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第367話 王子の決意/友の決意

「僕は、王の座を狙うことをやめた。兄上を蹴落としてまで、或いは父上を暗殺してまで、王になりたい、とはどうしても思えなかったんだ」


暗殺、という言葉に張り詰めた空気が漂う。予備の予備とはいえ継承権を持つ王子が王を暗殺。その可能性をほのめかしただけで、廃嫡もあり得る危険な話だ。だが同席しているゴリウス先輩もキルシュ先輩も、緊張はすれど驚いた様子はない。側近であるふたりは以前から知っていた、彼から聞かされていたのかもしれない。


「型破りにも程がある君と出会って、僕にも人並みの野心が芽生えた。ああ、君のせいだと言うわけじゃないんだ。ただ、僕にも王子として次の玉座を狙うチャンスがある以上、それを意識しないというのはどうにも難しくてね。一時期は兄上を出し抜き、父上を心変わりさせる計画を本気で立てたものだよ」


「ローザ様やヴァンくんは御存じなのですか?」


「勿論。僕が国王になれば、ローザはその正妃だ。だから、そうなった暁にはヴァニティには公爵家に戻って公爵家を継いでもらわなければならない。先の虚神事件の後、しばらくヴァンくんの様子がおかしかったことに気付いたかな? 前々から冒険者になる夢を諦め公爵家に戻る道もあるのだとローザに説得されていた彼は、自分のせいで恋人であるリンドウさんやこの国を危険にさらしてしまったことを酷く気にしていてね。それまでは話題にすることを避けていたローザの話にも耳を傾けるようになったのは、ずるい言い方をすれば好都合だった」


でも、と彼は肩を竦める。


「僕は父上を敬愛しているし、デーツ兄様が憎いわけでもない。母を死に追いやった王妃のことは赦さないけど。もし僕が本気で国王になる道を目指せば、それは茨の道だ。傷付くのが僕だけならいい。でも、きっとその道行きでこの国は少なからず荒れるだろう。父上は善政を布き、国民は平和を謳歌している。そこへ無理矢理僕が割って入り込んだところで、国民の支持を得られるとも思えない」


「それで暗殺ですか。確かに避けがたい事故死や悲劇的な病死を作り出せれば、国民感情の反発を招くことなく繰り上がりで自然に王位を継承できますもんね。ルタバガ王子はどうか知りませんけど」


「ルタバガ兄様は恐らくお見通しだよ。デーツ兄様もね。彼らもバカじゃない。ここ数年活発な第3王子派の動きから、僕の心変わりを察知するぐらいはやってのけるだろう。そうでなければ困る」


そして俺にはそれができるだけの力がある。呪いをかけるもよし、国外から病原菌を持ち込むもよし、なんなら催眠魔法で平和的に国王一家を洗脳することだって不可能じゃない。だが、ピクルス様自身がそれをよしとしないのならば、俺らがそれに加担することもないし、そもそも頼まれたところで俺がそれに協力するとも限らない。


「君も既に気付いていると思うが、第1王子派の過激派はゴルド商会を過度に敵視していた。言い方は悪いが、一介の商人風情が国家を揺るがす程の力を持つことに恐れと怒りと嫉妬を抱いていたんだね。だからこそ、君たち親子の命を奪うことに躍起になった。国王(ちちうえ)でさえ、ゴルド商会には手を出し難い状況だから余計に」


薄汚い裏工作で父さんを失脚させようとしたり、うちを潰そうとしていた連中は片っ端から闇に葬られた。それで業を煮やした連中が、手段を選ばず俺に毒を盛ったがそれも失敗し、『不幸な火事』によって大勢貴族や裏社会の協力員が死んだことで、貴族社会の勢力図もグチャグチャになった。それにつけ込んで、一気に勢力を拡大したのがピクルス・ブランストン第3王子率いる第3王子派だ。


「あえて断言しよう。もはや父上にも兄上にも、君たちをどうこうできる力はない。だからこそ、君との窓口になる僕の立場は以前よりも重要視されるようになった。ここで僕が野心を出して出しゃばれば、それは新たな火種になる。僕はそれを望まない。父上や兄上が下手に君たちを刺激して争いになるぐらいならば、いっそ僕が上に立ってしまえと考えていたのだけれど、平和的に現状維持を望むのであれば、その限りではないんだ。国民のためにも、僕自身の感情のためにもね」


かつて忌み子として殺されかけ、幽閉され冷遇されたイグニス様は己が手で帝位を簒奪せんと臥薪嘗胆の日々を送り、最後にはクーデターを成功させた。その暁に憎き前皇帝をその手にかけることはなく、離宮に幽閉する道を選んだが。ピクルス様にはイグニス様程の苛烈さも、熾烈さも、強欲さもない。ならばそれはそれで、いい選択だと俺も思う。


「そんなわけで、是非ともワイともお見知りおきをばーっちゅうやっちゃな。ピクルス殿下には学生時代からの朋友として仲ようしてもろて、ワイら穏健派も水面下でお宅と協力関係を結ぶ。それやったら、他のアホタレどもも迂闊には手ェ出せんようになる。そのために来たんや。ほんまは手土産のふたつ三つとも思ったんやけど、誘拐騒ぎの折にどら焼きやの羊羹やのを持参してもアレやろ?」


