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第311話 世界樹とラビリンス

世界樹とは世界一大きな樹である。樹木である。樹木である以上、どれだけ大きかろうと通常その中に入ることはできまい。外側をよじ登るとか、或いは地下に迷宮が埋まっているとかならまだしも、世界樹の内側が空洞になっていて、しかもそこがダンジョンになっている、なんてのは創作物の中のお話だ。


(思ってたよりずっとシステマチックうー!!)


(ええ、相違なくシステムでございますので)


ソルッポイの世界樹。外側は富士山……とはいかないまでも、筑波山ぐらいの高さを誇る超巨大な大樹だが、その内側はSF映画にでも出てきそうなサイバーな感じの近未来施設だった。なんせ竜なり鳥なりに乗らなければ到達できそうもない高さに位置する巨大な穴から侵入してみれば、そこに待ち受けていたのは壁も床も天井も黒い金属で覆われた通路なのだ。その光沢のある黒い金属の表面を規則正しく七色に輝く光のラインが走っており、俺たちが歩行するのに合わせてその光も色を変えつつ移動する。


「なんか、凄いね?」


「思ってたのとはちと違いやすが、張りきって行きやしょうや!」


「ほほう、内部はこんな風になっておったとは。外から潰し続けているうちは気付かなんだぞ」


「うーむ、あきらかな人工物じゃのう! オークウッドの奴も連れてきてやるべきじゃったわい!」


「あの人がいたらそれこそ調査調査調査で入口付近から数日は動けなくなりそうなので、クリアしてから連れてきてあげましょ」


驚きのままに軍用っぽい開閉の仕方をする巨大な自動ドアを幾つかくぐった俺たちを出迎えたのは、どっかのベンチャー企業のフロントみたいなお洒落な作りの吹き抜けロビーと、天井のスピーカーから喋る電子的な合成音声だった。どっかの声優の声というよりはむしろ、女神ミツカの音声をサンプリングしていかにもそれっぽいエフェクトをかけた感じだ。


『ようこそ冒険者の皆さん! 循環エレメント管理施設、ソルッポイ・ユグドラシリアン・クリフォトナイズ・セフィロティック・システムズ、通称SYQSS(シャックス)へ! 当施設内では24時間365日エレメント循環器が稼働しております都合上、エレメントの使用は一切できませんので頑張ってくださいね!』


「なんと」


「どれどれ、ふーむ……確かにエレメントを行使できんのう」


なんというか、酷く不快な感触だ。魔法を使おうとすると、体内で練り上げたエレメントを掃除機か何かで心臓部分からギュイーン! とゴッソリ吸い出される感じの。なんとも言えないイヤーな感覚。


「魔道具も反応しやせんぜ」


「いかにもあの性悪女神の考えそうな仕掛けよな」


魔法使用不可・魔道具持ち込み不可のクソ仕様かあ。確かにローグライクゲームとかだとクリア後にそういう縛り付きの高難度ダンジョンは付き物だけど、ひょっとしてここもそうなのだろうか。なんせあの女神が直々に植樹していった世界樹だか循環エレメント管理施設? だもんなあ。あきらかに雰囲気が本編クリア後とか2週目とかのための隠し要素っぽいし。


「とりあえず、エレメントが使えないのならエーテルを使えばいいじゃない?」


「うお!? なんじゃそれは!!」


俺が血中エレメントをなんらかの不思議な力で吸い出される前に、一旦エーテルにフィルタリングしてから指先に魔法の黒炎を灯すと、学院長先生が大興奮した様子で俺に詰め寄ってきた。顔が怖いし目も怖い。食べないでくださいーとか俺は美味しくないですよーとか、思わず叫びたくなるぐらいには圧が強い。肩を掴まれた両手に籠もる力の強いこと強いこと。


「お主! またワシの与り知らぬところで何かを発見しおったな!! さあさあ観念して、洗いざらい白状せい!! 魔術師ギルド終身名誉会長として、絶対に見逃すわけにはいかんぞい!!」


