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第12話 金髪妹が偽善者になりそうだったので

「妹に余計なことを吹き込むな、と俺は言ったはずだが?」


「余計なこと?あの子の優しさが余計なことだってのか!?」


「論点をすり替えるな。俺が言ってるのはお前の出しゃばりのことだ」


今にも詰め寄ってきそうな程に激昂したハイビスカスの腕を、クレソンが捻り上げて後ろ手に拘束する。まるっきり虎の威を借る豚状態だが、恥とは言うまい。護衛とはそのためにいるものなのだから。オリーヴも拳銃を構え、いつでも発砲出来るように備えている。相手はひとり、こちらはふたり。それを理解しているからか、あるいは俺に手を出せばクビになることが解っているからか、彼女は血が出そうなぐらい唇を噛み締めて耐えている。


今朝、朝一番に顔を合わせるなり、妹のマリーが唐突に、こんなことを言い出した。


『お兄様、この家には沢山のお金があります。それに比べて、この国には貧困や病気で苦しむ方々が大勢いらっしゃって、彼らはお金がないせいでご飯も食べられず、病気を治療することも出来ずに苦しんでいる。それっておかしくありませんか?なんだかとても可哀想です。この家には沢山お金があるのですから、少しぐらいその人達に、分けてあげてもよいのではありませんか?』


『おかしいのはお前の頭だ。来い』


バカかよ。孤児院や病院に寄付をするといったものではなく、彼女は本気でひとりひとりに金貨をプレゼントするつもりのようだ。ハイビスカスの可哀想なアタイ語りにでも触発されたのだろうか。同情するのは結構だが、だからといってこれは見過ごせない。


「何を思い上がって勘違いしたのかは知らんが、この家にある金は父さんが稼いだ金であって、お前の金じゃないんだ。父さんの金をお前が勝手に持ち出して使うことは泥棒と同じだ。貧乏人共に金貨を配ってやりたいと言うのなら、お前が自分で金を稼げるようになってから、お前が稼いだ金でやれ」


「……でも……」


俺は渋る妹を俺の部屋に連れてくると、机の前に座らせ、試しに写本作業をやらせてみることにした。毎朝自宅のポストに朝刊が投函される程度には印刷技術が発達しているこの国だが、まだ現代日本ほど印刷技術が世間一般に幅広く普及しているわけではないため、わざわざ本を一冊一冊手書きで書き写していくような仕事も現役で残っている。それこそまだ印刷技術が発達していなかった時代に記された貴重な古書などは、そうやって手書きで一冊一冊写本され複製されているわけだからな。


家の中で四歳の女児にも体験できる仕事、という点ではまさに打ってつけだろう。厨房で野菜の皮剥きや皿洗いなどを体験させてもよかったかもしれないが、四歳児に刃物を握らせるのはさすがにな。食器だって、一日中洗い続けられるほどの量はない。


「金を稼ぐというのがどれだけ大変か、体験してみるといい。嫌だ、できない、と言うのならば、この話はこれで終わりだ」


「解り、ました」


朝の九時から夕方五時まで。お昼休みは昼食込みで一時間。休憩は任意にどうぞ。そんな感じで俺の愛読している小説一冊分の書き取りを始めさせたところ、マリーはお昼休みを待たずして手の痛みを訴え始め、あえなく撃沈することと相成った。ちなみにそんなマリーへの仕打ちを『可哀想だ!』などと言い出して彼女を机から引き剥がそうとしたハイビスカスは、クレソンの男女平等キック一発であっさり撃沈された。強いなクレソン。その筋肉は見せ筋ではなかったようだ。うむ、実によろしい。


「お前は三時間ほど写本の仕事をしたな。よって、銀貨二枚と銅貨七枚をくれてやる。ちなみにお前がこれから食べる昼食の代金は、レストランで食べるならおよそ銀貨三枚相当だ。お前が知らん顔で着ているその服は、銀貨五枚程度の価値だ。金を稼ぐとはそういうことだ」


勘違いしてはいけない。俺達は確かに大金持ちの家の子供だが、その大金は父が稼いだものだ。俺達が好き勝手にしていいお金じゃないんだ、なんて、父さんから毎月金貨十枚という、六歳児に与えるにはとんでもない額の小遣いをもらっている俺が言えた義理ではないのだが。


日本円にして実に金貨一枚一万円、銀貨一枚千円、銅貨一枚百円相当だ。ちなみに父は妹には銅貨一枚さえ与えていない。血の繋がらない子供に対する露骨な冷遇だ。まるで昭和の人情ドラマや世界名作アニメの世界である。


