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第21話 公爵家御用達の商人となる無能子豚

そんな具合に、俺の学園生活は、それなりに順調に進んでいった。楽しみも喜びもない代わりにイジメもなく、ただ家と学院を往復するだけの単調だが、大きな波風も立たない平穏な日々は実に平和でよろしい。ただひとつ問題があるとすれば、王子様と公爵令嬢様が、何かある度絡んでくることだろうか。立場上蔑ろにもできないので、相手をするのは結構疲れる。いや、疲れているだけのうちはまだよかったのだ。


「ホーク様。あなた様を見込んで率直にお願い致しますわ。公爵家から追放されてしまったお兄様をお助けするために、どうかホーク様にも協力して頂きたいのです」


「そう仰られましても、公爵家の御家問題に対し、俺ごときに何ができるでしょう?」


「無論、なんの見返りもなく協力せよとは言いませんわ。わたくし、今まではそういった類いの品々にはあまり興味がなかったのですが、最近急に宝飾品や美術品などが欲しくなってしまいまして。ゴルド商会であれば、そういった類いの品物をご用立て頂けますでしょう?」


「なるほど、表沙汰にしたくない大金を動かすには格好の隠れ蓑というわけですか」


「そこまでご理解頂けているのであれば、話は早いですわ。どうかお願いします。今のわたくしには、味方があまりに少なすぎる。王族・貴族の息がかかっておらず、ある程度自由に動ける存在が、どうしても必要なのです」


「しかし、成功しようが失敗しようが、どちらにせよゴルド商会は貴族連中から睨まれることとなるでしょう。俺の一存で、父の会社に迷惑をかけるわけには」


「その時は第三王子の権力を駆使して、僕が君達を守ると約束する。ヴァニティ君は、僕の大切な友人だったからね。だから、僕からも頼む。彼を助けるのに協力してくれ。決して君だけに損はさせない」


「……いいでしょう。ビジネスのお時間です」


この国の王子様とその婚約者様にふたりがかりで頭を下げられてしまっては、さすがにノーとは言い辛い。身分ごとにクラス分けがなされているこの学院にはクラス替えという概念がなく、これからも三年間毎日顔を合わせ続ける相手だからな。その気まずさはかなりのものだろう。


「そんなわけで不本意ながら、王族並びに公爵家との繋がりを確保してきました」


「ホークちゅわーん?パパちょーっと大事なお話がしたいなーって」


「まあ、そういう反応になるよね。ちゃんと説明するから落ち着いてよパパ」


ローザ様の語った話を要約すると、魔法の使えない無適合者ということで貴族籍剥奪の上公爵家から追放された兄と、そんな兄を懸命に庇い立てしたせいで公爵の怒りを買い一緒に公爵家を追い出されてしまった母が共に平民に堕とされ、僅かばかりの手切れ金を元手に下町で暮らし始めたものの、金銭感覚が貴族で生活能力などこれっぽっちもないふたりはあっという間に生活苦となり困窮してしまっているので手助けしてやりたいのだが、父である公爵やその部下達が彼女の動向に目を光らせているため、直接自分の手で援助をするのは難しいらしい。


そこで白羽の矢が立てられたのが、ゴルド商会というわけだ。うちから安い宝飾品や美術品をぼったくり価格でローザ様が仕入れ、その売上の一部を俺経由で兄に横流ししてほしいそうだ。金貨の十数枚程度、公爵家の財力からすれば大した出費でもないからと。


金貨一枚一万円相当だから、確かに母子のふたり暮らしであれば、金貨十五枚もあれば十分な生活を送ることができるだろう。彼ら母子が住んでいるという下町の一軒家も、ふたりの動向を監視できるようにと公爵家が用意したものであるらしいので、家賃もないみたいだしな。


流れとしてはまず俺個人がヴァニティ君改め、名前すら剥奪されて平民のヴァン君となったローザ様の兄に接触し、偶然下町で出会って仲よくなった風を装いつつ彼らに事情を説明し、ローザ様からの手紙や金銭をこっそり手渡す。子供が考えたにしては、まあまあよく練られた計画と言える。


現状、俺とローザ様がそんな計画を任されるほど仲よくしていることを知っているのは、ローザ様とピクルス王子、そしてめでたくローザ様の友人となったサニーのみ。いつか突っかかってきた赤毛のガキはおふたりに口止めしてもらうとして、余程下手を打たなければ俺達の裏の繋がりが露呈することもないだろう。


それにしても、以前妹のマリーが我が家の金を貧しい赤の他人に恵んでやろうと言い出した時には彼女を叱責した俺が、たとえ演技とはいえ貧乏人のヴァン君を憐れんで金貨を恵んでやる、という名目で彼ら母子にローザ様から託された金貨を渡すという構図はなかなかに皮肉なものだと思わなくもない。


さて、それら一連の計画を行う上でどうしても無視できないのが、ゴルド商会の名を使って公爵家に出入りする、ということだ。息子の俺が勝手にやったことであって、父は何も知りませんでした、では筋が通らないので、父には事情を説明し、看板を使わせてもらう承諾を得なければならない。


