第366話 Who Are U?
「なるほどなー! 召喚魔法で誘拐されたニンゲンを呼び寄せるとか、確かに召喚契約を結んだ相手ならできんこともないやろけど、未契約の相手でもお構いなし、それもふたり同時に無理矢理呼び付けるとか、掟破りにも程があるやろ! 自分、どんだけやねん!」
「えーと、どちら様?」
「あ、毎度どうもー! 自分、アンダースリーっちゅう秘密組織のボスやらしてもろてますUちゃん言います! 気軽にユウちゃんって呼んでやー!」
ゴルド邸の客間に俺とカガチヒコ先生、給仕のローリエ。ゴリウス先輩ら一家、それにピクルス様と、彼に同伴してきた小柄な鮫獣人のオッサン。何故か関西弁で喋る陽気な彼は、王家直属の秘密諜報機関、U3の偉い人だと名乗った。
「いやー、それにしてもあのローリエはんが辞表出すぐらいエエ男やっちゅー話やったけど、噂のゴルド商会のお坊ちゃんにこんな形でお目にかかれるとは! 自分感激ですわ!」
「まさかあなたが出世するとは思いませんでした、フォルネウス」
「ちょ!? 嫌やなーローリエはん! ワイのことはUちゃんかユウちゃんって呼んでーな! 折角カッコつけて名乗ったんに、台無しやんけ!」
「ではMr.U。此度の誘拐事件は、三局長の一角であるあなたが出張ってくる程の案件なのですか?」
どうやら元U3所属のローリエと彼は古い知り合いらしい。
「ただの元同僚です。退職後も情報をやり取りする程度の伝手は維持してありましたが」
「そんな冷たいこと言わんとってーな! 素直に幼馴染みの友達ですうでえーやん!」
「あなたと友人になった覚えはありませんが」
「冷たあ! ははーん? さてはお坊ちゃんに昔の男なんちゃうかと勘繰られるのが怖……冗談やって! そんな怖い顔せんといてーな!」
幼い頃に組織に拾われ諜報員として教育された彼女の幼馴染みというのはつまり、そういうことなのだろう。キルシュ先輩ら母子奪還の経緯を説明し終えた俺たちは、ローリエが淹れてくれた温かいハーブティーを飲みながら、ホっといい香りのため息を吐く。
「どっちかってーと誘拐事件の方はついでやな。あ、ついでっちゅうんは言葉のあややから気分悪うせんとってな? 勿論キルシュちゃんに事情聴取して、黒幕の方はうちらの方でキッチリ探し出しますんで」
「あなたのお喋りには慣れておりますので、お気になさらず」
どうやらゴリウス先輩も彼の言動には慣れているらしい。ピクルス様がこの場に同伴してきた時点で、以前から繋がりがあったのだろう。Uと名乗ったお調子者の鮫のオッサンは、前々からずっと『個人的に』俺に会ってみたかったのだと真顔で語った。
「知っての通り、U3も一枚岩じゃないねんな。前は王妃が無駄に出しゃばっとったせいで半ば私物化されとった側面もあるけども、うちらの本来の仕事は主にこの国がよりよい方向に向かうためのバランサー兼ストッパー兼汚れ役なんよ。自分は主に汚れ役を担っとるんやけども」
そもそもU3とは本来、初代国王が『もしも自分が耄碌して道を違うことあらば、そなたたちの手でこの首刎ねてほしい』と信頼の置ける仲間3人に『王を諫める権利』『王を止める権利』『王を裁く権利』を与えたのが始まりだったという。
とはいえ、どれだけ立派な志を掲げ設立された組織であろうと、時代が進みメンバーが代変わりしていけば、当初の崇高な理念からはかけ離れていってしまうのが世の常。
「しっかしまー、ほんまおっそろしい子やなあ! うちらでさえまだふたりの居場所突き止めるどころか、これから事件の捜査せなあかんてなっとったのに、過程全部すっ飛ばしてふたりとも奪還してきましたー言われたらうちら商売あがったりですわ! そんな相手とは絶対敵対したないわーって思うやろ? 普通」
「まあ、それはそうですね」