「うわわ!? 分かりました、分かりましたから落ち着いてくださいってば!」


ひとしきり俺の肩をガクガク揺さぶって満足したのか、今度は俺の両手を握り締め、キラキラした目を輝かせながら鼻息荒く詰め寄ってくる筋金入りの魔法バカ一代。それもそうか、なんせ魔術師ギルドの頂点だもんな。この世界最高の賢者って呼ばれるようになるぐらい魔法を突き詰めた偉い凄い人だ。魔法に関することならこうもテンション爆上がりになるか。オークウッド博士のこと言えないぞ、学院長。


     ◆◇◆◇◆


「……なるほど、これがエーテルか! 素晴らしい! 素晴らしいぞホーク!! 我が体内で、未知なる活力を滾らせた新鮮な魔力が力強く渦巻いておる!! うおおおおお!!」


「あーあ、すっかりハイになっちゃったよあの人は……」


エレメントが使えない施設内を、エーテル由来の風の魔法でフワフワ浮かれまくりながらラジコンドローンのように高速で吹き抜け、ロビー内を縦横無尽に飛び回る学院長の満面のキラキラ笑顔がとても眩しい。俺も無駄に長引いてしまった説明タイムを設けた甲斐があったというものだ。


「無理もあるまい。あやつらからすれば、人が空気以外のものを吸って息ができると知ったようなものだ。他ならぬ余自身もまた、この数万年味わうことのなかった新鮮な魔力の味に些か昂っておるでな。うむ、よい。実によい。この心地よい未知なる魔力の漲り、なるほど精神が昂揚しようものよな」


「そうなんです?」


「ああ。まさに体内に積もり積もった積年の老廃物が綺麗サッパリ全て洗い流され、スッキリとした爽快感と共に若返るような心持ちですらある。見よ、この鱗の艶を!」


そう言って炎天下の屋外からガンガンエアコンの利いた室内に入った直後のような、気持ちよさそうな顔で全身を巡る高濃度のエーテルに身を委ねる師匠。ひょっとしてエルフや竜種等の長寿の生命体にとっては、俺が考えていた以上に魔力って重要な栄養素だったりしたのだろうか。


もしそうなのだとしたら、まさにエポックメイキング、またひとつこの世界における魔法のパラダイムシフトが起きたわけだ。コレ、オークウッド博士やイグニス陛下に教えたら碌でも……もとい、とんでもないことになるんだろうなあ。どうしよう、教えたくないけど教えないって選択肢もないんだよな。


だって学院長からバレたらそっちの方が大事になりそうなんだもの。あの解らないことを解らないままにしておくことが何より耐えられない天災博士と、自分だけ仲間ハズレにされるのが何より我慢できない負けず嫌い陛下という混ぜるな危険コンビに、自他共に認める世界最高の大賢者(まほうバカ)である学院長というガソリンをぶち込むようなものだもの。ただでさえヤバげな帝国技研が、もっともっとマッドな施設になっちゃうぞ。


「この素晴らしき力の脈動を感じるか? ハインツよ」


「ああ、この上なく感じておるぞマーリン」


何やら俺たちには理解の及ばないシンパシーだかなんだかをエーテルから感じ入っているであろうふたりはしばらく置いといて、俺はバージルと一緒に水筒の中の冷えた自家製スポーツドリンクを飲みながら座り込んでハイテンション爺さんズが落ち着きを取り戻すのを待つ。


「何につけても型破りな子だとは思ってやしたが、遂に夢の中ですらトラブルに巻き込まれるとは。さすがは坊ちゃんと言うべきですかねえ」


「それって褒めてる?」


「半分ぐらいは」


しばらくハイテンションで文字通りぶっ飛んでいた学院長と、朗らかに酩酊状態だった師匠がようやく落ち着きを取り戻したタイミングを見計らって、気を取り直して入り口の案内板と施設内のそこかしこにある標識を頼りに、俺たちは最上階を目指して世界樹内の近未来ダンジョンを探索していく。


扉は軍事施設ないしは宇宙ステーションのような4方向開きのシャッター式、灯りは常時電気がついているため持参した松明や光の魔法を使った魔道具ライトなどは使うまでもなく、一言で言うならゲーミング近未来ラボって感じだ。だって開かない扉を通過するのに必要なアイテムがカードキーなんだぜ??


