第368話 獅子帝様はお見通し
「随分と浮かない顔をしているではないか」
「そう見えますか?」
「自覚なく俺の前でそんな表情を浮かべているのが問題だな」
世界に名だたるマーマイト帝国首都。異世界とは思えない程に急ピッチで発達した軍事施設が物々しく建ち並ぶその中でも、一際派手にそびえ立つ城の中で、ある意味最も厳重な警備が敷かれているイグニス・マーマイト皇帝陛下の私室。
そんなイグニス様の部屋で俺は今、3か月後に発売予定のDoHの新規カードを使って一足先に対戦していた。いわゆる調整だ。新たにデザインされたカードと既存のカードの組み合わせが、対戦環境を破壊するほどゲームに悪影響を及ぼしてしまわないかを確認するための大事な作業。これを怠ると環境が崩壊して禁止カードを出す羽目になるため、インフレには常に気を遣わなければならない。無論、並行してパストラミ社の優秀な社員たちが調整を行ってはいるのだが、『俺にもやらせろ!』とうるさい超大口スポンサー様がいるのでね。
「そなたの言うところの、盤外デッキとやらはどうなったのだ?」
「ああ、アレの導入は見送りました。導入すると完全な別ゲーになってしまうので」
「それは惜しいな。話を聞く限りでも、ワックワクのドッキドキなギミックだったのだが」
いわゆるクリーチャー、或いはモンスター、言い方はなんでもいいが、に該当するカードを戦場に出しながら、イグニス様が残念そうにチロリと舌を出す。DoHの世界大会常連であり、極太のスポンサー筆頭でもある彼は、事ある毎にあーでもないこーでもないと口実を付けてはパストラミ社に首を突っ込んでくる、もとい顔を出すため、最近ではほとんど外部協力者みたいな立ち位置に収まってしまった。
遮二無二相手の懐に飛び込んで、いつの間にか自分の立ち位置をしっかり確保してしまえるのは彼ならではの力技と言えよう。きっと若い頃からそうやって人をたらしこんできたに違いない。それができなければ、彼が今帝位にいることもなかっただろう。
「目新しさ、新鮮さは常に意識せねばならんぞ? いつまでも既存のゲームギミックにのみ依存していてはいずれ飽きが来る」
「とはいえ短期間で手を変え品を変えと色んな要素を詰め込んでばかりでも、結果的にユーザー離れに繋がってしまうリスクはある、でしょう? 盤外デッキ制度の導入も今はまだ見送ったというだけで、いずれはきちんと発売しますよ」
「では、その時を楽しみに待つとしよう」
手駒カード、魔法カード、魔道具カード、戦場カードなどを駆使し、相手の士気を削り合うこのゲームは現在世界中で爆発的なヒットを記録し、貴族の夜会や場末の酒場などでもポーカーやビリヤード、ダーツなどに加わる新たな娯楽、或いはギャンブルとして流行している。
酒場で飲み食いしながら親しい友人仲間たちとカードゲームに興じるというのは日本人の感性からすれば『カードが汚れるんじゃ?』と心配になるだろうが、意外と欧米ではポピュラーな遊び方だと聞いたことがあるのでお国柄の違い、文化の違いもあるのだろう。ましてここは異世界だからね。
ただ、DoH印刷工場への不法侵入や火炎瓶の投げ込みなどの営業妨害のほか、レアカードを巡っての殴り合いや殺人事件まで発生したり、盗難や窃盗が相次ぐなど軽犯罪から重犯罪まで色んなトラブルが発生するといった少なくはない混乱もあちこちで起きてはいるのだが、その辺りは自己責任で。さすがにそこまで全部面倒看きれません。
「ここまでくると、もはや代理戦争だな」
「買い被りすぎですよ。ただの遊びです」
「金も手間も時間もかかる本物の戦争をやるぐらいなら、国の代表者同士が卓上でケリをつけるというのも一興だと思わぬか?」
「暴動が起きるのでは?」
「何、代表者争いをさせればよい。文句があるなら自分が勝って国の代表者になればよいだけであろう」
「兵士たちが不憫、とも一概には言い切れませんか。戦場で死ぬよりはずっとマシかもしれませんね。ただ、負けた時にテーブルをひっくり返す輩が出てきそうな気もします」
「往々にして、双方が着席する時には既に戦争は終わっているものだからな。椅子に辿り着くこともまた戦いよ」
限られた戦力でやりくりする。どうしようもない不運不幸に左右された際に、どのように損害を最小限に抑えるかを考える。自軍の保有戦力に足りないものが何かを知る。継戦のために必要な兵站のやりくりに頭を悩ます。どの敵にどの味方をぶつけるのが効果的か、或いはぶつからずに迂回する道を模索する。相性次第でどうしても勝てない相手にぶつかる。
そういう意味ではまあ、学ぶところがないわけでもないかもしれない、か。100年後200年後には、カードゲームの勝敗で全てが決まる世界になっていたらどうしよう。イグニス様ならやろうと思えばそういう国も作れそうなのが怖い。支配下に置いている国で試験的に導入してみたら意外とやれてしまったので、なんて未来は御免被るぞ。それはそれで楽しそうではあるけれども。
「ふむ、やはり冴えない顔をしている」
ゲームを中断、いや投了か。対戦途中でいきなり片付け始めるのはマナー違反だが、負けても不貞腐れることなく相手の勝利を称える人が意味もなくそんな振る舞いをする筈がないので、俺がそれだけ酷い顔をしているのかもしれない。そんなに酷いか?
