表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

191/467

第177話 宙の彼方より来たりしは

意外に思われるかもしれないが、俺は花が好きだ。前世の頃から結構好きだった。下を向いて俯いてばかりいた子供の頃の俺の視界にも、花は入ってきた。路傍に咲くタンポポの黄色。通学路にあった家の庭の薔薇の赤。校舎の前に植えられたチューリップ。散った桜の花弁が作ったピンクの絨毯。オオイヌノフグリという面白い名前の小さな花の青紫。


小学生から中学生になって、高校生になって。スマホばかり弄りながら下を向いて歩く俺の目にも、植物はチラチラと映っていた。雨の降る通学路。どこかの家の庭からはみ出したアジサイの水色や紫。風流なんて概念とは程遠い人間だった俺にさえも、季節の移り変わりを静かに伝えてくれていた花々。俺にとって花とは、そんな好ましい存在だった。


まあ、見るのが好きだったので、育てることはしなかったんですけどね。学校から持ち帰った朝顔の鉢植えとか、夏休みの宿題の観察日記だけ済ませたら速攻でその存在を忘れて、母親が文句を言いながら水やりをやっていた覚えがある。苦手なんだよ、コツコツと毎日植物の水やりとかを続けるの。理科の授業でやったプチトマトの鉢植えとかも同じだったし。


世の中にはそういう運命というものが存在する。誰に顧みられることも惜しまれることもなくひっそりと枯れていく鉢植え。そもそも、芽吹くことさえなく根腐れしてしまった球根。せっかく咲いたのに、どこかの誰かにブチっとむしられてしまう可哀想な植物。人間も同じだ。片や誰かの特別になった一輪となり、片や誰にも顧みられることなく枯れて萎れた一輪となったりする。


哀れだと憐れむだろうか。惨めだとせせら笑うだろうか。いや、いや。本質的なところは、何も変わらない。花はただそこにあり、咲いているだけ。そこに特別な意味や意義を見出し、素敵だ可哀想だと勝手に外部から一喜一憂しているのは人間のエゴでしかない。己の生き様を人間からどう思われようが、花にとっては知ったこっちゃないのだから。


そんなわけで、俺は花が結構好きだ。他人に言ったら『男のくせに女々しい』とか言われそうなので誰にも打ち明けることはなかったが。


前世ではそんな風に、下ばかり向いて歩いていた俺は今、空を見上げている。夜空、いや、暗黒の宇宙を。


「マスター、当機は間もなく成層圏を突破し宇宙空間へと突入致します。振動抑制システムにより操縦席の快適性は保証されておりますが、緊張、興奮、感動などによる心拍数の乱れ、過呼吸、舌を噛むなどの不慮の事故にご注意ください」


「了解……って、その呼び方何??」


「気分でございます」


「オーケー、そういうの嫌いじゃないよ相棒」


「人類滅亡を目前に控えながらもその余裕、さすがでございますな」


「緊張しすぎて逆に何も感じなくなってきたんだよね。なんか、ほんと他人事のようというか、非現実的というか」


だってほら、ナーロッパ系異世界で、ほんとに宇宙戦争やるハメになるとは思わないじゃん??


「フッハハハハハ!!こちらブラボー!!どうした我が若獅子よ!!この高揚感!!この興奮!!新人類種として初の宇宙戦争の先陣を切るその栄誉に与る者としての喜びを存分に噛み締めようではないか!!」


「こちら本艦。落ち着けイグニス。そう浮かれていては手元が狂うぞ」


「こちらシェリーβ。狂った手元は当機が補正致しますのでご安心を」


通信機越しに各々の好き勝手な言葉が飛び交う。現在俺達はハインツ師匠が搭乗している小型宇宙戦ヴィクトゥルーユ号を中心に、小型戦闘機『アティックウォーカー』に搭乗した俺とイグニス陛下が左右を固める布陣で無事に地球を飛び立ちワープを実行して、およそ普通に飛び続けていたら三ケ月はかかるであろう距離を一足跳びにショートカットしたところだ。


元が大型トラックよりも少し大きいぐらいのサイズしかなかったヴィクトゥルーユ号の格納庫に二台格納されていた小型戦闘機は当初冷蔵庫ぐらいの大きさの長方形でしかなかったのだが、操縦者が触れるとガシャコンガシャコンと急速変形しフォークリフトぐらいの大きさの、ひとり乗りの戦闘機になるという近未来的な超古代文明の遺産である。未来なのか過去なのか判んねえな??


