タビの成長
(本当に全部、ここの都合で呼ばれたんだ)
アーネの説明を聞いて、イサーナの胸中にはもやもやとした不快感が広がった。
女神からこちらに飛ばされる前に事情は聞いていたが、現地人であるアーネから説明された事情はもっと国の事情に絡んだものだった。
(この世界じゃなくて、シュテルンっていう国が聖女がいないと困る国だから、見つからない聖女の代わりに私が召喚されたんだ)
このまま聖女が見つからなければ、確かにシュテルン王国は困るのだろう。しかし、それの一体どこに異世界人の勇那が関係あるのか。
(切羽詰まってたのかもしれないけど、最悪の迷惑でしかないよ)
見知らぬ異世界の尻ぬぐいのために自分の世界から引き離されたという理不尽に、勇那はぐっと奥歯を噛み締めた。
気にすることじゃないというアーネの言葉に少しだけ救われながら、勇那は布カバンの中にいるタビのぬくもりを抱きしめた。
『イサナだいじょうぶ?』
ひょっこりと顔を出したタビが、曇り顔の勇那を見上げて心配そうな声をあげる。
「どうだろ、ちょっともやもやするかな」
『元気ない。タビのお腹もにもにする?』
「うーん……する」
『はい! 吸ってもいいよ! イサナは吸うと元気でるでしょ!』
膝に乗せたカバンを下敷きに、ころりとひっくり返って無防備に腹を見せるタビ。
自信満々に言ったのは、最初の夜、シャウの街に着くまでの間の休憩中に何度か触らせてもらったからだろう。
その愛らしさに癒されてふわふわの黒い毛に触れると、やわらかな体を思うままに撫で繰り回した。撫でられて嬉しいのか、ごろごろと喉を鳴らしながら機嫌よさげに目を閉じている。
(可愛い)
隣のアーネも撫でたそうにしていたので、微笑んで頷くと、恐る恐るという風に遠慮がちに触れていた。
見ていてなんとも微笑ましく心温まる光景だ。
(私がまだ頑張れてるのはタビのおかげ)
もし一人っきりでこの世界に来ていたら、とっくに勇那の心はくじけて投げやりになっていただろう。
タビがいてくれるから、勇那は頑張って生きようと思えるのだ。
(タビも、最初に比べたら話し方が上手くなったな。体も少し大きくなったかも)
拾った時はほぼ手のひらサイズだったはずだが、今では両手でないと包めない程度には大きくなっている。
子猫の成長は早いというが、この短い期間での成長は女神から与えられた宝石の力でもあるんだろう。
(この子は、最終的に何に進化するんだろう。進化先をタビの意志で選べたらいいんだけど)
タビの額で存在を主張している赤い宝石を見ると、どうしても考えてしまう。
カーバンクルだとか、そうじゃないだとかの前に、タビ自身が困ったり苦しんだりしない進化になったらいいと思う。
(タビは、子猫だったからかあまり異世界召喚について気にしてないみたいなんだよね。というか、異世界に来たんだってこともあまりわかってないのかも。まだ赤ちゃんだったからなのかな)
勇那と一緒に、元居たところからどこか遠くにきたんだ、程度の認識なのだろう。元の家族についてもほとんど覚えていないようで、だからこそ今の明るさを保てているんじゃないかと思う。
『イサナ元気でた?』
「うん! タビのおかげで元気でたよ。ありがとう」
『ふふん! タビはすごいでしょ。けがもなおせるんだよ』
「うん、すごいすごい……え、怪我?」
機嫌のいいタビの頭を撫でながら頷いていると、聞き逃せない単語が聞こえて手を止めた。
「え、それは、ほんとに?」
「どうかしたの?」
「タビが、怪我が治せるっていうんだけど」
「あら」
勇那の言葉に、アーネも驚きタビを見た。
「それが本当なら、治癒魔法が使えるってことね。治癒魔法は光か水属性にしかなかったから、どちらかの属性を持っていることになるわ。でも、そもそもヤマネコって魔法を覚えられたかしら?」
不思議そうにタビを見つめるアーネは、スキルを使っているのか瞳の色が淡く緑色を帯びていた。
「ああ、駄目ね。私のスキルレベルじゃ意思疎通出来ない生き物の真偽は鑑定出来ないわ」
「私は会話できるけど。それにカーバンクルじゃないってのはわかったじゃん」
「存在の真偽と会話内容の真偽は別よ。貴方経由じゃなくて、私が直接この子と話せないとだめなの」
「難しいな~」
「実際に使わせてみた方が早いわね」
物は試しだというアーネに、勇那はタビにお願いした。
「じゃあタビ、ちょっと治癒魔法を使って欲しいんだけど、いい?」
『いいよ! イサナのけがをなおしてあげる! あのね、ずっとなおしてあげたくておぼえたんだよ』
「えっ」
元気に立ち上がったタビは、驚く勇那を他所にピンっとその尻尾を立てた。尻尾の先に淡い水色の光が灯り、勇那の手を包み込んだ。
「……すごい」
見ると、こちらの世界に来てから擦り傷、切り傷で荒れていた両掌が綺麗になっていた。
「本当に使えるみたいね」
『イサナ、もう痛くない?』
「うん! もう全然痛くないよ。ありがとうタビ」
初めてまじかで見た魔法の感動と嬉しさで思わずタビを抱きしめた。
ふわふわとした真っ黒な毛に頬ずりすると、同じように擦り返してくるタビに笑みがこぼれた。
「いつの間にこんなすごいこと出来るようになってたのさ」
『あのね、イサナの足がいたそうでだったの。それがいやでなおせたらいいのになって思ってたら、できるようになったんだよ!』
「そう、だったんだ」
タビの言葉に、勇那は思わず泣きそうになった。
捕らわれた時に靴を奪われた勇那は、古着屋で靴を買うまで素足だった。逃げるのに必死で耐えることが出来ていたけれど、素足で歩き回った足の裏は小さな傷だらけだった。
タビはそれに気づいていたのだ。
(子猫どころか、まだ赤ちゃんなんだからって、守らなきゃって思ってたのに)
自分が庇護しなければと思っていた存在が、ずっと自分を見ていて、治癒魔法なんて凄いものを使えるようになっていたのだ。思いもよらない成長を見せられて、驚きとともに胸を打たれた。
(やっぱり私、ずっとタビに助けられてる)
手が痛くなくなった以上に、胸に温かいものが溢れている。
「いつもありがとうね、タビ」
『どういたしましてー』
元気よく返された言葉と共に、再びタビの尻尾の先に光が灯る。同時に消えた足裏の痛みに、勇那はまたタビに感謝した。




