第279話 美少女探偵現る!?帰れ!!
「話は聞かせてもらったの! この事件、この美少女探偵エシャロットちゃんが預かるのーっ!」
「そういうわけで皆々様方、どうぞご安心くださいまし。エシャロット先生はこれまでに数多の難事件を解決してきた敏腕美少女名探偵。この程度の事件など、いとも容易く解決して頂けることでしょう」
俺たちが悲鳴の出所である1等客室エリアのパーティホールに駆け付けた時には、巨大なシャンデリアに潰され即死したのであろう、あきらかに助かる見込みのない様子の年配のご婦人の亡骸が、ひしゃげたガラスの散乱する絨毯に血の染みを作っていた。
その死体のすぐ傍でピョンピョン楽しそうに飛び跳ねているピンク色のオカッパ頭にハンチング帽をかぶった小学生ぐらいの美少女、そしてその助手っぽい眼鏡をかけたライムグリーンの長髪の豊満美女は一体何者だろうか。いや、わざわざ美少女探偵なんて自分たちで名乗っているのだから、探偵なのだろうが。
「うむ、アレは助からんな」
「どう見ても手遅れですね」
「お気の毒に……」
「お、奥様ーっ!」
「あっダメなの! 現場保存なの! きゃっ!?」
シャンデリアの下敷きになっている女性の知り合いなのか、侍女服に身を包んだこれまた年配のおばさんが駆け寄ってくるのを邪魔しようとした美少女探偵が突き飛ばされたのを美人助手が抱き止めている。
「奥様! 奥様! ああ、なんてこと!!」
とにかく既に被害者が亡くなっている以上、俺たちにできることは何もないので、厄介事に巻き込まれる前にさっさと退散することにした。
ちょうど入れ替わるように騒ぎを聞き付けた船医や副船長たちが駆け付けてきて、パーティホールは閉鎖された。全てのお客様は一度お部屋にお戻り頂いて、みたいな説明がなされたので、あーだこーだと囁き合いながらゾロゾロと客室に戻る人波に混じって俺たちも1等客室に戻ってくる。
ちなみにイグニス様もキャロブさんたちとアレコレ話をしていたが、それが終わるとローガン様のお部屋にやって来た。
「なんだかとんでもないクルージングになっちゃったわね」
「我らの往く先々で事件・事故が多発するのはいつもの事と言えばいつもの事だがな!」
「言わんでください、悲しくなるから」
それから程なくして、船内放送で乗務員が皆様のお部屋に事情を説明しにお伺い致します、という旨流れ、俺たちの部屋にも著しく顔色を悪化させた船会社のお偉いさん方含む船長さんたちがやってきた。
そりゃまあそうだろ。折角最新の豪華客船の初お披露目となる処女航海で、他国の皇族や王族まで招いて大々的に宣伝しておきながら、初日に船内で人が死ぬような大惨事が発生してしまったのである。皆一様に青褪めた顔をしている彼らの心労や胃痛はどれ程のものか計り知れない。
「この度は大変な騒ぎとなってしまいまして、誠に、誠に申し訳ございません! なんとお詫びをすればよいか!」
「まあまあ、落ち着いてください」
「うむ、我らはこんな時に腹を立てるほど狭量ではないぞ!」
「恐れ入ります! ただいま次に寄港する予定であったカシミール公国の現地警察に連絡致しまして、港に到着次第警察の捜査が入る手筈になってはいるのですが……」
そこでちょっと歯切れが悪くなる。何かを言うべきか迷っているようだったが、とにかく事の詳細が判明するまでは、どなた様もお部屋の方でお待ち頂き、あまり出歩かれませんようお願い申し上げます、とのことらしい。
「ちょっとホーク、こっちこっち」
「ん?」
いつの間にかセクシーダイナマイツなグラマラス美女からいつもの喋る子犬モードに切り替わっていたゼト様に手招きされ、俺はトイレに行くフリをしてコッソリ部屋を抜ける。
「どうしたんですかゼト様」
「ちょっとアレ見て頂戴よ」
彼女に先導されおとなしく高級ラウンジまで足を運ぶと、そこにはいかにもなわたくしたち上流階級ですと言わんばかりの金持ちっぽい人々が集まっていた。不安そうにしている人間もいれば、不満そうにしている人間もいる。どうやら一部のやんごとなき身分の方々は除いて、1等客室にお泊まりのお客様に事情を一括説明すべくここに集められたようだ。
「皆様、この度はとんだ騒ぎとなってしまいまして、誠に申し訳ございません。お客様には大変ご不便をおかけ致しますが、何卒事件が解決するまでは平にご辛抱の程を」
「事件? 事故じゃなくて?」
「はあ、それがですな。探偵を名乗る少女が、シャンデリアに人為的に切断された跡がある、と騒ぎ初めまして。一応、プロの探偵ライセンスを持っておりましたので、念のため現場検証をお願いしたところ、これは殺人事件である、と」
「そうなのーっ! だから君たちにもお話をちょこーっとだけ訊きたいんだけど、いいかな?」
「エシャロット様! こちらは1等客室エリア故、立ち入りはご遠慮頂きますと申し上げたではありませんか!」
