第20話 男爵令嬢を放置し公爵令嬢へ?
仮面夫婦になる予定なのですっかり忘れていたが、王立学院には俺の婚約者である男爵令嬢、サニー・ゴールドバーグも入学している。しかもクラスは同じA組だ。彼女も貴族だからね。
ただ、クラス内での彼女の立場はかなり悪い。そもそも男爵家の令嬢自体が、貴族ばかりが揃っているA組では公爵家や伯爵家の人間のパシリみたいなもんだし、何より彼女は金に困って爵位をゴルド商会に売った、などと悪い噂が流れているゴールドバーグ家の人間だ。
おまけに婚約者である俺自身が今は平民でありながら、父が学院に多額の寄付金を弾んだ影響もあり、特別にA組に配属されているという、貴族の子供達からしてみればふざけるな!と言いたくなるような実状、彼女に対する風当たりも、ホーク・ゴルド憎さに必然的に強まるわけで。
爵位や家名、伝統、家柄、歴史、血などにこだわりや誇りを持つ貴族達の中には、ゴールドバーグ家を貴族の恥さらし、面汚しなどと、かなり大っぴらに軽蔑を露にする連中もおり、そんな状況下で彼女が俺と一緒にA組に入学したら、一体何が起こるだろうか?そうだね、イジメだね。ほんとイジメが好きだなこのクラス。
「どうした?酷い有様だな」
「ゴルド様!」
入学当初、俺が真っ先にA組男子のイジメの槍玉に挙げられたのと同じように、サニーはA組女子のイジメの槍玉に挙げられたらしい。陰口、嘲笑、仲間ハズレ。直接的な攻撃はしないものの、ジワジワと相手の精神を追い詰めていく陰湿な女子特有の集団イジメの手口は、ハッキリ言って胸糞悪いものだ。これだから女は嫌いなんだ。
だが事はそれだけでは済まず、事態は更に悪化してしまった。というのも、俺が魔道具を使って男子連中からのイジメを回避するようになった影響で、俺という矛先を失った男子共の意識が彼女に流れてしまい、女子からのイジメから、クラス全体からのイジメへと悪意が増大してしまったのである。
そんなわけで彼女は今日も、ノートを破られたり、上履きを切り刻まれたりといった、陰湿極まりないイジメにさらされ、校舎裏でひとり泣いているのであった。さすがにそんな彼女を知らんぷりするのは良心が痛む。
「これがこの国の誇り高き貴族の子供達の実状とはね」
「誇り高きというよりは、埃まみれですわ」
「所詮、世の中そんなものですよ。おふたりのせいではありません」
俺は女が嫌いだが、男女関係なしに、イジメとかパワハラとかセクハラとかモラハラとか、そういうものはもっと嫌いだ。とはいえ、腐っても相手は貴族。かつて下町でスリの泥棒小娘にそうしたように、痛め付けた後に闇属性魔法で記憶を消しつつトラウマだけを刻み込んで、みたいな手は軽々しく使えない。
ならば、一番手っ取り早いのはサニーにも俺が着けているものと同じ効能の魔道具を渡し、彼女の存在感を路傍の石コロほど度の存在感にまで落として、誰からも相手にされなくなるがイジメられもしないという、空気にしてやることだ。そもそも彼女の性格的に、やり返すとか復讐とかは望まないだろうからな。
イジメを行っていた連中がなんら罰や報いを受けないという点は気がかりだったが、そこは何故かピクルス王子とローザ様が、サニーに会いに行く俺にくっ付いてきたことで解消した。暇なのだろうか、このふたり。まあ今回に限っては助かるから別にいいけど。
この国の第三王子とその婚約者である公爵令嬢に軽蔑され、人間性を疑われるというのはかなり大幅なマイナス要素である。少なくともイジメに腹を立てている正義感の強いこのふたりが、サニーにイジメを行っていた連中を今後優遇・厚遇することはまずないだろう。
つまりは第三王子夫妻を水面下で敵に回したという、面子や人脈が何より大切な貴族としてはかなりの致命傷を負うわけで。ま、自業自得だわな。ひょっとしたら、そういった連中とつるみたくなくて、王子やローザ様は俺のところに逃げてきているのかもしれないと思うと、ちょっと同情してしまいそうになる。