一見すると不真面目な男のようだが、あのローリエがU3脱退後も付き合いを続けていた男だ。それだけで信用に値するであろうことは確かだと思う。少なくとも、俺はローリエの仕事ぶりを信用しているからね。


ローリエもカガチヒコ先生も、無言でじっと俺を見守っている。キルシュ先輩はスヤスヤと眠る赤ちゃんを抱き、ゴリウス先輩はそんな妻子の肩を抱き寄せてまっすぐに俺を見つめている。ピクルス様の目は真剣だ。その背後に立つ鮫の、にこやかだけど鋭い目も。


「Uちゃんさん、でしたっけ。あなたは今回の誘拐事件をどのようにお考えですか?」


「十中八九、嫌がらせやろな。殿下の子飼いの騎士夫婦を出し抜けるだけの何者かが裏で暗躍しとることは間違いないやろ。せやのに出鼻挫かれて、このままおとなしゅう引き下がるとも思えん」


「それに関しては、そちらにお任せしても?」


「使えん相手と手ェ組みたいとは思わへんやろ? 三局長の肩書きにかけて、意地でもなんとかしますわ」


「では、事件が解決した暁には、ということで、返答はそれまで保留・検討させて頂きます。期待していいんですよね?」


「そこはお手並み拝見してもろて」


ニカっと笑った鮫オッサンに握手を申し込まれたので、素直にその手を取る。誘拐事件の後始末をあちらさんに任せることができるのなら、これ以上俺たちが出張る必要もないだろう。ないと思いたい。


「いやーよかったよかった! 嫌や言われたらどないしよ思たわ! なんのためにお前が選ばれたんやて袋叩きにされるんやないかとヒヤヒヤしとったでほんま! 筋トレ頑張った甲斐があったわ!」


「ん? それはどういう意味で?」


「ほら、ゴルド商会のお坊ちゃんはいかつい獣人のオッサン爺さんばっか侍らせとるっちゅー話やったやろ? んで、U3の中で獣人で、なおかつオッサンなんはワイだけやねん。いやー、これでも頑張ったんやで? 出世のためや思てやりたない面倒な筋トレ頑張ってビール腹チョイと引っ込めて。あ、でもビール腹の方がよかったりするん? それやったら遠慮なく言うたってーな! ……ちょ!? いやいやいやいや、冗談やって! 半分冗談! せやから、そないにおっかない顔せーへんでもろて!」


「……確かに、坊ちゃま相手に女性を交渉役に連れてくるのは愚策でしょうね。ましてU3は諜報機関ですので、所属する諜報部員には標的を篭絡しやすいよう美人が多いんです」


「なるほど。第一印象がマイナスからのスタートになるのは、難しい交渉を任された人間としては避けたかろう。主殿にはハニートラップも色仕掛けも一切通用しない故」


「みんな俺のことなんだと思ってるのさっ!」


ピクルス様の爆弾発言により張り詰めていた緊張の糸が切れる。ハーブティーに口をつける者、肩の力を抜く者、安堵のため息を吐く者。めいめいに話し合いの余韻に浸る中、ピクルス様が頭を下げてくる。


「嫌な言い方をしてしまってごめんね。でも、紛れもなくあれは僕とローザの本心なんだ」


「別にいいですよ。今更あの程度で揺らぐような付き合いじゃない、でしょう?」


「君にそう言ってもらえると嬉しいよ」


思えば初等部に入学したばかりの頃、イジメられていた俺に最初に声をかけてきたのがピクルス様だったな。その後ヴァンくん絡みで色々あって、ポーク・ピカタ名義で中等部でアレコレやって、気付けば既に8年が経過している。みんな成長するわけだ。


俺だけ身長がきっかり100センチから1ミリも伸びないまま、いつまでも10歳児の容姿でいるため時々忘れそうになるが、ピクルス様もローザ様もヴァンくんもみんな立派な大人になりつつある。


特にピクルス様もヴァンくんも身長180cmオーバーのイケメン美青年だから、見上げるばかりのキラキライケメンスマイルが年々高くなっていくのをこの8年間ちょこちょこ眺めていたわけだ。


時は流れる。人は変わる。いつまでも子供のままじゃいられない。モラトリアムはいつか終わって、皆がそれぞれの人生を歩いていく。最近ローガン様やオークウッド博士の様子が急におかしくなったのも、その影響だろう。彼らも彼らなりに、未来を見据えて生きているのだ。自分の人生をよりよい方向へと進んでいくために。


じゃあ、俺は? 女神の用意した悪趣味な見世物の主人公は、この箱庭世界で踊り続ける道化は、どうすればいい? ……なんてね。昔の俺だったら立派な大人に成長していくピクルス様の眩しさに目を焼かれて、そんな風に嘆いて自己憐憫に浸っていたかもしれない。でも、今は違う。


諸行無常。永遠に続くものなんてない。形あるものはいつか必ず壊れるし、楽しい今だっていつかは必ず終わるから。でも、俺たちは変わっていくことができる。成長していくことができる。だから、不安も寂しさも、そんなにはない。ゴリウス先輩の息子が成長して、いつか俺の背を追い抜く日が来たとしても。きっと俺は、その日を笑いながら受け入れることができるだろう。


とはいえ、いい加減もうそろそろ身長が伸びてほしいなあとは思うんだけどね??

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