第280話 探偵がふたり!来るわよホーク!
「ほう! ほほう! まさかわざわざ此度のクルージングに招待されるほど高名な名探偵が偶然にも乗り合わせていたとは! 実に興味深い!」
やっぱりね! 部屋に戻っておふたりに事のいきさつを話した途端、緋色の目を輝かせ始めるイグニス様。
「ひとつの事件にふたりの探偵! これが何を示すか判るか? 友よ!」
「そりゃもう、どっちがこの難事件を先に解決するかーみたいな?」
「然り! さあ行くぞホーク! この名探偵イグニスの名に懸けて!」
「懐かしいフレーズ出てきましたね。寝台特急ミステリーの次は船上サスペンスですか?」
「うむ! 次は吹雪の山荘か、はたまた孤島の洋館かといった趣きであるな! キャロブよ! 我が探偵免許と探偵バッジを持てい!!」
「はっ。こんなこともあろうかと、念のため持ってきておいて正解でした」
「いやいや、さすがにそれはどうなのかな?」
馬獣人の宰相キャロブさんから荷物を受け取り、ノリノリで俺を小脇に抱えて部屋を出ていこうとするイグニス様に待ったをかけたのはローガン様だ。ゼト神も素でドン引きしている。うん、解るよその気持ち。でもこれがイグニス様というか、マーマイト帝国流なんだよね。よくも悪くも自分本位でブレない人たちの集まりだからさ。
ちなみにキャロブさんいわく、あのエシャロットとかいうのはマーマイト帝国の探偵ではないとのことだ。記憶力いいっすね、と驚いたら、普通に陛下がはしゃいでいる間に通信機の魔道具で祖国で待機中のビルベリさんに連絡取って念のため調べさせたらしい。うーん、有能。
「案ずるなローガン殿! 余の手にかかればこの程度の事件、朝飯前……いや、晩飯前よ! ディナーパーティまでには戻ると約束しよう! この状況でやるかまでは微妙なところだが!」
「はあ……君たちを放置しておくと碌なことにならなさそうだから、僕も行くよ」
「あたしは行かないわよっ!!」
「待って?? 今君たちって言った??」
「そんないかにも心外です、みたいな顔をしてもダメだからね? トラブルメーカー度合いで言うなら、君も君で大概なんだから」
「同行を許す! さあ、本日2度目の善は急げだ!」
「俺は8割ぐらいは巻き込まれているだけの被害者であって、概ね無実だー!」
さて、案の定というかなんというか、船会社のお偉いさんや船長さんたちは当然のように困惑した。そりゃそうだろう、まさか御身に何かございましたら一大事ですのでどうか何卒お部屋にいらしてください、と進言したばかりの一国の皇帝陛下が直々に『余が事件を解決する!』などと乗り込んできやがったのだから。
だがそもそも暴君イグニス様にNOを突き付けられるだけの度胸や胆力がある人間がまずほとんどおらず、その上で公認の探偵免許をこれ見よがしに見せびらかされ、『あっちの探偵はよくてこっちの探偵がダメとは言うまいな!』とゴリ押しされたので彼らは引き下がらざるを得なかった。
同伴者がまさかのローガン様であったことと、俺たちには鉄壁のアリバイと大勢の目撃者がいる上に事件を起こす動機もないため、事件には99.99%無関係だと解っているのも大きい。接客業とは大変なお仕事なんだなあ。お疲れ様です、ほんと。
「初めまして皇帝陛下。それに殿下も。探偵のエシャロットなの。こちらは助手のパセリーちゃん。お会いできて光栄なの」
「うむ、名探偵のイグニス・マーマイトである! こちらは我が助手兼マスコットのホーク・ゴルドだ! 互いによき勝負をしようではないか!」
「よろしく、お嬢さん方。私はあくまで彼がやりすぎないように見張るためのストッパーだからね。特に気にしないでくれて構わないよ」
さすがの傍若無人名探偵も、いきなり一国の皇帝陛下と準最高権力者が出張ってきては堪らなかったらしく、どこか苦々しく愛想笑いを浮かべる彼女とブンブン握手をして、イグニス様は上機嫌で俺を右肩に乗せ、件の第1パーティホールに向かう。
「ふむ? 確かに鎖に砕けた後があるな。切断面にしてはちと荒っぽいし、爆破したにしては焦げ跡がなさすぎる。魔力の痕跡もなし。ホーク、天井に弾痕は?」