「オークウッド博士が帝国技研の重鎮である以上、彼の周囲の動向には我らも常に気を配っている。当然、ブランストン王国にも帝国の手の者は潜んでおる故な。そなたのことだ。どうせ疎外感に焦っているのではないか?」
「う」
ズバリ指摘され、俺のポッチャリした顔が引き攣る。そうなんだよ。ローガン様もオークウッド博士もピクルス殿下もゴリウス先輩も、みんな未来を見据えている。現状維持で満足しているのはガメツの爺さんぐらいだが、それでも彼の野心はまだ枯れていない。そしてそれはイグニス様も同じ。彼はどこまでもどこまでもどこまでも、誰よりも一番先頭で行けるところまで突っ走るような生き様に命を燃やすタイプだ。安寧=停滞はよしとすまい。
「この期に及んで今更何を怖れておるのだ、そなたは。幻滅されることか? 己の本音を直視することか?」
「タイムリミット、ですかねえ」
高等部の卒業。それはかつて跳ばされた『本来の未来』で俺が垣間見たというか、ガッツリ体験した出来事だ。そもそもがイグニス様と最初に出会ったのだって、『前世の記憶を取り戻すことなく成長したホーク・ゴルドが追放された、というかその立場になってしまった俺が逃げた先の帝国』だったし。
あの時のイグニス様は厳密には今目の前にいるこのイグニス様ではないが、同一人物であることに変わりはない。彼からもらった彼の羽根が、俺とこの世界のイグニス様を引き合わせたのだ。
正直に言おう。俺は焦っている。ヴァン君たちが高等部を卒業した時、何かが起こるのではないかと不安を抱いている。が、本質はそこではない。不安があるのなら備えておけば済む話だ。それとはまた別種の、時が経つことへの焦燥感。それが俺の精神に悪影響を及ぼしていることを、認めなければなるまい。
「それはいつ、誰に対しての期限だ?」
「うーん、秘密……」
ふざけているわけじゃない。言いたくないのだ。
「秘密か。ならば仕方あるまい」
「おや、あなたにしてはやけにあっさり引き下がりますね?」
「フ。たとえ友人家族恋人とて、或いはだからこそ言えぬ秘め事もあろう。俺は貴様の全てを根掘り葉掘り暴いて何もかもを把握せねば心配になるほど狭量な男ではないぞ?」
「仰る通りで」
人間。変われば変わるものだ。昔の俺なら、『別に幻滅されても構いませんよ。そもそもが勝手に期待されても困りますし、迷惑です』ぐらいの軽口は叩けただろうに。
「そなたには言うまでもないことであろうが、永遠などない。万年を生き永らえる竜神とていつかは死ぬ。我がマーマイト帝国も、余の崩御と共に割れ、荒れるであろう。まあ、自分が死んだ後のことなどどうでもよいがな。滅びるなら滅びて構わぬ」
「でしょうね」
「怖気づくなとは言わぬ。殉を求むるならそなたのための特等席を設けてやってもよい。だが、それは納得のゆくものでなければならん。何、気に病むことはない。そなたが人一倍引きこもりがちでぐずつきがちな、面倒な子供であることは百も承知であるが故な」
「それはどうも」
子供。子供ねえ。陛下の言う通り、俺はどうしようもなくガキなんだろう。前世は16歳で死んで、異世界で17歳になるまで生きて、もうすぐ18歳になろうとしている。こちらの世界で社会経験を積んだつもりになっても、真の意味で大人になったことがない俺は、大人になることを怖がっているのだろうか。





