第176話 黄金竜の眼に銀河
第9回ネット小説大賞中間受賞、並びにツギクルブックス様からの書籍化が決定致しました。
いつも応援してくださっている皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。
「……美しいな」
「ええ、何度見ても素晴らしい光景です」
竜人形態になった師匠をヴィクトゥルーユ号のデッキに招待し、俺達は衛星軌道に沿ってゆったりと宇宙を翔る。腕組みしながら仁王立ちする師匠は眼下に広がる惑星の雄大さに偉く感激しているようだ。
「竜神、などと名乗ろうとも、所詮はこの星に生きる一個の生命体に過ぎぬことを思い知らせてくれる。おお、世界とは、宇宙とは、なんと神秘に満ちておるのか!」
「師匠がこの宇宙や世界を作り上げたわけじゃないんですね」
「うむ。余もまた、この星に産まれ育ったひとつの命に過ぎぬ。ただ、他者よりも強大な力を持ったが故に、神と崇められたに過ぎぬのだ。それこそ、女神とは存在の格が違ったのであろうよ」
悔しがるような響きもなく、純粋に宇宙やこの星……仮称・地球の広大さに感動している師匠の黄金の瞳に、キラキラと星の瞬きや地球の青さが映る。
「宇宙にはこの星のような星がいくつもあり、そして人のような、竜のような生命もまた、どこかで繁殖しているのであろうか」
「恐らくは、きっと」
「しかし、永い永い漂流の旅路の果てに、古代人達はついに移住先の惑星も、人類種に匹敵する知的生命体も発見すること能いませんでした。砂漠に落とした砂粒ひとつと、海に落とした水滴ひとつが偶然にも混じり合うようなあり得ざる奇跡の上で、この星やそこに生きる生命体は生まれ、繁殖し、日々の営みを続けているのでございますな」
「まさしく奇跡、であるな」
今を生きている奇跡に感動している師匠と、その右隣に立つ老執事のホログラム映像。そして師匠の左隣でぼんやりと地球を見下ろす俺。
「間もなく当機は目的地上空に到着致します。お降りになられますか?」
「ああ、そうだな」
「お願いシェリー」
「かしこまりました」
ヴィクトゥルーユ号の転送機能により、一瞬で地上に転移させられた俺達は、気付けば樹齢が千年を超えていそうな程に雄大な藤の樹を中心に、樹齢何百年クラスの荘厳な藤の花々が満開に咲き誇る、藤色に染まった山間に立っていた。
「綺麗ですねー」
「うむ、見事な藤であろう?宇宙からは見えなんだが、こうして地上に降り立ってみれば、その美しさに胸を打たれる。なんとも奇跡的な美しさではないか、なあ?この世界は、なんとなんと美しきものに満ち満ちているのか。余は改めて感動しておる」
数多に枝垂れた花々が艶やかに開花する姿はまるで、空から紫の雨が降ってきているかのようだった。見渡す限り藤の木々が立ち並び、見上げれば鮮やかな花弁の藤色と若葉の緑、その隙間から覗く空の青さが日差しと共に風に揺らめく。花蜜のいい匂いに包まれ、風に散った花弁が作る紫の絨毯を踏み締めながら、俺たちはしばしその美しさに見惚れた。
何億年もの間続いている雄大な地球の美しさも、今この瞬間ここでしか見られない刹那的な藤の花の美しさも、どちらも等しく大自然が生んだ神秘であり、今こうして竜たる師匠と人たる俺が並んでそれを見物していられることさえも、途方もない奇跡の産物であることを、しみじみ実感させられるな。
「そろそろお昼にしましょうか」
「うむ、それがよかろう」
藤の花弁の絨毯の上にシートを広げ、バスケットの中のランチボックスを取り出す。具沢山のサンドイッチにクロワッサンサンド、塩気たっぷりの蒸かしジャガイモに竜田揚げ。新鮮なプチトマトの赤と山盛りの茹でたブロッコリーの緑と黄緑が更に彩りを添える。
「こういうところで食べると美味しさもひとしおですねー!」
「全くだ。そしてこの美しさ、美味さを分かち合う友が傍らにおるならば猶更であるな!」
