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第300話 イーグルとアップルパイ

祝・300話の大台突破!

これも応援してくださる全ての皆さんのお陰です!

本当にありがとうございます!


それと、コミカライズ版第1巻の発売が8月5日に予定されたようです

正式に予約が始まりましたらまた告知致しますので、どうぞお楽しみに!

男には、独りになりたい夜がある。なんて格好つけても護衛がひとり、オリーヴがついてきてはいるのだが。


その晩、イーグル・ゴルドは行きつけのプールバーにて、馴染みの常連たちとビリヤードやダーツを楽しんでいた。商人ギルドの重鎮、貴族の変わり者、後ろ暗い金持ち、奴隷市場の元締め。立場は様々だが、碌でもないおっさん、爺さんばかりであることだけは確かだ。


「おっと」


「はは、ぬかったな?」


「なんのなんの、勝負はまだ判らんさ」


いずれも脛に瑕、腹に一物抱えた曲者揃いだが、殊このプールバーにおいては気兼ねなく酒や遊戯、他愛もないお喋りなどを楽しむことが暗黙の了解となっている。娑婆のことを話題に持ち出すのはNG。ここは疲れた熟年紳士たちの憩いの場なのだ。


それぞれに人生や家族を背負った、地位も立場も金も名誉もある男たちだからこそ、時には詰まってしまいそうな息を抜ける場所が欲しくなる。少なくとも誰もカロリー制限や脂肪、ダイエット、禁煙といった耳が痛くなる言葉を発しないこの空間は、彼らにとっては枯れた都会の隠れたオアシスなのだ。


「それにしてもイーグル、お前さんとこの倅は紙切れを上手く使って随分と荒稼ぎしてるようじゃないか」


「教会をバックにつけたのはデカいぞ。あれでバカ貴族共が大慌てしてやがったのは痛快だったがね」


「さすがはお前さんの倅、血は争えぬのう?」


「ガハハハハ! おうとも、ワシの可愛い可愛いホークちゃんは、お前らんとこの能天気なボンボン共とは根っからオツムの出来が違うんだ」


「ったく、うちのボンクラにも見習わせてやりたいね。いつまでも親の脛かじって、女の尻ばかり追いかけ回してやがる」


くわえ葉巻をしながら、見事に最後のボールをポケットに落とすイーグルに、疎らな拍手が起こる。大金持ちの父親を持つ子供というものは、成長過程でとかく歪みやすいものだ。かつてはイーグル自身も親バカというか、バカ親の筆頭のような存在であったが故に、説得力が半端ない。


あそこまで極端に行きすぎることはレアケースだろうが、少なくとも実家が大金持ちで、なおかつ親に甘やかされて育てば人格には多大な影響が出る。


幼いうちはまだそれでも我が子可愛さで済むであろうが、やがて子供が成長し、己の後を継がせることを視野に入れる段階になってくると、そうも言ってはいられなくなってくるだろう。無能な2代目が親から受け継いだ会社をあっさり、潰す話など、世間にはありふれているのだから。


「皆さん、アップルパイが焼けましたよ」


「2切れくれ」


「こっちもだ」


「わしは1切れでいいよ」


「じゃあ、ワシも1切れ」


ダンディなお髭と糸目が特徴的な、紳士なマスターがオーブンから取り出してきたばかりのアップルパイの香ばしくいい匂いが店内に広がり、ゲームの手を止めた熟年男たちがグラスを片手にテーブルに集まってくる。


この国の経済の第一線で長年戦い続けてきた百戦錬磨の歴戦の男たちだからこそ、こうして子供のように屈託なくおやつに群がることのできるひと時が、実に心に沁みるのだろう。


「おい、そっちの方がデカいんじゃないか?」


「うるさい、気のせいだ気のせい。この欲張りめ」


「はいはい、喧嘩をするならおやつは没収ですよ」


「む、それは困る!」


「マスターには勝てんな」


「おい、いいからさっさとワシにも寄越さんか!」


「マスター、フォークも忘れんでくれよ」


ブラックコーヒーに少量の酒が注がれたホットカクテルをお供に、普段は部下や従業員、或いは家族からすらも恐れられるような悪どい男たちが、焼きたての香り漂う熱々のアップルパイに、美味い美味いと舌鼓を打つ。


家庭内では我が子に一番甘くて美味しいところを多めに食わせてやりたいと振る舞う父親たちが、誰に憚ることもなく我先にと欲張りになれる空間。それが心地よくて、彼らは月に数度、この店に集まるのだ。なればこそルールも守るし、俗世のしがらみも一旦は忘れて何食わぬ顔で仲良くもする。出禁にされてしまわないように。


「おい、ワシの分は残してあるんだろうな?」


「おっと、遅刻だぞ爺さん」


「フフ、きちんと残してございますからご安心くださいませ」


そこへ護衛ふたりを引き連れてご登場したのは、ブランストン王国の裏社会を牛耳るとされる闇の大物だ。彼は護衛ふたりをそれぞれの客たちが連れてきた護衛たち、オリーヴを含む彼らが座っているテーブルに追いやると、ジャケットを脱いで手近な椅子の背にかけ、帽子を脱ぎ、輪の中にズケズケと入ってくる。


「そういやイーグル。お前さんとこの倅がやっとるカードゲームの偽造団、うちんとこに接触してきたぞ。結構稼いでるみてえで、調子こいてうちの連中にデカい態度取りやがったとかで、一部の若手が先走って軽く制裁かましといたらしいが」


「ほーお?」


4本しかない指を3本立てるマフィアの親分に対し、首を横に振りながらイーグルが指を5本立てる。マフィアの親分はニヤリと笑って、護衛ふたりに目配せをした。情報の基本は金を出し惜しみしないことだ。それが有益な情報であるならばなおさら。信用できる筋からの情報には、これからもよろしく、の意味も込めて色を付ける。まして大事な可愛い可愛いホークちゃんのためになる情報なら殊更に。


「オリーヴ」


「はい」


イーグルに名前を呼ばれたオリーヴが立ち上がり、隣のテーブルで運ばれてきたホットティーを飲み始めたマフィアの護衛2名に数字を書き入れた小切手を手渡すと、そのまま3人は店の奥へと消えていく。護衛トリオの中でもこういった裏の仕事に精通しているのがオリーヴだ。バージルもできなくはないが、あのそこはかとなく滲み出る三下感というか、チンピラ臭のせいで舐められてしまうことも少なくないため、この手の場にはオリーヴかクレソンを連れてくることが多かった。


「なあマスター、アイスクリームはないのかい? アップルパイに乗せたいんだが」


「いいな! バニラアイスであればなおのこと文句なしだ!」


「ええ、クリームソーダ用のバニラアイスがございますよ」


「ワシにもくれ。パイはもう食っちまったんで、アイス単品でいいぞ」


「こっちもだ。大盛りで頼む」


犯罪組織ひとつ、構成員数名、或いは数十名の命運を売買する話をしたばかりだというのに、誰もそれを気に留めることもなく、アップルパイとバニラアイスで盛り上がるこの国の経済を裏で牛耳る男たち。男には、会社や家庭から離れ、独りになりたい夜もある。そんな似た者同士の男たちが一ケ所に集い、仲よくなったのならば、こうなってしまうのもまた、必然ではあるのかもしれない。

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