表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/467

第14話 獣耳と尻尾だけの鼠獣人灰髪スリ少女

犬も歩けば棒に当たるというが、俺が棒に当たらないようにするのが護衛の山犬獣人、オリーヴの仕事だ。むしろ、目を瞑っていても棒に当たらないように導いてくれる、盲導犬のような役割を果たしているのではないかと思ってしまうぐらい、彼は結構過保護な性格だった。意外だ。


「これとこれと、それからこれも。あと、これも買おうかな」


「うへえ!坊ちゃん、まだ買うんですかい?そろそろ腕が痺れてきやしたぜ?」


「ごめんね、買い逃したら二度と手に入らないかもと思うと、つい」


今でこそ新聞や雑誌が発行されているものの、現代日本ほど印刷技術が幅広く普及している訳ではないこの世界では、それこそ機械印刷の本は初版で100部だけ刷られた後は絶版になってしまう、なんてことが珍しくもないほどの貴重品なのだ。まだ機械印刷のできなかった時代に記された貴重な古書などは未だに手書きで一冊一冊写本されていたりするし、インターネット通販なども当然存在していないため、目当ての本を探すのに、かなりの労力がかかってしまう。


だから、買える時に買っておきたい。そのための資金も、親父からたっぷり小遣いをもらっているので、値段を見ずに買う、という豪遊が出来てしまう。本当に、イーグル・ゴルド様々だよな。金持ちの家、万歳。ほんと、あの父親には頭が上がらないよ。


「問題ない。そのために俺達がいるのだから。お前も護衛ならば、軽々しく弱音を吐くなバージル」


「ほいほいっと。オリーヴは真面目だねえ」


この日、俺はオリーヴとバージルを連れて、城下町にある大きな書店に繰り出していた。俺は読書が結構好きだ。ゴルド邸にあった本、主に父が買い集めたビジネス書や自己啓発本といった類いのものから、難解な内容の専門書、それに棚の奥にひっそりと隠されていた、父さん秘蔵のエッチな本などは既に読み終えてしまい、こうして新たな本を求めて本屋に繰り出すのがこの世界での俺の趣味といってよい。


なので定期的に散財しに来る俺の名前と顔は、王都でも指折りの大書店であるこの店のお得意様リストに名を列ねることとなり、来店する度に店長がわざわざ挨拶に来る程の顔馴染みとなってしまった。


最初のうちこそ、本の価値も解らないような成金のバカ息子が、金に飽かせて稀覯本を買い漁るように見えていたであろう姿に反発や反感を抱かれていたようだが、俺がきちんと中身を読んで内容を理解して、何より読書を楽しんでいることを知られてからは、そういった差別や偏見の目で見られることもなくなり、慇懃無礼気味であった書店員達の接客も、丁寧なものへと変化した。


ちなみに今日は、俺の護衛3号であるクレソンは屋敷でお留守番である。あの筋肉達磨、縦にも横にも巨大すぎるせいで、本屋の通路をひとりで塞いでしまうからしょうがないね。そんなわけで、大量の本を抱えさせられたバージルは辟易しているようだ。さながら奥さんの買い物に嫌々付き合わされてウンザリしている、休日の旦那のような疲れた雰囲気を醸し出してしまっている。その気持ちは解らなくもないが、これも仕事の一環と思って諦めてくれ。すまんな。


「本ってのがこんなにも重てえもんだったなんて、あっしは初めて知りやしたぜ」


「はっはっは。それがいわゆる知識の重みって奴さ」


「ぐへえ!」


ちなみに山積みの本を両手で抱えさせられているバージルに対し、オリーヴは手ぶら。これは別段バージルイジメではなく、護衛がふたりとも両手が塞がっていては困るからだ。よって、戦闘能力の高いオリーヴの方をフリーにしている。


「これはこれはゴルド様!いつも大量のお買い上げありがとうございます!」


「うん。この店の品揃えは素晴らしいからね。ついつい興味をそそられた本を手に取ってしまって、気付いたら山のようになってしまっているから困りものだ」


「ははは!名高きゴルド商会の若旦那様にそう仰って頂けるとは、光栄でありますな!」


「悪名高き、の間違いだろう?」


「いえいえ、決してそのようなことは!ははは!」


いつものように大量の会計を済ましていると、俺のお帰りを察した店長が店の奥から現れわざわざ話しかけてくる。どこぞの名作劇場のようにフサフサとカールした口髭をはやした、いかにもなジェントルマン然とした細身の老人だ。たぶん、この国で一番書物を愛しているのではないか、と思う程の熱狂的な本好きであるらしく、彼と話をするのは俺としても楽しい。


「またのお越しを!」


魔導書、小説、参考書に、画集。興味の惹かれるまま大量に買った本を紙袋に詰めてもらい、店長以下書店員さん達一同に見送られて店を出た俺達が、店先から少し離れた場所に停めておいた馬車に荷物を積み込もうとしたところで、それは起こった。