気分はRPGの冒険者というよりTRPGの探索者にでもなった気分だ。4人で目星振ります。あ、バージルがクリティカル出しました。資料棚から抜き取った本にたまたまカードキー挟んでありました。ちなみに俺はファンブルだったのか、いきなり資料棚の隣の壁の一部がガコっと倒れてきて中から警備ロボットが!!


「侵入者発見! 排除シマス!」


「っと! 坊ちゃん!」


「爆ぜよ! エーテルドライブ!」


咄嗟にバージルに腕を掴まれ引き寄せられた俺に襲いかかろうとしたガードロボットが、内側から砕け散る。学院長が爆裂魔法を使ったのだろう。エレメントドライブ、という体内のエレメントを体外に放出して爆発させるという基礎魔法のエーテル版を、この短時間で自力で編み出したのか。さすがだ。


無詠唱魔法を使えるのにあえて一部簡略化した詠唱を声に出して魔法を行使しているのはイメージの補強のためだろう。無言で指先や杖を振って魔法を使うのと、声に出して魔法を使うのとでは、そりゃあ後者の方がイメージが強まりやすいもんね。魔法の力はイメージの力。無詠唱魔法は便利だが、詠唱魔法の方が威力は強まるのである。


「ほう? やるではないかマーリン」


「なんのなんの、あったり前じゃ。このワシを誰だと思っておるのかね?」


「ありがとうございます学院長。バージルもありがとう」


「いえいえ。こういうこれまでに見たこともねえような場所で聞いたこともねえ魔物と戦うってのも冒険者のロマンですからね!」


その後も施設内を探索していると要所要所で襲い掛かってくる警備ロボを蹴散らしながら、世界樹ダンジョン内を進んでいく。ところどころ断片的に手に入る資料を繋ぎ合わせて読み進めていったところによると、どうやらエレメントというのはこの星を巡る血液のようなものであり、人が死ぬとエレメントは星に還るそうだ。


太陽に月に、水に風に、地に熱に。ありとあらゆる自然の中で、この星に、この宇宙に生きる全ての生命にエレメントは宿り、生と死を繋ぎながら全ては循環する。その正常な営みを見守り、万が一トラブルが起きた時にはそれに対処するための管理施設がこのソルッポイの世界樹の真の姿なのだとか。


「ん? それじゃあ、警備ロボット蹴散らして先に進んじゃうの不味くない? というかそれ以前に、そんな大事なエレメントが基盤になってるこの世界に、エレメントとエーテルの相互変換技術なんか持ち込んじゃった暁には……」


「間違いなく世界、永い目で見れば宇宙そのものがひっくり返りかねませんな。前者に関してはご心配なく。ここの警備ロボットたちは知る必要のない者が知る必要のない事を知ってしまわぬようにするための守護者(あんぜんそうち)にございますれば」


「なるほどねー……って、とんでもなく不味いじゃないか!!」


俺らのやっていることは、星の血液に異物を混ぜ込んでいるようなものだ。もしエレメントがA型血液でエーテルがB型血液みたいな差異があった場合、どんな反応が起こるか想像もつかないぞ! スマホの中で女神が寄越したこの世界の基礎知識(こうりゃくぼん)を楽しそうに読んでいる場合じゃないよシェリー!


「安心するがよいホーク。海に血を一滴垂らしたところで、海が真っ赤に染まったりはせんじゃろ?」


「だといいんですけどお……」


万が一にもエレメント魔法の発達した未来とエーテル魔法の発達した未来が殺し合いを始めて、その起点となってしまった俺を狙ってふたつの未来から2陣営の代表者がそれぞれ自分たちの未来を守るべくやってくるみたいなとんでもない事態になってしまったら超絶洒落にならないからね?? 絶対見栄えのいい美少女が派遣されてくる奴じゃん!!


「お、坊ちゃんもうそろそろ最上階に到着するみたいですぜ」


「うーん、鬼が出るか蛇が出るか」


軽い気持ちで始めたダンジョン探索が、何やらとんでもない不発弾の発掘作業みたいになっちゃったぞう。コレも自業自得なのだろうか。いや、3人ともイキイキとしていて楽しそうだから、いいんですけどね。『夏休みに世界樹を大冒険!』という当初の目的は果たせてるから、多少はね?

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