「そうはいかないの! 犯人がこの中にいる可能性だって十分あり得るんだから! 真の探偵は正義と真実のためなら権力だって怖くないのー!」
「さすがです先生!」
船員の後ろからピョコン! と姿を現したのは、件の自称・美少女探偵だ。どうやら一応は免許を持つプロの探偵だったらしい。その後ろではライムグリーンの長髪が場違いに目立つ助手の美女が感極まった様子で拍手している。
さて、ここらで公認探偵という制度について説明しておこう。これまでもアマチュア探偵という職業は存在していた。といっても主な業務は浮気調査や行方不明の犬猫探しといった地味なものが主だったが。
そこへかの天才オークウッド博士とその助手のホーク・ゴルドが個々人によって異なる魔力の波形パターンを発見し、現場に残された魔力の痕跡から逆探知して魔法の使用者を突き止められるようにして以降、この世界での魔法犯罪の発生率は激減した。
そりゃそうだ、魔法を使って盗んだり殺したりすれば、それが揺るがぬ証拠になって自分に返ってきちゃうわけだから。よってこの世界の犯罪は緩やかに魔法犯罪から知能犯罪に移行しつつある。そうして急増したのが今まではフィクションの絵空事扱いだった、トリックとかアリバイ工作とかの類いだ。
今までは魔法でどうとでもできるんだからハウダニットなんて考えたってしょうがないでしょ、という扱いだったそれらが重要視されるようになり、それに伴って不可能犯罪というものが以前に比べ多く発生するようになった。密室殺人とか、鉄壁のアリバイとか、そういうの。
といっても素人の浅知恵程度では普通に警察の捜査で解明されて終わるのだが、中には犯罪専門のコンサルタント業務を行う犯罪組織や厄介な知能犯などが出てくるようになり、より複雑化し難解になった事件を解明すべく捜査アドバイザーとして誕生したのがプロの職業探偵制度というわけ。
国によって制度は異なるが、確かマーマイト帝国でも諮問探偵としての探偵免許が取れるようになった筈だ。イグニス陛下が面白がって資格制度を導入したからね。勿論、本人がノリノリで真っ先に取得したことは言うまでもない。取ったはいいが№0001の探偵免許証と金の探偵バッジ、豪奢な執務机の引き出しにしまいっぱなしだけど。
「冗談じゃない! 子供のゴッコ遊びに付き合ってられるか!」
「そうよ! そもそも私たちはなんの関係もないわ!」
「あんなガキの戯言を真に受ける奴があるかバカモン!」
「ちょっ! これでもエシャロット先生はこれまで数々の難事件を解決してきた名探偵なのですよ!? 皆様あまりに失礼ではありませんか!?」
「いいのパセリーちゃん! 子供だと思ってナメられるのはいつものことなの!」
どうやらピンク髪の美少女探偵はエシャロット、その助手であるライムグリーン髪の豊満眼鏡美女はパセリーというらしい。おねロリ探偵助手コンビか。その手のマニアにはウケがよさそうだが、俺的には世界一どうでもいいな。
「みんな聴いてほしいの! あのシャンデリアには人為的に切断された痕跡があった! つまり、これは殺人事件なの! そして犯人は、今もこの船の中にいる! 何食わぬ顔でね! そして、第2第3の殺人だって発生するかもしれない! その被害者があなたたちにならないとも限らないの!」
「バカな! 何故我々が!」
「そうザマス! 命を狙われる筋合いなんてないザマス!」
「無差別殺人って知ってる? ひょっとしたら殺す相手は誰でもよくて、ただ単にこの船の処女航海で騒ぎを起こしてセレモニーをぶち壊しにすることが目的かもしれない可能性だってあるの! そんな危険な犯人が今も船内をうろついてるかもしれないって、ちょっと頭を使って考えれば分かるのっ!」
美少女探偵の自信満々すぎる堂々とした宣言に、浮足だっていたセレブたちはゴクリと息を呑む。ふーん、ちゃんと探偵っぽいところもあるじゃん。
なるほど船長さんたちが言うべきか迷っていたのはあいつについてか。確かに『船内に殺人犯が潜んでいるかも!!』だなんて騒ぐだけ騒いで、実はほんとにただの事故でしたーなんてことになったら赤っ恥もいいところだろう。だから適当にお茶を濁しつつ、部屋から出るなと念押ししていたのね。
「どう思う? アレ」
「どう、と言いますと?」
「なーんか胡散臭い、イヤーな臭いがするのよね、あいつから。人が死んだってのに、まるで楽しいゲームが始まったみたいに大喜びしちゃってさ」
探偵なんてどいつもこいつもそんなものでは? とは言うまい。というか、その発言はイグニス陛下にもブッ刺さるからやめて差し上げるのだ。言わんとすることは解るけれども。
「神犬たるあなたの嗅覚に何か妙なものが引っかかったのであれば、それは警戒に値するのではないかとは思いますね」
「そ。解ってんじゃないあんた!」
上機嫌にブンブン揺れる尻尾でバシバシ俺の腹を叩く子犬フォルムの彼女を抱き抱えて、ローガン様のお部屋に戻る。美少女探偵エシャロットとその美人助手パセリー。果たして一体何者なのだろうか?