「おっと、ごめんよ!」


ほんの数メートル程度の僅かな距離の中で、帽子を目深にかぶった子供が、いきなり俺にぶつかってこようとしてきて、それをオリーヴに弾き飛ばされたのだ。ナイスインターセプト。いい仕事してますね。オリーヴの蹴りを食らって弾き飛ばされた子供は、腹を抱えながら苦しげに呻いている。


「なんだ?スリか?」


「ええ。身なりのよい坊ちゃんを狙ってきたのでしょう」


「おいおい、下手な奴だな。もっと上手くやれよ」


「ぎゃっ!?」


慌てて立ち上がろうとしたスリの子供に鉄板の仕込まれた安全靴で足払いをかけ、転倒させるオリーヴ。バージルも紙袋を地面に置いて、俺を背に庇いながらの臨戦態勢だ。転んだ音からして凄く痛そうだが、相手が犯罪者であるならば同情の余地はない。


バージルの言う通り、手口が下手なんだよな。わざわざ店先との間に数メートル程度しか距離の空いていない馬車に乗り込もうとしている俺達にぶつかってくるとか、あきらかにおかしいだろ。それも、王都では悪名で知られたゴルド商会の馬車だぞ?社長である父イーグルの傲慢で、強欲で、傲岸不遜で、苛烈な性格故の悪評を知っていれば、まともな人間は馬車に近付こうとさえ思わないだろう。


それにしても、護衛をふたりも連れている俺にわざわざ狙いを定めるとか、この子はバカなのだろうか。考えなしに、とりあえず金持ちを狙ってみました、といった理由だとしたら、あまりにお粗末にすぎる。俺は軽犯罪にはあまり詳しくないのだが、少なくとも俺がスリをする側であったならば、こんないかにも厳重に護衛された子供を狙ったりはしないと思うのだが。


「クソ!放せ!放せよこの!」


見たところ十歳前後だろうか。転ばされ、おまけに足首をオリーヴの安全靴で踏み付けられているせいで、逃げるどころか立ち上がることすらままならず、涙目になりながら両手で必死に己の足を引き抜こうとしているスリの子供の帽子が外れ、その顔が露になる。


ん?こいつ、女か。おまけに獣人のようだ。灰色というか、いかにもなネズミ色の髪の毛をボーイッシュなショートヘアにしており、その頭からはどこぞの遊園地で売っているカチューシャのような、丸いネズミの耳がピョコンと突き出しており、長い長い尻尾も薄汚いズボンから垂れている。


なるほど、まんま下町のドブネズミ少女というわけだ。この手の創作物じゃスリとか情報屋を生業としていそうなイメージそのまんまに、今回俺から財布をスろうとして失敗したと。しかしそもそもが残念なことに、現世の俺は自分で財布を持たない主義である。必要な金の詰まった財布は全てオリーヴに管理を任せているため、今の俺は手ぶらなのだ。なので、俺からスれるものは今着ているYシャツのボタンぐらいしかない。残念だったな。


「窃盗未遂の現行犯逮捕か。警察にでも連れていくか?」


「それが無難だろうが、事情聴取や調書の作成に時間を取られるぞ?」


「それは面倒だな。せっかくのお出かけだってのに、警察で何時間も待たされるとか嫌すぎる。お役所仕事ってのは、どこの世界でも碌なもんじゃないからね」


「おいオリーヴ、そろそろ放してやんねえと、こいつの足、折れちまいそうになってんぞ?」


無駄な抵抗を続けているスリ少女の足首が、段々ちょっと変色し始めているのが痛々しい限りだ。


「犯罪者にかけてやる情けはない、と言いたいとこだけど、後々逆恨みされても面倒だしな。解放してやれオリーヴ」


「了解した」


「クソ!クソ!テメエらなんなんだよ!?」


「お前こそなんなんだよ?財布でもスろうとして、失敗して返り討ちに遭ったからって泣きながら逆ギレか?見苦しいことこの上ないな。わざわざ警察行くのも面倒だし、見逃してやるからさっさと失せろ。まったく、どいつもこいつもふざけんじゃねえぞ」


骨までは折っていないのだろうが、踏み付けられていたせいでうっすらと内出血を起こしているらしく、痛む足のせいで上手く立ち上がれないのだろう。涙目になりながらもヨタヨタと起き上がり、オリーヴと俺を交互に睨んでくる泥棒少女。赤や青やオレンジほどではないが、この世界では珍しい髪の毛の色といい、美少女であることといい、こいつもハイビスカスやあの奴隷市場で売られていたオレンジ髪の猫耳奴隷少女と同じく、この世界のヒロイン様か何かなんだろうか。


確かに下町に生きるスリor情報屋の少女とか、ありがちな設定だからな。前世の俺が知っているだけでも似たような造形のキャラクターは指折り数えられるぐらいにはありふれていたし。それにしてもハイビスカスといいこいつといい、金持ち嫌いな貧乏人連中は、金持ちは悪だから自分達が何をやってもそれは正義になるからいいとでも思っているのだろうか。世も末だな、本当に。