「ありますね。きっかり鎖の数と同じだけ、4発分」
「となると、犯人は銃でシャンデリアを撃ち落としたわけだな! いびつな偏りや不自然に傷んだ部分がないということはつまり、4つの鎖はほぼ同時に切断され、被害者の頭上に落下したと考えてよかろう」
「だがパーティが始まる20分ぐらい前でそれなりに人もいたであろうこの広いホールで、魔法も使わず誰にも気付かれることなく正確に、一瞬で4本の鎖を撃ち抜けるものなのかい?」
「今は迷彩の魔道具やサイレンサー付きの拳銃も普通に一般市場に流通していますからね。少なくとも、ローリエやオリーヴならチートなしでも楽勝で可能だと思いますよ」
「うむ。できる奴がひとりいるならそれは、ふたり以上いても何もおかしくはなかろうな!」
次に俺たちは、被害に遭った年配の女性の同伴者であるという、年配の侍女さんに話を伺うことにした。彼女の名はプルーンさんといい、亡くなった夫人に仕えて長いらしい。
被害者の名前はガーベラ・ネグローニー夫人56歳。名門貴族ネグローニー家の女当主で、若い頃に旦那を亡くして以来、ネグローニー家を女手ひとつで切り盛りしてきたという女傑なのだそうだ。今回のクルーズには船会社から招待状を受け取ったため、気晴らしに乗り込んだらしい。
「気晴らしというのは?」
「奥様は最近、後継者選びのことで3人の御子息やその奥方様方が血眼になって揉めていらっしゃるのを大変気に病んでいらっしゃるようでございました」
「なるほど。彼女が亡き者になれば得をする人間が出てくる、と?」
「わたくし如きが申し上げるのもおこがましくはございますが……最近のお坊ちゃま方は、遺産のためならば奥様を手にかけることも辞さない、という鬼気迫るものが感じられましたので」
「現在の相続権は?」
「屋敷の金庫に厳重に保管してあります最新の遺言状には、ネグローニー家の全財産を長男のデイヴィット様に相続させよ、と。ですが、最近になって奥様が急に全財産の半分を懇意の海洋保護団体に寄付し、残りの半分をデイヴィット様に相続させる、と言い出されましたことで、大変な騒ぎとなってしまったのでございます」
「なんと! それは大いに揉めるであろう!」
「はい。ネグローニー家のお屋敷には連日連夜怒号と罵声が飛び交い、それはもう凄惨たる有様で。それに嫌気が差した奥様が、しばらく屋敷を離れ、誰とも話すことなく静かに過ごしたい、と仰せになったため、わたくしがこのクルーズへの参加を手配させて頂きました」
「彼女がこの船に乗ることは?」
「デイヴィット様方3名とも、全員ご存じでございます。わたくしが日程を調整致しました折、母は1週間もどこへ行くつもりだと、それぞれ別個に、とてもとても恐ろしい剣幕で問い詰められましたもので」
「奥様やあなたの持ち物の中で、なくなっているものなどはありませんでしたか?」
「いえ、特に何も。荷物が荒らされた形跡もございませんし、遺言状などをおしまいの金庫の鍵も無事に奥様の鞄の2重底の中にきちんと残されておりました。あの不躾極まりない探偵と名乗る少女とその助手……失礼、彼女たちにも一通りの荷物検査を許可致しましたので、それはあちら様もご存じのことと思います。よろしければ皆様もご確認なさいますか?」
「よろしければ、是非」
ミス・プルーンは疲れ切った顔で、自分の旅行鞄と亡き夫人の旅行鞄を運んできてくれる。普通、女性、それも貴族の女性の手荷物を幾ら他国の皇帝とはいえ男に漁らせるものではなかろうが、既に夫人が亡くなっていること、それによるショック状態でミス・プルーンが自暴自棄になっていること、そしてどうやらあの美少女探偵コンビが既に彼女に無理を言って先に手荷物検査をしていたことなどが相俟って、俺たちにも見せてくれるようだった。
というかあいつら、漁るだけ漁ってそのままにしていったな? 旅行鞄の中身グッチャグチャやないかい。ミス・プルーンと亡き夫人には申し訳ないが、折角の捜査機会なので衣類まで含めてキッチリ調べさせてもらう。ふむふむ、なるほど、うーん……ん??
