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  作者: しゅう


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光の子4

 一八八二年、ハンガリーの首都ブダペスト。

死の淵から「再起動」を果たしたニコラ・テスラの魂は、もはや以前の彼とは決定的に異なっていた。彼の肉体は回復の兆しを見せていたが、その五感は研ぎ澄まされすぎた神経の「過熱」によって、超常的なまでの感度を有していた。数キロ先の馬車の軋みが頭蓋骨を粉砕する衝撃となり、部屋の隅で光り輝く日光の粒子が、鋭い針となって彼の皮膚を執拗に刺激する。時計の秒針が刻む音は、大砲の轟音のように彼の鼓膜を震わせ、暗闇の中でさえも、彼は大気中に漂う静電気のうねりを目視することができた。

この「感覚の暴走」という、逃げ場のない絶望的な孤独の中で、彼は友人アニタル・シゲティと共に、夕暮れ時の公園を散歩していた。シゲティはテスラの体調を案じ、ゆっくりとした歩調で隣を歩いていた。だがテスラにとって、この静かな散歩さえも、宇宙の膨大な情報が流れ込む過酷な儀式であった。

空は燃えるような茜色に染まり、ドナウの川面は黄金の鱗を並べたように輝いていた。そのあまりに完璧な色彩の調和、宇宙が織りなす圧倒的な秩序の中で、テスラはふと、自身の魂の奥底に沈んでいた「ある詩句」を口にした。

それは、ゲーテの『ファウスト』の一節。太陽が沈み、また別の場所で新たな一日が始まるという、宇宙の循環を謳った、永遠の回帰の言葉だった。


「日は没し、光は消え、また新たな生が目覚める……ああ、翼が僕を大地から引き離し、永遠の光を追いかけて飛べたなら! 足下には沈みゆく昼の光、眼下には永遠の夜……」


テスラがその言葉を朗読する声は、次第に震え、熱を帯びていった。

その瞬間だった。

彼の脳内で、これまでバラバラの断片として浮かんでいた「光のフラッシュ」と「ナイアガラの轟音」、そして「マチャクの背中の放電」が、ゲーテの詩篇という名の触媒によって、ひとつの巨大な、そして完璧な秩序へと結合した。

朗読する声の振動が、大気の震えと共鳴し、そのまま宇宙の深淵にある「見えない拍動」と重なった。


視界が、白銀の閃光に塗りつぶされる。

 

彼の脳内に降りてきたのは、もはやこれまでのシミュレーションとは次元の異なる、完成された「答え」だった。

それは、青白い光を放ちながら回転する、巨大な磁界の渦。

磁極が互いに追いかけ合い、見えない「波」となって空間を滑り、そこに置かれた鉄の塊を、物理的な接触なしに、ただひたすらに、美しく、滑らかに回転させる。

交流オルタネイティング・カレントによる「回転磁界」の原理。

これまでのエジソンやペシュル教授が固執してきた「直流」という、一方向にしか進めない、摩擦と火花にまみれた停滞したエネルギーの死滅を、テスラはこの「回転の理」によって克服したのである。


「シゲティ、見ろ! 私には見えるんだ! モーターが……モーターが火花を散らさずに回っている! 完璧だ、何もかもが完璧だ!」


テスラは叫び、手に持っていたステッキを地面に突き立てた。シゲティは驚き、狂気さえも感じさせるテスラの目を見つめた。だがテスラはシゲティの反応など構わず、取り憑かれたように、公園の砂の上に円を描き始めた。

それは幾何学的な図面であり、同時に宇宙の真理を記述する「魔法の陣」でもあった。

彼が杖で描くその「円」は、始まりも終わりもなく、ただエネルギーが循環し続ける永遠の形。

直流という、無理やり電気を押し流し、距離が延びれば減衰し、エントロピーの増大に抗えない「死への行進」に対し、テスラの交流システムは、自然の呼吸そのものを電力へと変換し、宇宙の果てまで届けることができる「生命の拍動」だった。


「いいか、シゲティ。この磁界は、沈みゆく太陽がまた明日別の場所で昇るように、交互にその極性を変えながら、無限の回転を生み出すんだ。火花を散らすブラシはいらない。部品同士の無駄な摩耗も存在しない。ただ、見えない磁気の波が、世界中の機械を動かし、世界中の夜を昼間に変えるんだ!」


テスラの説明は、もはや工学的な解説を超えた、ある種の宗教的啓示に近い響きを帯びていた。砂の上に描かれた回路図は、テスラの脳内にある「光の設計図」の完璧な転写だった。