「ブランストン様、ゼロ様、申し訳ございません。このようなお見苦しい姿をお見せしてしまって……」
「君が謝ることじゃないよ、ゴールドバーグさん。真に恥じるべきは、加害者達の方さ」
「そうですわ。同じ貴族の娘として、彼女らの卑劣な行いを心底恥ずかしく思います」
「おふたりとも、申し訳ございません……ありがとう、ございます……」
ボロボロ泣き出してしまったサニーにハンカチを渡すローザ様。腹黒ブラコンヤンデレ妹キャラ呼ばわりしてしまっていたが、実際付き合ってみるとなかなかにいい子のようだ。
ちなみに以前俺に喧嘩を売ってきた赤髪の少年騎士グレイはここにはいない。あれからずっと避けられている。まあ下手に首を突っ込まれるよりはマシだし、仲よくなりたいとも思わないので別にいい。正義感の強そうな彼がこんな状況を見たら、余計に事態をややこしくしかねないからな。
「そんなわけで、お前にはこのブレスレット型の魔道具を貸してやる。これを着けている限りお前の存在感は消え失せ、誰からも相手にされなくなるがイジメられもしなくなるはずだ。イジメられるよりも無視される方が辛いというのなら、無理に着けずともよいが」
「うーん、このデリカシーのなさ」
「せめて指輪にするといった配慮ぐらいはすべきだと思いますわよ?可愛らしい婚約者さんに愛想を尽かされてしまったらどうなさいますの?」
「どうもこうも、愛想なんてとうに尽きているでしょうよ。俺は彼女に嫌われてますからね」
「え!?いえ!そのようなことは決して!」
慌てふためく彼女に、俺の腕時計と同じ効能を持つブレスレットを押し付けてやる。
「防水加工もしっかりしてるから、手洗いなどの際に着け外しする必要もない。盗まれたり、ともすれば因縁を付けられて取り上げられかねないだろうから、人前では外さない方がいいぞ」
「今のA組の惨状を見ていると、否定できないのが悲しいところだね」
「こうして集団イジメに加担した者達が、将来この国を担うのだと思うと、わたくし暗澹たる気持ちになって参りますわ。やはりお兄様のためにも、貴族達の粛せ……意識改革を急がないと」
「ありがとうございます、ホーク様!わたくし、嬉しいです!」
今度は嬉し泣きを始めてしまった彼女から視線を外す。この様子だと、妹のマリーにもこの手の魔道具を貸与してあげなければ、彼女もイジメの標的にされてしまうかもしれないな。婚約者にまでイジメを働くぐらい、俺の存在を疎ましく思っているような連中が、俺の妹を野放しにしておくとも思えない。
まあ、マリーの存在を疎ましく思っている父が、彼女のためにわざわざ学費を支払ってこの学院に入学させてやるかは疑問だが。いっそ入学させない方がいいような気もする。わざわざイジメられに来るのも辛かろう。あるいは政略結婚の道具として、さっさとゴルド商会にとって都合のよい縁談を纏められ、嫁がされてしまう可能性もある。
「ねえサニー様。わたくし達、お友達になりませんこと?」
「お、お友達にですか!?そんな、わたくしごときが畏れ多い!」
「わたくし、クラスメイトにイジメを働くような方々とは仲よくしたくありませんの。でも、クラスにお友達がひとりもいないというのは寂しいでしょう?ですから、ね?」
「……はい!ありがとうございます、ゼロ様!」
「ローザでよろしくってよ。その代わり、あなたのこともサニーさんと呼ばせて頂きますわ」
しかし本当に、ピクルス王子とローザ様はまともでよかったな。これで王族とか公爵家の人間までもがゴミだったりしたら、本格的にこの国の未来は真っ暗だったし。正直俺の存在感が消え、サニーまでクラスから存在感が消えたら、今度はまた別の、違う誰かを標的にしたクラス内イジメが始まりそうな気がしないでもないぐらいには、いいとこなしだからな現状。最悪あまりにも目に余るようならば、本格的に闇属性魔法の出番かもしれない。面白半分にイジメをするような奴らに、かける情けはないからな。