「貧乏人共に金をくれてやりたいのなら、これからお前が望む限り書き取りの仕事をさせてやろう。そうやって自分自身の手で稼いだ金を、好きにくれてやるがいい。だが、父さんが汗水垂らして稼いだ金を、お前が身勝手に他者へくれてやることはまかり通らん。全く、何様のつもりだ」


子供だからといって、いや子供だからこそ、金銭感覚はしっかり身に付けなければ、元ホーク・ゴルドのような、どうしようもない愚かな子供になってしまう。可哀想だから、気の毒だからと、親の金を大量に赤の他人にばら撒くような、どうしようもないバカ娘にマリーがなってしまったらとても厄介だからな。それにしてもこれ、親父の金を好き放題湯水のように浪費していたホーク・ゴルドが言ってると思うと笑えてくるな。


「……申し訳ございませんでした、お兄様。わたくしが、傲慢でした……」


「謝るのなら俺にではなく、心の中で父にでも謝っておけ。まかり間違っても直接は言うなよ。鞭打ちにされるどころじゃ済まないだろうからな」


「……はい」


完全に心が折れてしまった妹にローリエを付き添わせて部屋に返し、ため息をひとつ。そうして問題のハイビスカスを叩き起こし、あの子に余計なことを吹き込んだのはお前か、と問い詰めた訳だ。


「お前の金持ち嫌いがここまで病的とはな。逆恨みのために無知な幼女を利用してまで金持ちへの嫌がらせに走るとは、見下げた根性だ。正直見損なったと言わざるを得ない」


「んだとお!?」


「お前達金持ちは、沢山金を持っていてずるい。自分達はこんなにも金に苦労しているのに。そんなに沢山あるのだから、少しぐらい恵まれない自分達に分けてくれたっていいだろう、とでも言いたいのか?ふざけるんじゃねえぞ。お前はB級冒険者だったようだが、E級冒険者やD級冒険者共に同じように言われて、はいその通りです、仰る通りです、とお前が集めた金やアイテムや武器や防具などの資産を、タダでそいつらにくれてやるのか?ん?どうなんだ?」


憤怒と憎悪にお綺麗な顔を歪めるハイビスカスだったが、これ以上暴れないようにとクレソンが彼女の両腕を後ろ手に掴んで拘束しており、なおかつオリーヴがいつでも彼女に発砲できる状態で俺の傍らに立っているため、口で勝てないからといって暴力に走ることも出来ず、悔しそうに歯噛みしている。


唯一この状況からでも反撃出来る手段があるとしたら魔法だが、魔法を行使するためには呪文を詠唱する必要があり、詠唱が終わる前に喉を潰してしまえば魔法の発動そのものを阻害できるため、有事の際にはクレソンかオリーヴが躊躇うことなく彼女の喉を潰すだろう。


この世界で対人戦をする時は、相手が魔法を使えないように真っ先に喉を潰すのがセオリーであるらしい。そのため冒険者達の着用している防具の中には、喉までを頑丈な金属で覆うタイプもあるとかで、何かと独自の発展を遂げているようだが、ハイビスカスの喉は剥き出し状態だ。


「いつまで経ってもE級やD級のまま、昇格出来ずに燻っている才能のない冒険者も大勢いるというのに、自分だけその若さでB級にまで昇格するだなんてずるいじゃないか。それだけの才能が君にはあったのだから、才能に恵まれないせいで苦労している下級冒険者達に優しくしてあげてもバチは当たらないだろと言われて、お前は納得するのか?どうなんだ?ん?」


「ふっざけんな!アタイは自分の実力だけでここまでやってきたんだ!なんの苦労もなく努力もせず、ただ生まれ付き親が金持ちだからってだけで何ひとつ不自由なくのうのうと暮らしてやがるテメエらみてえなバ金持ちとは違う!アタイとお前を一緒にすんじゃねえ!」


「だから、無知なマリーを騙して唆しても許される、と?悪の金持ちにお前が貧者共の代弁者として正義の鉄槌を下してやったつもりにでもなっているのか?それはさぞ気分がいいだろうな。お前を雇ったのは失敗だった。お前の妹の生死など知ったことではないと、俺達には関係ないことだとあの時切り捨てておくべきだった。まさかこんな形で恩を仇で返されるとはな」