「帰ろうふたりとも。まったく、せっかくの楽しいお出かけが台なしだ」


「クソ!覚えてやがれ!いつか絶対、僕をこんな目に遭わせたこと後悔させてやるからな!」


ゴルド邸のお抱え馭者に馬車の扉を開けてもらい、馬車に乗り込もうとしたところで、足が止まる。俺は内出血を起こして変色している泥棒女の足をサッカーボールのように蹴飛ばして転倒させた。


「お前、今なんつった??」


「ひい!?な、何するんだよ!?女の子に暴力を振るう男は最低だぞ!?」


「黙れクソガキ。もうそれ以上、その臭い口を開くな」


何事かと周囲の通行人が視線を浴びせてくるが、馬車にデカデカと刻まれたゴルド家の家紋に気付き、慌てて目を逸らして去っていく。


「いかんな。これはいかん。窃盗未遂に逆恨み。こんな非常識極まりない傍迷惑な存在を野放しになってるとか、ほんとこの国の治安はどうなってるんだろうな?後悔させてやるだって?何様のつもりだ?女の子に暴力を振るう男が最低?財布を盗もうとする女よりはマシだろ?」


「坊ちゃん、いくらスラムのガキとはいえ、白昼堂々の殺しはまずいですぜ?殺すってんなら、どっか別の場所でやりやしょうや」


「大丈夫だよバージル、さすがに殺しはしない。ホークの名において命じる。闇よ、こいつの記憶を深い深い闇の底に沈めよ。俺らの顔も名前も、ここであった出来事も、全て思い出せないように。だが、味わった恐怖心だけはそのままに。安心しろ。殺しはしない。ただ忘れてもらうだけだ」


「あ、あああ、あああああ!?」


悲鳴を上げて気絶し、地べたに倒れ込んだスリ少女を見下ろしながら、俺は舌打ちする。闇属性魔法と一口に言っても、その用途は大分異なるといった話は以前ミント先生の授業を受けた際に感じたことだが、その辺りの判定というか分類は、結構ガバガバなのだ。たとえば俺が今やったことは、こいつが今日ここで俺達とトラブルを起こしたという記憶を消し、俺達の顔も名前も全て忘れさせた……だけではない。


次に目が覚めた時、こいつは俺達のことも、こうしてトラブったことも思い出せないだろう。何故自分が倒れているのかも、片足が痛むのかも理解できなくて混乱するに違いない。だが、心の奥底に刻み付けた恐怖心だけは、消さずにそのまま残しておいた。これからこいつはゴルド家の家紋や街のどこかで俺の顔や名前を見かける度に、得体の知れない言いようのない恐怖心に襲われ続けることとなるだろう。


要するに、記憶を消してトラウマだけを心に焼き付けたわけだ。こんなことが簡単にできてしまう魔法ってほんとに怖いネ!それを躊躇なく使ってしまった俺自身も。他人の記憶に干渉する。他人の人格を歪める。催眠をかけたり洗脳をかけたり。そんな非人道的なことが、いとも容易く行えてしまう闇属性魔法というものが、普通に野放しにされているこの世界は怖ろしい。


たった今こいつにそうしたように、いつ俺がそれをかけられる側になってしまうとも限らない。例えば『闇よ、こいつの心を闇の中から引きずり出せ』と言えば相手の記憶や考えていることを読み取ったり、相手のトラウマを強制的に思い出させたりといったことも出来るし、『闇よ、この者の言葉を覆う闇を引き剥がせ』と言えば相手は嘘を吐くことが出来なくなり、本当のことだけしか喋れないようにしてしまうこともできる。プライバシーもモラルもへったくれもないな、本当に。


またこれは『光よ、この者の心の闇を照らし出せ』『光よ、この者の嘘偽りを照らし出せ』と言えば光属性魔法でも同じようなことができてしまうなど、闇属性魔法にさえ気を付けていればよいという問題でもないのだ。実際この世界の警察や裁判所などでは、取り調べの際にそういった魔法を用いて罪人の心を容赦なく暴き立てるそうだ。魔法とは奥深く、それを使う人間次第によって、如何様にも悪用できてしまう。本当に怖ろしいのは魔法そのものよりも、それを扱う人間の方であるのかもしれないな。


「……帰ろうか、ふたりとも」


「そうですね、帰りましょう」


「帰ったらメイド長に頼んで、あったかい紅茶でも淹れてもらいやしょうや、ね?」


「そうだね。あったかい紅茶を飲みながら、買った本を読もう」


全く、なんでせっかくの楽しいお買い物に来て、こんな嫌な思いをしなきゃならないんだろう。わざと明るくなんでもなかったように振る舞ってくれるバージルの優しい気遣いが、今は無性にありがたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「萌え豚転生 ~悪徳商人だけど勇者を差し置いて異世界無双してみた~」
書籍版第1巻好評発売中!
★書籍版には桧野ひなこ先生による美麗な多数の書き下ろしイラストの他、限定書き下ろしエピソード『女嫌い、風邪を引く』を掲載しております!
転生前年齢の上がったホークのもうひとつの女嫌いの物語を是非お楽しみください!★

書影
書籍版の公式ページはこちら


ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