第154話 ヴィクトゥルーユ号
かくして、時は冒頭に追いつく。『お送りさせて頂きます』というSherryの好意によって、永い永い眠りから覚めた小型宇宙船ヴィクトゥルーユ号の内部に転送された俺たちは、すっかり日が暮れて夜になってしまった夜空をグングン急上昇していき、やがて成層圏を突破したというわけだ。
管理AIである彼が全てを賄ってくれているので、俺たちはただブリッジに立っているだけでいい。SFものにありがちな、外部がとてもよく見える大きなスクリーンが一面に広がるブリッジから眺めるこの惑星の姿は格別だった。
「これが、この星の姿か!なんと美しい!」
「本当ですねえ」
地球は青かった、というか、この星が地球なのかもわからないけれど、眼下に広がる惑星の海の青、大地の緑に、俺もローガン様も非常に見通しのよいブリッジ内に感嘆の声を響かせる。
黒い宇宙に浮かぶ青い惑星。それを肉眼で見下ろすことは、ハインツ師匠にだって難しいに違いない。俺たちは間違いなく、古代人以外では宇宙に進出した初めての現代人となったわけだ。
「世界とは、こんなにも広く、大きかったのだね。ああ、なんと偉大な」
感動に涙を滲ませているローガン様。俺もはっきり言って感動している。だって本物の宇宙に来たんだぜ?前世、平凡な高校生だった俺は宇宙になんか何の興味もなかったし、宇宙の映像なんてSF映画の予告でもドキュメンタリーでも動画サイトで検索すれば簡単に見られる。
だけど、やっぱりこうして肉眼で見る本物の宇宙から見た星の姿は雄大だ。人間がいかにちっぽけな存在なのかを教えてくれる。こんな美しい星をクリーン核で焼き払って戦争してた古代人、絶対アホだろ。なんて、偉そうに言えた義理じゃないのだけれど。
「アテンションプリーズ。アテンションプリーズ。当機は間もなくヴァスコーダガマ王国上空に到着致します。ご利用ありがとうございました」
ちなみにSherry改め人工老執事のシェリーは、俺が女神からもらったガラケーの中に住みつくことになった。パカっと開けばどっかのコンシェルジュみたいに、SDキャラになった2頭身のイケオジ執事さんが画面の向こうで24時間笑顔で出迎えて応対してくれるというナイスサービスだ。
スパコン何台使ってんだってぐらいのハイスペックなAIをたかがガラケー一台に移植できるわけねーだろと思うなかれ。なんと余裕でできてしまったのである。さすがは女神が直接寄越した神アイテム。2000テラバイトディスクならぬ4096ペタバイトにまで対応しているとかやばすぎだろう。
しかも早速自分が住みやすいようにガラケーのOSの拡張書き換えバージョンアップを始めてくれたせいで、今までのただ出前が呼び出せるだけのしょぼい電話端末から、いわゆるガラスマと呼ばれる一部スマホ的機能を内蔵したガラケーへと超進化を遂げてくれたのであった。
仕事のスケジュール管理からリマインダー機能、古代人たちがこよなく愛したという往年の音楽ファイルを流してもらったり、果てはお喋りにも付き合ってくれるスーパーハイスペック携帯執事がここに爆誕したのであった。ヴィクトゥルーユ号を電波コントロールで遠隔操作もできるらしい。完璧だ。
これで必要となった時に、世界中どこからでもスクランブルして駆けつけて来てくれて、超高速でどこへでも連れて行ってくれる便利な個人飛空艇をGETできたわけで。どんどんどんどんチート気味な面子が過剰戦力になっていくのが自分でも恐ろしくてしょうがないぞ。
RPGなんかじゃ中盤から終盤にかけてこういう移動手段を手に入れるのは確かに定番だけどさ、あれは主人公たちが世界を救うというために世界中を旅しているから必要になるのであって、俺みたいに特に世界を救う使命も与えられていなければこれに乗って戦う相手もいない暇人にこんなもん与えてどーすんだって話だけど、でもあれば便利は便利だし、何より見た目が格好いいんだよなこの船。
なんだかんだで俺も少年のソウルを持つ男なのだ。今時の若者は車になんて興味持たないゾというのが日本では風説だったが、車や電車の玩具が子供に売れているのも確かであり、そういった子供たちの中には成長してより車が好きになったり電車が好きになったりする子もいるので、一概に一括りにはできない。大人だって、ハリウッド映画でかっこいいカーチェイスを見たり、SF映画でかっこいい宇宙船を見ておースゲー!!ってなったりするだろ?