「違う!それは違う!そんなつもりだったんじゃねえ!」


「だったら、どんなつもりだったんだ?言ってみろ」


「アタイはただ、あの子にせがまれて妹の話をしただけだ!アタイの妹なら、是非お友達になりたいって!仲よくなりたいって、マリーはそう言ってくれたんだ!だから、病気が治ったら会わせてやるよって、それで!」


「つまり、勝手にお前ら一家の境遇に同情して、バカなことを言い出したのはマリーの方であって、今回の一件はお前の差し金ではない、と?」


卑怯な言い方だ。それが事実であったとしても、この状況で、はいそうですとは言い辛いだろう。


「……クソ!ああそうだよ!アタイのせいじゃねえよ!アタイはそんなつもりであの子に妹の話をした訳でもなければ、金を恵んでくれと頼んだ訳でもねえんだ!これで満足かよ!」


だが俺がハイビスカスを解雇する気になっていることが一目瞭然な現状、彼女は肯定せざるを得ない。彼女の妹の病気は、まだ完治したわけではないからだ。莫大な金額になってしまうという治療費を積み立てながら、それと並行して高額な毎月の薬代を捻出するという懐に厳しいことが、ようやくうちで雇われ毎月破格の給金をもらえるようになったからこそ出来るようになったわけで。


今それを打ち切られてしまえば、再び冒険者時代の、毎月の薬代を稼ぐだけでも精一杯で、とてもじゃないが治療費など支払える余裕もないような、自転車操業に逆戻りしてしまうからだ。ここで短気を起こして俺に噛み付いて職を失うということはつまり、妹を救う手立てを自分から手放すことに他ならないからな。土下座までして、俺の靴を舐めようとしてでもここで雇ってもらおうと必死になっていた以上、自らそれを手放すことが出来ない彼女は、そう言うしかない。


彼女の中の大切な何かが、折れる音が聞こえた気がした。妹想いのいいお姉さんじゃないか。なあ?


「ふむ。ならば今回の一件に於いて、君の責任は不問に処す。無知な子供ゆえの浅はかさが引き起こしてしまった、些細な兄妹喧嘩だった。俺の話は以上だ。下がっていいぞ」


「……クソ!」


クレソンに解放を促すと、自由になったハイビスカスは親の仇でも見るような目で俺を睨み付け、その眦に涙を滲ませながら、逃げるように俺の部屋から出ていった。やれやれ、とんだ茶番だったな。


「なんだかどっと疲れた。オリーヴ、厨房から紅茶でももらってきてくれない?」


「了解した。砂糖とミルクはどうする?」


「ミルクだけお願い。砂糖はいいや」


「了解した」


つい先程まで妹に書き取りをさせていた椅子に座り、俺は背もたれに背中を預けて天井を仰ぐ。


「金持ちってのはメンドクセエな。それにしてもあのガキ、テメエの食い扶持を他人に恵んでやるバカがどこにいるんだっつー話だよ。一度それで味を占めた連中は、次からそれこそ羽虫だの寄生虫だのみてえにすり寄ってきやがるようになって鬱陶しいだろうに」


「まったくもってその通りなんだけどさ。孤児院や病院への寄付・寄進は、貴族が評判を買うためによくやる手なのも事実なんだよね。チャリティ精神というか、ノブレスオブリージュって奴?」


「だったら、やってやりゃあよかったじゃねえか。オメエ、将来は貴族になんだろ?」


「あのバカがそれで味を占めて、親父の金を手当たり次第にばら撒き始めたら面倒だろ?あーやだやだ、クレソン、ストレス解消にちょっとモフらせてくれない?荒んだ心には癒しが必要なんだ」


「ゲ!またかよ?くすぐってえからあんま弄られたくねえんだがなあ」


むさ苦しいおっさんのケツから生えている事実には目を瞑り、俺は彼の尻尾をモフらせてもらう。これは猫ちゃんの尻尾、ジャンボサイズの猫ちゃんの尻尾。そう思い込むことで指先に触れる毛皮のモフモフとした感触に癒やされる。オリーヴのフサフサとしたイヌ科の尻尾とはまた手触りの違う、ネコ科の尻尾。あー、やっぱりアニマルセラピーは癒し要素抜群だなおい。モフモフモフモフ、モフモフモフモフ。


そんなに動物が好きならそれこそ犬でも猫でも飼えばいいじゃないかって?本物の犬猫には言葉が通じないからな。おとなしく尻尾や毛皮を揉ませてもらえないだろ。

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