第152話 空に浮かぶジャンコク島
「ジャンコク島だ...」
「はい?」
「以前、歴史書で読んだことがある。何千年も昔に滅んだ超古代文明の忘れ形見。人間の目では視認できないほどの遥か上空に浮かび、雲のように世界中を流れる伝説の浮遊島だよ」
どっかのアニメ映画やゲームで結構見たことがあるような空に浮かぶ島。その中央には、黒塗りの古城がデーン!とそびえ立っている。
凄いな、実際に来てみると、眼下に広がる青空や流れていく雲なんかが凄く絶景だ。地上も見えないぐらいの高度なだけあってか酸素は薄いものの、呼吸はやや息苦しさを感じるかな?ぐらいのレベルでさほど問題はない。
「はー、すっごくいい眺めですね」
「そうだね。ああ、ホークくん。あまり崖際には近付かない方がいいよ。落ちてしまったら大変だからね
「確かに、吸い込まれちゃいそうな空ですね」
高所恐怖症の人間だったら間違いなく恐怖で何もできなくなってしまいそうなぐらいの絶景だ。というか切り立った島端には柵も手すりもないので、俺だって怖いわ。
「まさか伝説のジャンコク島に来ることができるだなんて、感動だよ。しかもまさかここへとつながる道が、学園の地下に隠されていただなんて。一体、あの学園にはどんな秘密が隠されていたのだろうね?帰ったら、本格的に詳しく調べてみないと」
「そっか、帰り道」
足元を見たところ広がっているのは草原ばかりで、生物が存在している様子もない。鳥もたどり着けないぐらいの高高度だからだろうか。土を掘り返せば虫ぐらいはいるかもしれないが、別に見たかないしなそんなもん。
それより大事なのは、帰還用の転移魔法陣がないということだ。
「まあ、帰るだけなら転移魔法でどうとでもなるでしょうし、軽く調べてみますか?」
「そうだね。あの古城は恐らく、アーム城だ。はるか空の彼方に浮かぶジャンコク島、そのジャンコク島を支配していたかつての古代人たちが住むとされているアーム城...一体、僕らを何が待ち受けているのだろう」
まるで冒険少年のように、好奇心に目を輝かせるローガン様。考古学がお好きだって言ってたもんな。そりゃこんな歴史的大発見をしてしまったらテンションも爆上がりだろう。とはいえ、油断は禁物。
それから、ひとつだけ言いたい。コクトーなのかユゴーなのかどっちやねん!と。
「随分とボロボロですね」
「おそらく、古代人たちももう生き残ってはいないのかもしれないね。見たところ、この島には木も生えていなければ動物もいない」
「そうとも限りませんよ。ヴァンパイアのように血液を主食にしているか、機械の体に魂を移し替えたことで食事が不要になった可能性もあります」
「機械の体?なるほど、古代人たちは何千年も前に飛空艇を完成させたような超高度に発達した技術の持ち主だった。そう考えると、そんな荒唐無稽な話があってもおかしくはないのか」
ローガン様いわく、今現在、世界中で使用されている飛空艇の基礎は古代神殿から発掘された飛空艇を元に、何百年もかけて今の人類が超古代の科学技術を解明しながら四苦八苦して再現した模造品であるという。
超古代文明のオーパーツ、ロストテクノロジー。あるいはオーバーテクノロジーか。そんなわけのわからないものを何百年もかけて解明し続けてきた飛空艇技師たちの情熱には頭が下がる思いだ。きっと彼らには情熱があり、浪漫があり、そして多大なる努力と苦労があったに違いない。
人間の好奇心、知恵を寄せ合い、協力し、時に争いながらも、常に今よりもよいものを、明日はもっと素晴らしいものを、と情熱を燃やし続け、そうして進歩してきた技術が人類を発展させてきた。俺たちが今、当たり前のように享受している便利で快適な生活の陰には常に、そういった技術者や科学者たちの熱いドラマがあったのかと思うと、思わず胸が熱くなるな。
長く巨大な階段を上り、俺たちはアーム城へと足を踏み入れる。近くで見ると、黒曜石のような鉱物というよりは、まるで自動車の車体みたいな質感だな。黒塗りのツルツル感が、なんともメタリックというか、非ファンタジー的というか。
「ホークくん!見てくれ!」
「なんでし...これは」
城の中央には、一隻の小型飛空艇が鎮座していた。大きさは大型トラックより少し大きいぐらいだろうか。空飛ぶ帆船、といったいかにもな外見をしている通常の飛空艇とは異なり、やけに流線型でスタイリッシュなデザインは、SF映画とかに出てくる小型宇宙船を思わせるような外見をしている。
「飛空艇?ですかね。珍しい見た目をしていますが」
「恐らくはそうだろうね。何故屋外ではなく屋内に停められているのかは謎だが、間違いなく超古代文明の遺産だろう。こんな形状の飛空艇は見たことがないぞ」