「ヘイシェリー!学園の正門前で下ろして!」
「かしこまりましたお坊ちゃま」
そんなわけで、とっぷりと日の暮れた王立学園の前にはるか上空にステルス状態で滞空しているヴィクトゥルーユ号から転移させてもらって、戻ってきた俺たちを待っていたもの。
それは当然、『ふたりしてどこ行ってやがったんだテメエら!!』という、至極ご尤もなきっつーいお説教だった。
「いい?ホークちゃん。いきなりいなくなったらパパやママがどれだけ心配するかわかるでしょ?それに、マリーだって一生懸命頑張っていたのにホークちゃんがいなくなってることに気づいて寂しそうにしていたし、バージルやオリーヴだって交代でホークちゃんのことを探しに行ったりしてくれてたんだからね?」
「はい、すみませんでした。次からはちゃんと連絡を入れるようにします。ほんと、ご迷惑とご心配をかけてしまってごめんなさい」
「兄上も、学園から連絡を受けた時は血相を変えましたよ。よろしいですか?確かにあなた様は国王ではござりませぬが、王兄殿下として御身はわたくしめにもしものことがあった時に王の代理をお務め頂かねばならぬ身。国中散々探し回ってくれた兵士たちになんと説明なさるおつもりなのです?ホーク殿と連れ込み宿にしっぽりしけこんでいたとでも?」
「すまない、私が軽率であった。次からはきちんと護衛を引き連れて行くことにするよ」
ローガン様がいなくなった!!ということで、血相を変えて半日国中を探していた兵士たちと、体育祭が終わってもまだトイレから戻ってこない!と兵士たちに報告したことで、『よもやおふたりの身に何かがあったのでは!!』と捜索活動に従事してくれていたという兵士たちに見つかるやいなやふたりして宮殿に連行され、みんなの前で正座させられてのお説教大会だ。
父上の次には、『まーた心配かけさせやがって覚悟しろよテメエ』みたいなこわーい目をしたバージルとオリーヴも控えているし、それが終わったら見つかってよかった!と抱きついてきそうなマリーと母も控えている。
ローガン様の方はさすがに立場の問題もあってか弟のジョッシュ国王陛下ひとりだけだが、その分みっちりとお叱りを受け続けており、既にふたりして脚が痺れてきているような状況だ。
「どうしてこうなった」
「すまない、まさかこんなことになるとは僕も思わなかったよ」
「いえ、ローガン様のせいではありませんよ。全てはクソッタレな魔女のせいでしょうからね」
「おふたりとも、叱られている最中にヒソヒソ話とは随分と楽しそうですね?」
「ホ・オ・ク・ちゃん?」
「ごめんなさい、なんでもないです。兵士の皆様にも多大なるご迷惑をおかけしてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。本当に、すみませんでした。僕たちが軽率でした」
「そうだね。皆に心配をかけてしまったこと、本当に申し訳なく思う。すまなかった」
だってしょうがないじゃないか。魔女の残り香を追って学園の地下に行ったら転移魔法陣を発見し、うっかり起動させてしまったせいではるか空の彼方に浮かぶ雲の上の浮遊島に行って超古代の宇宙船見つけてきちゃいましたー!!なんて大っぴらに説明できるわーけがない。
しかも今パパの顔を見て思い出したのだが、飛空艇を所持していると税金が課せられるんだよね。どうしよう、これって脱税になるのかしら。一応扱いとしては俺個人の所有物ではなく、呼べばすぐに来てくれるタクシーみたいなものだからセーフ??
セーフということにしておこう。じゃないと、あきらかにあのまともじゃないスタイリッシュな近未来デザインの宇宙船をお目にかけなければならなくなってしまうし、そしたら絶対あーでもないこーでもないと大騒ぎになるだろうからな。ああ、後で護衛のみんなにヴィクトゥルーユ号のことをちゃんと説明しなくちゃいけないと思うとちょっと気が重い。
ただでさえ、うちはみんな過保護気味なのだ。ちょっと目を離した隙にどっかにフラフラ消えられると護衛の意味がないとか、心配は要らないだろうけどそれでも心配だとか、人の上に立つ者として相応の振る舞いをせねばなりませぬとか、正論が四方から飛んでくる上にその通りすぎて反論の余地もない。おまけに散々叱られた後で、無事でよかった、などと頭を撫でられてしまったりするものだから、照れと罪悪感がとんでもないことになるのだ。
(ヘイシェリー!脚の痺れをなんとかして!)
(麻酔で脚の感覚を失くしますか?)
(え、何それ怖い。冗談のつもりだったんですけど??)
(ほほ、冗談にござりますとも。麻酔薬の備蓄は船内にございますが、今のご状態ではお受け取り頂ける余地もございませんでしょうし)
(畜生!その通りだよ!)
魔法でシェリーと念話を試みても駄目でした。
かくして俺たちはコッテリたっぷり絞られる羽目になり、次からは心配かけないようにきちんと分身魔法で影武者を残していくなりしよう、と痺れた脚に誓う俺なのであった。