「実際頭抱えとるんは事実なんよ。ジブンらの存在はこの国にとって特大の地雷やけど、同時に防波堤みたいなもんやから。ゴルド商会にヘソ曲げられてこの国から出て行かれてもうたら、大損どころの騒ぎやない。少なくともマーマイト帝国やヴァスコーダガマ王国と友好的な関係を維持できとるんは、間違いなくジブンらのお陰や」
「局長さんがそんなこと言っちゃっていいんですか?」
「局長やからこそ、やな。ぶっちゃけうちの王様はお宅らと個人的な伝手ないやろ? イグニス・マーマイトやローガン・ヴァスコーダガマみたいな他国のヤバイトップ連中と個人的に親交があるとかいうトチ狂った豪商の倅相手に、うちの王様だけなんもないんは正直困るんよ。ジブンがピクルス様の御学友でほんっっっまによかったわ」
ブランストン王国としても、マーマイト帝国の半端ない技術力インフレやヴァスコーダガマ王国のリアル英雄譚が現在進行形で進んでいるような戦力インフレには忸怩たる思いでなんとか追い付かんと躍起になっているそうだが、異世界転生者という起爆剤抜きではそうそう簡単に大胆な大幅ショートカットができずに足踏みしているという。
「オークウッド博士はどうしたんです?」
「ジブンも知っての通り、あの人はもっぱら帝国の方へ入り浸るようになってしもてなあ。先代の局長らがあの人の異常な天才性を危険視して研究を制限しとったことが間違いとは思わへんけど、そのせいで資金も潤沢、危険な研究もやり放題の帝国に人材が流れてもーたら本末転倒もええとこやん? 最近はなんやこっちにも顔出す機会増えたけども、だからってこの国だけに囲えるとはもう思われへんし」
ああ。何を血迷ったのか、自分専用の俺クローン作ろうとして刺された一件で、退院後はしばらく大学院のラボで頭冷やすって話だもんな。人の心ある部下さんの手で刺されて目が覚めたとかで、最近はおとなしく比較的安全で比較的安心な研究にも目を向けるようになったらしいが、喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉もあるし。
「前々からお宅らを危険視しとった連中と、お宅らを利用すべきやと主張しとった連中とでバチバチやり合っとってな。あ、ちなみにワイは穏健派やから、ピクルス殿下経由でお宅らとは友好な関係を結びたいと思うとったんよ。ちゅーか、それ以外に道はほぼなさそうやん?」
「Uの話は事実です、坊ちゃま。彼はわたくしにも『自分が局長になった暁には坊ちゃまと面会させてほしい』と以前から打診してきておりました。まさか本当になれるとは……なってしまうとは思いませんでしたが」
「ローリエがそう言うってことは、悪い人じゃないんだろうね」
「せやでー! オッチャンええ人やでー! せやから、うちとも仲ようしようやー! いやほんま、ここらできちんと親交結んどかんとあかんねん! お願いします! オッチャンとも仲良うしてください! この通り!」
コホン、とピクルス様が咳払いをひとつ。
「彼をここへ連れてきたのは、僕の意志でもある。知っての通り、僕は今高等部3年生だ。来年王立学院を卒業すれば、僕は王族としての公務に正式に携わる立場となる。ルタバガ兄様はそれが嫌で大学や大学院に進学していたけれど。それでもいずれ、『子供』でいられる時間は終わるんだ」
彼は、ピクルス・ブランストン第3王子は、真剣な眼差しでまっすぐに俺を見つめた。Mr.Uとゴリウス先輩、赤ちゃんを抱いて座るキルシュ先輩の顔も真剣そのものだ。
「ホーク・ゴルドくん。友人として、王子として、君に言っておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「僕は、王の座を狙うことをやめた」
キッパリとそう宣言する彼の顔に、迷いはなかった。