「触らないでくださいよ?また勝手に動き出したりしたら大変ですし」
「わかっているさ。さっきので懲りたよ」
とはいえ、散策してみた城内は他に他に目ぼしいものもなく、というか人間が生活していた痕跡というものがまるで感じられないのだ。廃墟になってから数万年、といった様子で、食糧庫もなければ武器庫も毛布の一枚さえない。本の一冊でもあればよかったのに。
人骨もなければ虫の一匹も飛んでおらず、なんだか寒々しい感じだ。古城というよりはまるで、この建物そのものが巨大なひとつの車庫か何かであるかのような、そんな生活感のなさ。およそ、住もうと思えば住めるのだろうが、俺はなるべく住みたくはないかな。
「結局、見つかったのはこの飛空艇だけか」
「そのようで」
とりあえずまた血が垂れて勝手に起動、なんて事故が起きないようすっかり忘れていたローガン様の傷を魔法で癒やすと、俺たちはどうしたものかとふたりでその飛空艇を見上げる。
「ヴァスコーダガマ王国で軍事利用でもします?」
「まさか。戦乱の世ならともかく、比較的平和な今の時代にこんなものを持ち込んでも無用な混乱を招くだけだよ」
「ですよねー。ローガン様がローガン様でよかったです。たぶん、イグニス様だったら嬉々として乗り込んでいたでしょうから」
「あり得るね。彼は本当に自由奔放なお人だから」
『フハハハハハ!!素晴らしい!!素晴らしいぞホーク!!世界中の誰もがまだ手にしたこともないような超技術を我がマーマイト帝国が独占できるとは!!急ぎ帝国技研に解明解析複製量産を急がせるとしよう!!』
なーんて、楽しそうにノリノリで浮かれる陛下の姿を想像して、ふたりで顔を見合わせて笑いあう。
「君は使いたいとは思わないのかい?きっと、すごい船だと思うよ」
「ご冗談を。ただでさえ今でも十分戦力過多気味なのに、今更こんなものに乗って何と戦おうってんです?戦闘機なんて、使わずに済むのが一番ですよ」
「それもそうだ。さあ、体育祭が終わってしまう前に帰ろうか。この島に魔女の痕跡が何も残っていないことがわかった以上、もうこの場所に用はないし」
「結局魔女は、あの地下で発見した魔法陣の秘密を解きたいがためにローガン様たち王族に近づいたのでしょうか?」
「そうかもしれないし、最初からヴァスコーダガマ王国を乗っ取るつもりで色々やっていた結果、偶然あの魔法陣に気づいただけかもしれない。いずれにせよ当人が既に死んでいる以上、真相はもう闇の中さ」
顎を覆う葡萄色の髭をさすりながら、ローガン様は目を細める。
「考古学を愛するものとしては、この古城をじっくり研究してみたい気持ちもあるが、それはまた今度、ちゃんと事前準備を整えてからゆっくりやることにするよ」
「それがよいかと」
「いえ、いいえ。ちっともよくありません、Sir。まさかのスルーにこのSherry、落涙を禁じ得ません。まあ、私は涙を流さないのですが」
「誰だ!」
咄嗟にローガン様が俺を背後に庇いながら、いきなり隣に立っていた異様に肌の白い白髪赤瞳の少女に対峙する。まるで人間味の感じられない雰囲気に、あきらかな合成音声っぽい電子音声。
「初めまして、私はSherry。汎用小型宇宙船、ヴィクトゥルーユ号に内蔵された管理AIプログラム。あなた方のご来訪を心より歓迎致します」
「エーアイ?」
「ちょっと待って!宇宙船?宇宙船って言った今!?」
「Yes,Sir.当機は星間航行用小型宇宙船、ヴィクトゥルーユ号でございます。AIとはあなた方の文明水準に合わせてお答えするならば、ゴーレムのように人為的に造り出された妖精のような存在とお考えください」
何がなんだかわからない、といった顔をしているローガン様の前に今度は俺が出る。
「管理AIってことはその姿ってアバター?ホログラムか何か?」
「Yes、お話が通じる方がいらして何よりでございます。当姿はヴィクトゥルーユに搭載されたホログラム照射装置により投影された姿。Sherryの外見モデル・音声パターン・その他疑似人格の切り替えをご所望であればそのようになさいますがいかがなさいますか?」
「じゃあ、男の人に変わってくれる?女の子相手だとどうにも落ちつかなくて」
「Yes,Sir.お望みのままに」
彼女が一礼すると、瞬時にその姿がいかにもセバスチャーン!!って感じの、執事服姿の老執事に変わった。
「このような姿でよろしいでしょうか?ご所望であれば若い執事の姿を取ることも可能ですが」
「いえ、そのままでいいです。若い美男美女はキラキラしていて目の毒なので」
「かしこまりました、お坊ちゃま。それでは不肖、このわたくしめが事情を説明させて頂きます」
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