この瞬間、彼は悟った。自分が死の淵から連れ戻されたのは、まさにこの「回転の理」を、神の設計図から盗み出し、人類へと手渡すためだったのだと。


 彼の幻視は、もはや個人の妄想を越え、未来という名の巨大な現実へと接続されていた。

砂の上に描かれた図面が、青白い電流となって地を這い、ヨーロッパを越え、大西洋の底を渡り、巨大なナイアガラの滝へと流れ込む。

彼が見つめる未来の幻影の中で、何百万、何千万という「交流電球」が、一斉に王冠のような輝きを放ち、地上のあらゆる闇を駆逐していく。

それは、一部の特権階級が独占するエネルギーではなく、空気を吸い、水を飲むのと同じように、誰もが等しく、安価に享受できる「光の民主化」だった。


「直流は停滞だ。交流こそが、自由への循環なのだ。これまでの工学者は、電気という獣を無理やり狭い檻(導線)に押し込めようとしてきた。だが、私は違う。私は電気を、宇宙という広大な海に帰し、その波紋を自在に操る術を見つけたんだ」


彼はステッキを置き、ゆっくりと立ち上がった。

夕焼けはすでに宵闇へと溶け込み、公園には一番星が瞬き始めていた。

だが、テスラの瞳には、もはや闇など存在しなかった。彼の脳内では、数万のタービンが規則正しく唸りを上げ、目に見えない交流の波が、銀河のようなネットワークとなって地球全体を網羅していた。

彼は今、宇宙の毛皮を撫で、そこから立ち上る真理の火花を、人類の手に定着させるための「鍵」を完全に手に入れたのだ。

スミリアンの森で、黒猫マチャクの背中に小さな火花を見たあの冬の日から、どれほどの孤独な旅をしてきたことだろう。

兄デーンの喪失という魂の欠損、父との激しい衝突、コレラという死の病、そして狂気と紙一重の感覚異常。

その全てが、このブダペストの公園で描かれた「一片の円」に結実した。

テスラは自嘲気味に微笑んだ。自分は「自動機械」になろうとした。しかし、結局のところ、自分自身が宇宙の巨大な回路の一部として、その回転を世界に伝えるための「共鳴体」に過ぎなかったのだと。

 

 テスラは、冷たい夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。

彼の神経系を流れる電流は、今や宇宙の振動数と完全に同調し、心地よいハミングを奏でていた。

彼はもう、一人ではなかった。

彼の内側には、全人類の未来を照らす「太陽」が、回転する磁界となって永遠に輝き続けていたからだ。


 一八八四年。

ニコラ・テスラは、僅か四セントの所持金と、数冊の詩集、そしてエジソンへの推薦状、何より脳内の「光の王冠」だけを携えて、新天地アメリカへと向かう船上にいた。

彼の前には、荒れ狂う大西洋が広がっていたが、その波頭の砕ける飛沫さえも、彼には無数の交流発電機が放つ「未来の光」に見えていた。

船の甲板で、彼はポケットの中の四セントを指先で弄んだ。その金属の感触さえも、彼には電気を蓄えるコンデンサのような役割を果たしているように感じられた。


「さあ、始めよう。世界を、本当の光で満たすために」


船のエンジンが刻むリズムに合わせ、彼の指先が、目に見えない磁界を操るように空中で小さく円を描いた。

パチ、と微かな、だが鋭い火花が彼の指先から放たれ、夜の海へと消えていった。

それは、かつてスミリアンの少年が、愛する猫を撫でたときと同じ、清らかな祝福の光だった。

 

 ニコラ・テスラ。

 光を導き、雷を飼い慣らした男。

 彼の「調律」は今、この惑星のすべてを包み込み、人類がかつて見たことのない、永遠の回転を始めたのである。

彼がアメリカに降り立ったとき、その目には既に、二十世紀、二十一世紀を超え、星々を繋ぐ無線送電の未来までが見えていたのかもしれない。

 一人の「人」から、世界の「創造者」へ。

彼の魂は、回転する磁界の渦の中で、今もなお、この星を照らし続けている。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

本作『光の子』は、これにて完結となります。


本作の着想は、古代の叡智である「カタカムナ第46首」に示されたことわりから得たものでした。この首には、「フトマニと電気粒子の発生・変換」「方向性と現実化」が示されているとされています。


この言葉に触れたとき、私の中に鮮烈に浮かび上がったのが「ニコラ・テスラ」という男の肖像でした。

目に見えないエネルギーを観測し、それを形(秩序)へと変換する彼の孤独な戦いは、まさに古代から続く理を現代に具現化した姿のように思えたのです。

なお、本作はあくまで私なりの解釈に基づいたフィクションとして、彼の精神世界を描いたものです。



【読者の皆様へ】

本作を最後まで見届けてくださり、心より感謝申し上げます。

皆様の率直な感想が、今後の執筆の大きな糧となります。

もしよろしければ、以下の5段階評価、および皆様の心に残った情景をお聞かせいただけますと幸いです。


評価: ★ 〜 ★★★★★


コメント:

最も印象に残った場面や、心に触れた描写など、自由にお聞かせください。

皆様がこの「光の子」をどのような存在として想像されたか、といった点も伺えれば幸いです。


皆様からいただく言葉が、この物語に最後の一片を付け加え、真の完成へと導いてくださることを願っております。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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