「うむ!!我らが敵が見えてきたぞ!!あれを撃破すればよいのだな!!よかろう!!我らが星にたった一匹で侵略戦争を挑みかかるその心意気やよし!!だが我が目の紅いうちは容易に滅亡などさせぬぞ!!」


「陛下!!先走らないでくださいってば!!」


「案ずるなホークよ!!我が戦は常に大胆不敵に先手必勝!!まずは歓迎のウェルカムドリンクを食らうがいい!!」


速度を上げて急速先行するアティックウォーカー2号機、通称ブラボー。その銃口から火を噴くレーザー光線が、青白く燃え盛る巨大な炎と岩の塊に突き刺さる。そう、現在俺たちの住む星に向けて絶賛飛来中である青白く燃え盛る巨大隕石。これが地球に激突した場合、その被害は見当もつかない程莫大なものとなってしまうだろう。


だが、この隕石の本質はそこではない。


「マスター!!来ます!!」


「緊急回避ィ!!」


隕石の表面から射出され、猛スピードで俺たちに向かって飛来する巨大火球。明確な意思をもってこちらを攻撃していることが一目瞭然なそれが機体に直撃する前に、俺も操縦桿を握り締め、シェリーαの補助を受けながら機体を半回転させてそれを避ける。


だが流星群というか、シューティングゲームの弾幕のような凄まじい密度で次々と連打されてくる凄まじい敵の攻撃を、心臓をバックバク言わせながら回避しつつ宇宙を翔る。敵、そう、敵なのだ。俺たちが対峙している『コレ』は。


「ホーク!!無事か!!」


「まだ無事ですよ!!でもこれが続くようならきついかもしれません!!」


「ええい弱音を吐くでないわ!!せめてこんがり美味しいチャーシューになってしまうかもしれませんぐらいのユーモアを発揮せい!!」


「この状況で無茶言わんといてくださいよ!?」


通信機から飛び込んでくる師匠の心配げな声と、目の前から迫りくる火球を必死になって避けまくっている俺とは対照的に、背後から襲いくる火球を避けつつ反撃のレーザー光線を隕石に叩き込みまくるイグニス陛下。ほんとにすげえな、この人は。


俺なんか身体強化の魔法を使ってようやく目や手が操縦に追いつくレベルだってのに、あの人の機体は身体強化の魔法を駆使してどんどん動きが洗練されていっている。俺が120の力で100を成しているならば、イグニス様は100の力で100,150、200とどんどん進化していってる感じ。


あの人のすごいところはそこだと思う。宇宙船だの宇宙戦争だの、小型戦闘機だの超古代文明の遺した超科学の遺産だのと、普通の人間なら頭がパンクしちゃって絶句するしかない状況でも、目の前にあるものを『そういうもの』として受け入れ、なおかつ『それを使って何が出来るのか』を考え、実行し、順応するその適応力。時代時代の節目に活躍した英雄の器というのは、まさにこういう人のことを言うんだろうなーとしみじみ実感しながら、俺も負けてはいられないなと操縦桿を握り締める。


「何か来るぞ!!」


そんな俺たちの目の前で、青白く燃え続ける隕石だったものの表面がブヨンと波打ち、ゆっくりとその翼を開いていく。


「おお!!」


「なんという!!」


「ひえー……」


「目標確認。災害級宇宙魔獣『スタードリンカー』。その幼体と認定。速やかな核の破壊を推奨します」


「言われずとも!!」


もはや巨岩としての硬さは跡形もなく、全身が粘液のようにドロドロとして、スライムのように実体のない、ブヨブヨドロドロの青白い炎の塊が、まるでコウモリのような翼を広げ、そのノッペリとした顔のような塊をノッソリともたげる。


宇宙魔獣、スタードリンカー。古代人類がかつて宇宙で遭遇したという魔物の一種だ。その名の通り、隕石となって宇宙を移動しながら目ぼしい惑星や衛星に衝突し、その星の核まで深く潜り込み、内側からその星の持つエネルギーを全て飲み干して成長する、基本的には無害な宇宙生物である。そう、無害なのだこいつは。


積極的に戦闘を吹っ掛けるとか、悪意をもって敵を撃ち滅ぼすとかそういった意図はなく、ライオンが目ぼしい草食動物を狩って食らうように、星という食料を数百年かけて平らげ、また次の星を目指して隕石となって飛んでいくだけの、そういう生き方をしている生物というだけ……と古代人たちが残してくれたデータベースにあったデータを参照しながら出撃前にシェリーが解説してくれた。


大問題なのは、今回餌として見定めているのが地球であるということ。宇宙に散らばる途方もない数の星の中から、よりにもよって地球を食べようとしているという文字通りの天文学的な数値で発生してしまった不運不幸をなんとかするために、俺たちはこいつを撃退するなり、討伐するなりしなければならない。


「出すぎるなよイグニス!!そなたらの役割はあくまで牽制!!本命はこちらの主砲を敵の核に叩き込んでやることなのだからな!!」


「だが、このまま倒してしまえるようならばここで俺が仕留めてしまっても構わんのだろう?フハハハハ!!ハローハロー!!宇宙の果てからはるばると、招待状も持たずにようこそお客人!!初めまして!!そして、サヨナラだ!!」