デブで大食らいの俺と、人外の巨躯を持つ師匠に合わせて市販のものより一回り二回り大きなサイズに仕上げてもらったお弁当を頬張りながら、俺達は素敵な休日と呼ぶに相応しい野外ランチを優雅に楽しむ。穏やかな笑みと共に天を仰ぐ師匠の金色の鱗に藤の淡い紫が反射して、キラキラ煌めいて綺麗だな。
空は快晴、藤の花は満開。美味しいお弁当を食べ終え、魔法瓶の効果を持つ水筒から温かな麦茶を注ぎ、それを飲みながらゆったりと一息。なんとものどかで平穏な休日じゃあありませんか。
「ホークよ、そなたは花の命を儚いと思うか?」
「まあ、そうですね。見頃は短く、数週間もすればすぐに散ってしまうわけですから」
「人も、同じなのだ。何万年と生きる我ら竜からすれば、そなたら人はおおよそ八十年にも満たぬ僅かな時を生きることしか出来ぬ儚き命。だが儚き短命の中で、一生涯我が記憶に残る程の鮮烈な輝きをもたらした者達もまた、確かに存在する」
嗚呼、惜しい、と胡坐を掻いた師匠の黄金の目が、じっと俺を見つめる。
「余が記憶するに値した人間達の中でも、そなた程面白き者に出会ったのは初めてよ。それ故に、惜しい。そなたがあと五十年もすれば老いて死んでしまうことが、余には惜しくて堪らぬ。そなたという友を、弟子を喪った時、果たして余はどれほどの嘆きに包まれるであろうな」
悠久の時を生きてきた師匠の目はどこまでも優しく、そして物悲しい。長寿の生物というものの孤独を、俺達人間は本質的には理解していない。前世でまだ幼稚園児ぐらいだった頃、お祭りの縁日で掬った金魚が三日と経たず死んでしまって、泣きながら母と共に埋めた思い出がふと蘇る。
師匠からしてすれば人間の一生などまさしく金魚の一生、花の一生と左程差はないのだろう。師匠はきっと、俺が死んだら泣いてくれるだろう。だけどそれは嬉しくあると同時に、師匠の心に新たな傷痕を刻んでしまうことでもある。
いずれ来たる別れに傷付くぐらいならばいっそ、誰に係わることもなく独りで生きていけた方がいいのだろうか。人と竜は交わるべきではなかったのだろうか。いいや、それは違う。違うのだ。
「それでも俺は、師匠に出会えてよかったと思います。そう言ってもらえるぐらい仲よくなれたことを、嬉しく思いますよ。仲よくならずにいたよりもずっと、ずっと」
「ああ、そうだな。その通りだ」
こんなにも切ない気持ちになるぐらいならば、いっそ出会わなければよかったと思われるような辛さよりも、ああ、いい出会いだった、と思い出を胸に生きていってもらえるような喜びを与える存在。師匠にとっての俺が、そんな存在になれたらいいな、と思った矢先にそれは起きた。
「っと!」
「ホーク!?」
どこからともなく飛来した矢が、俺の首筋に突き刺さりそうになるも、魔法による防御障壁が自動発動してくれたお陰で弾いてくれる。全く魔法刻印様々だぜ。こうやって意識の外から加えられた攻撃でも自動的に弾いてくれるのだから、なんとも便利。こうやって油断している時にいきなりグサリ、みたいな悲劇を回避してくれるのだから本当に助かるよ。
「貴様ら!!何者だ!!」
師匠が急ぎ抱き寄せた俺を片腕に抱きながら立ち上がる。翼を広げ、殺気全開。ゴウ!と凄まじい羽ばたきによる風と師匠の濃密な魔力が渦巻き、藤の花弁が吹雪のように盛大に舞い上がる。並みの人間ならば浴びただけで失神どころか心停止してしまいそうな凄まじい殺気と威圧感。それにあてられたのか、俺に矢を射った犯人が緊張に強張った顔で姿を現した。
「貴様らこそ何者だ。ここは神聖なる我らが聖域。部外者が無断で立ち入ってよい場所ではない」
現れたのはエルフだった。ローブを着込んだ魔法使いの方ではなく、軽装に身を包んだシーフとかレインジャーとかハンターな感じの方のイメージのエルフだ。イケメンな兄と美しい妹だろうか。それともカップルか夫婦か何かだろうか。ふたり揃ってこちらに弓を向けてはいるが、怒りを露にしている男の方はともかく女の方は師匠の殺気と溢れ出る膨大な魔力にあてられややたじろいでいる模様。
「そうとは知らず大変失礼致しました。我々は旅の者です。即刻出てゆきますので、どうぞお目溢しを」