「協力に感謝する、ミス・プルーン。今回の御不幸、心よりお悔やみを申し上げよう。ネグローニー夫人と言えば、海洋汚染に心を痛め、精力的に海洋保護団体に支援活動を行うなど熱心な篤志家としても名を知られた女性であったな」
イグニス陛下がそう言うと、それまでどこかぼんやりした様子で言葉を紡いでいた侍女さんは、ハっと弾かれたように顔を上げた。
「奥様は……奥様は今は亡き旦那様と出会われた海を何よりも愛していらっしゃいました。ご自分が亡くなられた暁には、その遺灰は旦那様の眠る海に撒いてほしい、と」
「うむ。夫人の無念、必ずや俺が晴らすと約束しよう」
「探偵さん……いえ、陛下。どうか、どうかよろしくお願い致します!」
それきりハンカチを顔に押し当て、堰を切ったように泣き出したので、俺たちはひとりにしてあげよう、と彼女たちの部屋を後にする。ふたりの旅行鞄を調べて気付いた事を伝えると、イグニス陛下は顎をさすりながら、ローガン様は腕組みをしながら思考の整理を始めたようだ。
「ふむ。順当に考えれば遺言状を書き換えられる前に、長男夫婦が慌てて刺客を放った、と考えるのが自然であろうな」
「そうですね。問題はそれにしたって、なんだってわざわざあんな目立つ方法で殺したのか? ってことですが」
「そうだね、ただ殺すだけならば人目に付かないところで侍女共々殺してしまえば済む話だ。遺体を海に捨てなかったのは死亡認定までに時間のかかる行方不明扱いではなく明確に死亡扱いにしたかったと考えれば納得できるが、わざわざあんな目立つところで、あんな目立つ殺害方法で犯行に及んだ意味が解らない」
「或いは意味などないのかもしれんぞ? あのちっこい女探偵の言っておった通り、この処女航海をぶち壊しにしてやろうというライバル会社の陰謀なのであれば、複数あるシャンデリアの下にいる客ならば誰でもよく、たまたま運悪く夫人がその犠牲になっただけにすぎん可能性も十分あり得る」
「逆に、あの場でなければならない理由があったとしたらどうです? 2等・3等客室エリアで開催されるパーティとは違って、1等客室エリアで行われるパーティは招待状を持つ招待客しか入れません」
「まず思い浮かぶのは人目を惹くことだね。なるべく人の多いところで派手に殺す。見せしめのためなら効果的だろう。もしくはアリバイ作り。限られた客と一部のスタッフしか立ち入ることのできない場所で殺されたとあらば、当時そこにいなかった者は鉄壁のアリバイを得ることになる。ちょうど僕たちみたいに」
「なるほど、裏を返せば現状、夫人殺しの犯人は当時あの第1パーティホールにいた人間に限られるわけか。だがひとつ、我らには見逃している点があるな?」
「ええ、そうですね。あのエシャロットとかいう探偵。俺たちがあの場をすぐに立ち去った後で、探偵免許を提示して捜査権を主張した彼女とその助手。あのふたりが何かしようとすれば、幾らでもできたでしょう」
探偵役が犯人、というのは意外とよくあるパターンだが、果たして。とりあえず夕飯の前に、夫人の遺体の検死と行きますか。俺、グロいの苦手だから、ここはおふたりに頑張ってもらうしかないのが申し訳ないところだ。最悪メーガーミーツで派遣医をデリバリーしてもらおう。