アティックウォーカー1号機ことアルファ、そして2号機ブラボーにて操縦者の補助を行うサブ管理AI、現在本艦で自動操縦を担っているシェリーからコピーされたシェリーαとシェリーβが補助をしてくれているお陰で、宇宙船なんか全く操縦したこともない俺や陛下でも操縦桿とそこに付いたボタンを弄くるだけの簡単操作で簡単に操縦することが出来る。


既にテスト飛行と宇宙空間での実践操作により生まれて初めて乗った小型戦闘機でスイスイ巨大隕石の周りを鮮やかに飛行しながら猛烈な攻撃を叩き込んでいく陛下。今日も絶好調ですねあなたは。


ちなみになんでこのふたりが一緒に来ているのかというと、宇宙を観測するというタスクもまた日常業務に含まれているというシェリーから宇宙魔獣飛来予報のエマージェンシーを受け取った俺が慌てて師匠に相談しに行ったところ、『何やら嫌な気配が空の彼方から近付いておる』と本能的にスタードリンカーの存在を察していた師匠が協力してくれることになり、ふたりでなんとかしようということになった。


さすがにまだ宇宙戦争どころか宇宙船の概念すらないこの世界の住人に、空から邪竜の十倍以上もの体積を持つとんでもねえ大きさの魔物が降ってきますよーと説明したところで理解してはもらえないだろうし、なまじ本気で信じられたら逆に世界中が大パニックになってしまうであろうこと請け合いだからだ。


なので師匠とふたりだけで宇宙に出発しようとしていたところへ、『話は聞かせてもらった!!』とイグニス陛下、華麗に登場。弟子になったのだから好きにしてよいと師匠に言われたので師匠の住まう神殿の宝物庫を物色していたところに俺が血相を変えてやってきたものだから、適当によさげな宝物をチェックしつつ俺たちの会話を聞いていたらしい。


『世界の危機にたったふたりでコッソリ立ち向かおうなどとは水臭いではないか!!それにだ我が若獅子よ!!何ゆえそのように面白そうなことを俺に内緒にしていたのだ!!宇宙を翔る船だと??これは乗らねば一生の悔いと禍根を残すこと間違いなしよ!!よいのかホーク!!俺は恨むぞ!!大人げなく恨みまくってヘソを曲げるぞ!!』


などと駄々を捏ねられてしまったので、やむを得まい。この人はやると言ったら本気でやる人だからなあ。そんなことになってしまったらめんどくさいことこの上ないので、宇宙や古代人絡みのオーパーツテクノロジーを現代人同士の戦争に持ち込まないと約束してもらった上で、全てを暴露させられてしまったというわけだ。


「マスター!!ヴィクトゥルーユ号主砲に高エネルギー反応!!」


「本艦よりアティックウォーカー、アルファ・ブラボーに通達。速やかなる射線上からの離脱を厳命。管理補助AIシェリーの権限においてα、βへ命令の即時実行を厳命」


「「ラジャ―」」


「ぬお!?」


「っ!!」


機体が俺と陛下の制御を離れ、自動操縦で押し寄せる弾幕をかわしながらヴィクトゥルーユ号へと帰還すべく、いやそれよりも先に、主砲に巻き込まれないようスタードリンカーの付近から急速離脱していく。


「主砲充填完了。発射準備よし。マスター、行けます!!」


「よし!!撃てェ!!」


ジェットコースターの何倍ものスピードで目まぐるしく飛行する小型戦闘機の中で洗濯機の中の洗濯物のように激しくブン回される……こともなく、どれだけ機体がグルングルンと超高速機動しながら変態的軌道を描いていても常に操縦席の天地角度は一定を保つという驚異の超古代技術のお陰でタクシーに乗っているような快適さで状況を把握することが出来た俺の発射命令をシェリーが受諾。


直後ヴィクトゥルーユ号の主砲から放たれた一筋のごんぶとレーザー光線が二台のアティックウォーカー号に内蔵された増幅装置に共鳴して更にその出力を上げながら宇宙魔獣スタードリンカーの体の四割ほどを貫き、凄まじい一撃に見舞われたスタードリンカーはまるで悲鳴を上げるかのように全身をのたうち回らせながら、そのドロドロプルンプルンの体を表面を激しく波打たせながら仰け反らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「萌え豚転生 ~悪徳商人だけど勇者を差し置いて異世界無双してみた~」
書籍版第1巻好評発売中!
★書籍版には桧野ひなこ先生による美麗な多数の書き下ろしイラストの他、限定書き下ろしエピソード『女嫌い、風邪を引く』を掲載しております!
転生前年齢の上がったホークのもうひとつの女嫌いの物語を是非お楽しみください!★

書影
書籍版の公式ページはこちら


ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