「囀るな人間風情。竜人はともかく貴様には罰を与えねばならぬ。人間は強欲で、不躾で、傲慢な下等生物だ。この聖域の美しさを外部に漏らし、金儲けのために踏み荒らさんとも限らぬからな」
「あっ!」
「高慢なのはどちらだ!!エルフ風情が!!」
「兄様!?」
おっと、兄妹だったか。なんとか無用なトラブルを避けんと旅人を装って取りなそうとした俺が止める間もなく、憤激の黄金ブレスがイケメンエルフ兄に直撃し、黄金像に変えられてしまった直後に更なる追撃の炎を吐こうとしたので慌てて師匠の口を両手で押しとどめる。炎のブレス弾なんか直撃させたらドロドロに溶けて跡形もなくなっちゃうからね黄金像。
「何故止めるホーク!!あやつはそなたを殺しかけ、それでもなお穏便に済ませてやろうとしてやったそなたを更に愚弄したのだぞ!!」
「まあまあ、まあまあ師匠!!俺のために怒ってくださるお気持ちはとてもありがたいのですが、他人の管理区域に無断で不法侵入したのは俺達の方ですから、ここは穏便に、ね?ね??」
「よくも兄様を!絶対に赦しませんわこの金色トカゲ風情が!!ふたり揃って首を切り落と」
「あっ!!」
トカゲ呼ばわりされた挙げ句に首を落とす宣言されて、今度こそキレた師匠がその邪眼の一睨みだけで妹の美少女エルフの方も黄金像化させる。いや、黄金像に変えてしまうだけではなく、なんと内側からビシビシと亀裂が入り、バラバラに砕けてしまったではないか。うわあグロい!!ていうか怖ェよ!?
その死に様にちょっと引いてしまっている俺に構わずさらに跳躍すると、その尻尾を鞭のようにしならせ兄の方の黄金像も膝から下部分を残してそれより上は木っ端微塵に打ち砕いてしまった激おこモードの師匠。うーん、邪眼の黄金魔竜の名は伊達ではないな。あれ?黄金竜だったっけ?
「ホークよ、覚えておくがよい。慈悲深いのも事なかれ主義も結構なことだが、侮辱や愚弄を愛想笑いで受け流してばかりおると、それを見過ごせぬ者がこうしてそなたを上回る怒りを露にすることもあるのだ、とな」
「あっはい、覚えておきますです、はい」
そうなんだよなあ、日頃の気さくさや優しさについ忘れてしまいそうになるけれど、この人一応は神様と崇められていた何万年を生きる人智を超越した上位存在なんだよな。迂闊に機嫌を損ねてしまえば、人間やエルフのひとりふたり、四人五人ぐらい、サクっとプチっと羽虫感覚で叩き潰されてしまいかねない程の相手なんだってこと、失念しちゃいそうになるぞ。
証拠隠滅のためか、収まらない怒りが魔力となって漏れ出しているせいなのか、原形を残さないぐらいサラッサラの砂金になって崩れ落ちていくかつてエルフだった黄金を冷たい目で見下ろしていた師匠は、フンと鼻を鳴らし翼を広げる。そうか、俺が侮辱されたことを俺以上に怒ってくれる人達にとっては、俺がそれに怒らないことは結構ストレスになってしまうんだな。確かに自分を侮辱されるのはまだ我慢出来るけど、家族や恋人、友人を愚弄されたらブチ切れるって展開、古今東西割かし多いもんな。
「全く、無粋な連中のせいでせっかくのお出かけが台なしではないか。すまなかったなホーク、お詫びに帝都で美味い甘味でも馳走するとしようぞ」
「師匠、その前にバスケットバスケット!」
「おお、そうであったな!」
飛翔しようとした師匠に一旦下ろしてもらい、シートやランチボックスをいそいそと片付ける。大半が自業自得とはいえ物言わぬ砂金になってしまったエルフ兄妹には申し訳ないが、ここがエルフ達にとっての聖域であるというのならば、他にも続々とエルフ達がやってきて大騒ぎになってしまっては大変だもんな。ここを金山とする!!ってわけにはいかないもんよ。戦いにもならない一方的な蹂躙の余波で少しばかり散ってしまった藤の花に詫びながら、俺達は山間の藤林を後にする。
次からは個人の私有地だったり、何らかの部族の縄張りだったりしないかちゃんと事前に確認することにしようそうしよう。さもないとこういうトラブルを招いちゃうこともあるんだな。気を付けよう、うん。





