨大な荒波の中で、誰にも後ろ指を指されない、透明な歯車として生きていく)


歌声が重なり合う中で、誠一は自分の中の「粒子」が、深い、深い沈黙の底へ沈殿していくのを感じていた。

それは消え去ったのではない。一度生まれた生命の本質は、そう簡単に霧散することはない。ただ、彼はそれを自覚の最深部、言葉や光の届かない暗がりに強制的に封じ込めたのだ。オリのように重く、しかし揺るぎない沈黙。それはいつか腐敗するのか、あるいは化石のように硬質化していくのか、誠一にも分からなかった。ただ、今の自分にとっては、それを「なかったこと」にしなければ、明日からの新しい世界を歩むことはできないという、切実な防衛本能だけが彼を突き動かしていた。


彼は自分自身を裏切り続けた。


 式が終わり、体育館の重い扉が開かれると、外には残酷なほど明るい春の陽光が満ちていた。

校門付近では、後輩たちが先輩を囲んで写真を撮り、色紙を交換し、第二ボタンをねだる微笑ましい光景が広がっている。誠一もまた、サッカー部の後輩たちから寄せ書きされた色紙と大きな花束を受け取り、照れくさそうに笑いながら、記念撮影のレンズに視線を向けた。


「誠一先輩、東京に行ってもサッカー続けてくださいね!」

「……ああ、気が向いたらな。お前らも、来年の総体は絶対に県大会行けよ」


交わされる言葉は、精巧に作られた脚本をなぞるように滑らかだった。誠一は、自分がどれほど完璧な演技をしているのかを自覚し、そのたびに心の奥底に溜まったオリが、一段と厚くなっていくのを感じた。

喧騒を離れ、一人で部室棟の陰に立ったとき、ふと足元に目が止まった。

そこには、三年間使い古し、ボロボロになったサッカーのスパイクが、誰に顧みられることもなく転がっていた。

誠一はその汚れきった靴を見つめながら、かつて雪の日に握りしめていた、あの古本の重みを思い出した。

(俺は、本当に「卒業」するのだろうか)

そうではない。自分はただ、「逃亡」しているだけではないか。

自分の内側に宿った、あの制御不能な粒子から。

周囲と足並みを揃え、同じ旋律を歌い、未来という名の不確かな希望を口にすることで、自分を均質化された大衆の中に埋没させ、安心を得ようとしているだけではないか。


 中学の時の自分が見たら、今の自分をどう思うだろう。「普通」という檻に自ら鍵をかけて閉じこもり、自分の内なる真実を、押し入れの奥のゴミとして扱っている今の自分を。

誠一は、スラックスのポケットの中で、爪が手のひらに食い込むほどに拳を握りしめた。微かな痛みが、麻痺しかけていた自分の実体を、一瞬だけ呼び戻す。


 四月からは、東京の大学へ進む。

誰も自分の過去を知らず、誰も自分に「沈んだ大陸」の面影を見出さない場所。

そこへ行けば、完全に、綺麗に、自分を消去できるはずだ。

誠一はそう自分に言い聞かせ、未練を断ち切るように校門へと向かって歩き出した。

振り返った先にある校舎は、満開の桜の向こう側で、午後の陽光を反射して白く輝いている。

かつての雪の日、すべてを白く塗り潰そうとした、あの冷徹で慈悲深い白。

それとは違う、すべてを祝福するように偽装された、不自然なほど明るい白。


「さようなら」


誠一は、誰にも聞こえない、自分にさえも届かないような小さな声で呟いた。

止まるも行くも、限りとて。

彼は、自らの内に沈殿した死体を遺棄するかのような冷ややかさで、高校という場所へ置いていこうとした。

しかし、校門を一歩出た瞬間、春の突風が彼の前髪を激しく揺らした。

その風の中に、一瞬だけ、あの懐かしい、重苦しい『ムー大陸』の本の匂い――湿った紙と腐葉土が混ざり合ったような、あの独特の異臭が混じった気がして、誠一は思わず足を止めた。

慌てて周囲を見渡したが、そこにはただ、舞い散る桜の花びらと、卒業の喜びに沸く若者たちの姿があるだけだった。


「誠一! 何してんだよ、行くぞ! 最後のラーメン屋だ!」

遠くで佐藤が、ぶんぶんと手を振って呼んでいる。

「……ああ、今行く!」

誠一は、その声をかき消すように走り出した。

額にはじっとりと、冷たい汗が滲んでいた。それは、全力で自分を裏切り、過去を切り捨てようとしている男の、体温だった。


 誠一の「擬態」は、この時、完成の極みに達した。

自らの内に宿った「粒子」を暗い底へ沈め、表層には何の波紋も立てない、完璧な凪。

誠一は、仲間たちとの笑い声に身を投じながら、自分がどこへ向かっているのかも知らず、ただ「幸くとばかり」に走り続けた。その背中に降り注ぐ桜の花びらは、まるですべてを忘れさせようとする、春の雪のように見えた。

その光景を、校舎の屋上から吹き降ろす風だけが、沈黙の中で見届けていた。

卒業。それは、一つの終わりではなく、自分自身の本質から逃れ続けるための、長い遍歴の始まりに過ぎなかったのである。

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