第387話 金と情報は天下の回りもの
「それじゃあ、君は犯人のお顔は見ていないのかな?」
「ええ。俺たちが悲鳴を聞いて駆け付けた時には被害者の女性しかいませんでした。女性のすぐ傍で血痕が途切れていたので、恐らく切断した足首をあらかじめ用意した袋か何かに入れて持ち去ったのでしょう。」
「そ、そうかもしれないね。ところで、おばさんの治療は誰がやったのかな? 君のお爺ちゃん?」
「俺が、魔法で」
「君がやったの!? まだ子供なのに凄いね!?」
「俺、こう見えて18歳なんで」
「18!? え? 18!? 嘘でしょ!?」
「嘘ならよかったんですけどねえ」
交番での事情聴取はスムーズに終わった。初対面の婦人警官のお姉さんは俺の言動にアレコレ面食らったようだったが、ホーク・ゴルドという名前を聞いて色々納得したらしい。ゴルド商会の名前はよくも悪くも轟いているし、警察内部にもイーグルパパのコネは沢山ある。第3王子派の人間も警察内に潜り込んでいるだろうし、第1王子もまた然り。世の中常に一枚岩ではいかないものである。
辻斬り被害故に刀剣保持者であるカガチヒコ先生も疑われたようだが、俺の名刀アケガラスにもカガチヒコ先生の名刀ドウゲンザカにも一切の血糊どころか汚れが全く付着していなかったこともあって、すぐに解放された。
「女性の足首ばかり狙う連続辻斬り犯かあ。一体どんな変態なんだろ。やっぱ偏執狂なのかな」
「人体の一部に過度に執着する、というのは左程珍しい性癖ではござらぬ。某も過去、殺した相手の眼球を賞品としてくり抜くことに固執した挙げ句、しまいには美しいと感じた眼球を奪うために殺すようになった狂人に出くわした経験があり申す。或いは、伝わる相手にだけ伝わるなんらかの警告である可能性も」
「ああ、マフィアの粛清みたいな。過去になんらかの理由で女性の足首にまつわる事件が起きて、その関係者が別の関係者に過去を想起させるためにやる感じの」
高級住宅街なだけあって、他より規模の大きな交番を後にした俺たちは、警官隊でにわかに騒がしくなった夜の街を歩く。今頃現場は駆け付けた警官で一杯だろう。シェリーに先に現場情報をスキャンしておいてもらって正解だったな。いや、警察が動いているのだから別に俺たちが事件に首を突っ込む理由もないんだけどさ。
――
「ホークちゅわあーん! 怖い目に遭いまちたねえ! おーよちよち可哀想に! 無事で本当によかったでちゅよお!」
「なんか父さんのこの反応も久しぶりな気がする」
「うむ。定期的にやらんとなんだか調子が出なくてな」
「それで調子がよくなるなら別に構わないけどさあ……」
「では遠慮なく。おーよちよち怖かったでちゅねえホークちゃん! パパがついてまちゅからねえ!」
翌朝。昨夜事件に出くわしたことは秘密にしておいたのだが、警察内部の情報が父さんに届いてしまったためこうして朝から抱き締められながら頬ずりされる羽目になってしまった。どうやら俺の、というか我が家の関係者の名前が警察内部で浮上してきたらたとえそれがどんなものであれ即座にパパに連絡がいくようになっているらしい。
それでいいのか警察内部。いやよくはないんだろうけど金で魂を売れる奴は世の中大勢いるからね。特にうちは金に糸目はつけない主義だからしょうがない。大金は人を狂わせるからね。ケチるところはとことんケチって、使うべきところで気前よく使うのも金持ちらしい手口だ。
「それで? 犯人は捕まったの?」
「それがまだみたいなんだよ! なんかね、一部の貴族から警察上層部に圧力がかかったみたいで! パパの見立て通りなら、たぶんどっかのバカ貴族がやらかしてるんじゃないかな? ほら、試し切りとかフェチズムとか。世の中バカと変態は星の数だからねえ。嫌になっちゃうねえ」
「ああ、そういう。てことは、警察ももう犯人の目星をつけてるけど手出しができない状態ってことか」
「だろうね。今朝の新聞でもう4件目だって騒ぎ立ててるぐらいだもの。警察だってそこまで無能じゃないさ」
「圧力かけた貴族側もそれじゃあ自白してるも同然だろうに。余計なことしなきゃいいのにね」
「どうかな。もしパパだってホークちゃんが『女の足首が欲しい!』とか言い出して夜な夜な新鮮な足首を集めに出かけるようになったら、それ相応の対応を取るもの!」
「それは俺を止めてお説教ってことよね? そうだよね? お願いそうだと言って?」
「……勿論さ!」
「今の間は何!?」
「ハッハッハ! パパはいつだってホークちゃんの理想通りの素敵なパパでちゅよおー!」
「おう旦那ァ! そろそろ出勤の時間だぜ! っと、どうしたァご主人、朝からえれェ疲れた顔してやがるが」
「HELP ME」
「そいつは無茶な注文だな! 魔王だろうが邪神だろうがぶちのめすのは吝かじゃねえが、オメエの親父にだけは一生勝てる気がしねェよ!」
「OH!」
そんなわけで、朝から絶好調だった父さんと父さんを護衛するクレソンを見送り俺とカガチヒコ先生は俺の自室である。ズル休みではない。必要有休だ。
俺の職場は全く安定しない。ゴルド商会に副社長として顔を出す日もあれば、パストラミ社に社長として顔を出す日もあるし、外国の支社からお呼びがかかればそちらに行く日も、留学生のポーク・ピカタとして学院に顔を出さなきゃいけない日もあり、そこら辺のスケジュール管理は全部万能電脳執事であるシェリーに一任している。持つべき者はできる執事だとしみじみ実感するね。
「それにしても、貴族の圧力ねえ」
「よくあることと言ってしまえばそれまでではあるが。武家や旗本の乱心など今に始まった話ではありますまい」
「身分差制度ってやっぱろくでもねえな??」
この世界では命が非常に軽い。戦う術を持たない一般人が魔物に襲われればひとたまりもないし、人間同士で身分差もあれば奴隷制度もある。貴族の中には平民の命をなんとも思ってないような連中だっていまだに大勢のさばっているわけで、何か事件があれば真っ先に犠牲になるのはいつも平民である。愉快な話ではない。
「ああ、それと。主殿に電話が」
「誰から?」
「警察から。被害に遭われた女性が、助けられた礼を言いたい、と」
「お見舞いの手紙と果物で済ませたいなあ。名乗る程の者ではありません、って」
「では、そのように手配を。被害者から直接話を聴かずともよいので?」
「警察が情報掴んでるんなら俺らの出る幕はないでしょ」
『などとのんきに構えて他人事のように放置してしまったことを、彼は後々悔やむこととなるのであった。』
「シェリー、勝手なアナウンスしない」
「ほっほ。これは失礼致しました。では、昨夜収集した情報の解析結果は必要ありませんかな?」
「一応、聞くだけ聞いておこうか」
全体的に太ましいというかぶっとい奴が多い俺の周囲のオッサンたちの中では比較的スマートな老剣客カガチヒコ先生と老執事シェリーに挟まれて、俺は肩を竦めた。