「俺はいずれ男爵家に婿入りしますが、ゴルド商会の財力が後ろ盾にあるとはいえ、成り上がりの弱小貴族風情が社交界で歓迎されるとは到底思えません。公爵家・王家に多大な恩義を売っておくことは、将来的な利益に繋がるはずです」


「なるほど。確かに我がゴルド商会は、今まで教会に対しても貴族に対しても、一貫して中立を貫いてきた。ワシがひとりで商売をする分にはそれでも構わなかったが、ホークちゃんが男爵としてやっていくためには、そうも言ってはおれんか」


普段のおちゃらけた親バカ/バカ親っぷりが嘘のように、冷静に頭の中でソロバンを弾く父上。こういう顔もできるんだな。いや、商人なのだから当然なのだろうが。正直、かなり見直した。


「ふむ。リスクは大きかろうが、リスクのない投資など存在せん。いいだろう、許可する。ただし、ホークちゃんの身の安全が第一だ。少しでも危険を感じたら、手を引け。その時はパパが守ってやる。たとえ公爵家が相手だろうが王族が相手だろうが、ホークちゃんには指一本触れさせんぞ!」


「ありがとう父さん。ではローザ様に話を通しておきますので、近いうちに公爵家からの遣いの者が秘密裏に父さんにアポイントを求めて接触してくるかと」


無事に話し合いを終えることができたのでホっとしていると、不意にそれまで引き締まっていた父の顔がだらしなくデレーっと崩れた。おっと、どうした親父殿。


「しっかしまあ、ホークちゃんの立場では正直あの学院での人脈作りなんて難しいだろうなと思っていたのだが、まさか公爵家とのここまでぶっといパイプを持ってきてくれるだなんて、パパ驚きでちゅよお!!ホークちゃんもほんとに立派になったものでちゅねえ!!まだ小さいのに、さっすがワシの息子!!さすがホークちゃん、天才!!大天才!!ブーヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!!」


「ありがとうパパ!俺、最善を尽くすよ!」


それまでの、計算高い商人の顔はどこへやら。一転して破顔した父が椅子から立ち上がっていそいそと執務机の横を通り、執務机の前に立っていた俺を両手で抱き上げ、抱き締めながらクルクルと踊り出す。なんだこのハイテンションっぷりは。ミュージカル映画もかくやの浮かれっぷりだ。ここまで溺愛されていると、物凄く気恥ずかしいというかむず痒いというか。これも親孝行、これも親孝行……


「いいかいホークちゃん、聡明な君なら大丈夫だとは思うのだけれど、公爵家を侮ってはいけないよ。貴族というのは一族郎党そのものが何十個もの目玉や口を持つ、巨大な一個の怪物のような魔物めいた生き物だからね。末端の使用人、一見不仲な親戚、取引先、実は当主の愛人かもしれない女達。どこから噛み付かれるか分かったものではないから、油断は禁物だ」


「肝に銘じておきます。いざという時は、俺を切り捨ててください。俺が持ち込んだことで、父さんやゴルド商会に迷惑はかけられませんので」


「んもう!!パパがホークちゃんを見捨てられるわけないでしょー!!こーんな会社、別に潰れちゃってもぜーんぜん問題ないんだからね!!パパの宝物はいつだってホークちゃんただひとりさ!!裏口座や隠し財産だっていくらでも用意してあるんだから、いざって時には国外に逃亡してもいいわけだし!!ホークちゃんは自分のやりたいように、自由に生きてもらっていいんだよ!!」


「……ありがとう、パパ」


なんともまあ、ありがたい話じゃないか。外見こそかなりアレだが、この人は本当に息子を愛しているんだろうなあ、という深い愛情が、言動から伝わってくる。たとえ方向性が間違っておりやや過剰すぎるほどの危険な代物であるとはいえ、根底にあるのは間違いなく父親として我が子を愛するまっすぐな気持ちだ。ここまで言ってくれる父親なんて、そうはいないだろう。ほっぺにチュッチュされてしまうのはちょっとキツいが、それぐらいは受け入れてあげてもいいと思えるほどの、深くて大きな父の愛情。


ふと、前世の両親のことを思い出した。この人ほど過剰ではないが、普通に俺を育て、常識的な範疇で俺を愛してくれた両親。そんな両親に恩返しもできないまま、呆気なく交通事故で死んでしまった親不孝な俺。ふたりとも元気でやってるだろうか。いつまでも落ち込んではいないだろうか。早いとこ立ち直ってくれればいいのだが、さすがに高校一年生の息子が事故死しちゃったわけだからなあ。


「ん~!!ホークちゃん偉い!!凄い!!さすがはワシの息子!!やっぱりホークちゃんが一番!!」


「パパ、苦しい」


「おっとゴメンゴメン!つい思い余って力が!痛くなかったかい?」


「まあ、これぐらいなら大丈夫だよ」


前世ではあまり親孝行できないまま死んでしまった分、現世ではちゃんと親孝行しないとな、と思いつつも、俺はこの人に何を返せるだろう、と思い悩んでしまう。そして、ふと気付いた。この人は見返りが欲しくて息子を愛しているわけではなく、ただ愛しているから愛しているのだ、ということに。

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