狂神に捧げる戦い 06-04
「科学班長フランツ・フェルディナンド、入ります」
フランツは、ロキの「入りたまえ」という返答を待つことなく、入室した。
ロキはずっと使っていた艦長室をワルターに譲り渡し、上級士官用の個室に移っている。
そこは、艦長室に比べると若干手狭にはなるが十分に重厚で贅をこらした造りの部屋であった。
フランツは、無駄な部屋だと思う。
しかし、土の中から掘り出した船にけちをつけるのもいかがなものかとは、思っていた。この船は、千年以上昔の文化に従って造られたのである。
だから船を使う以上は先史時代の文化も尊重すべきではないかとも、思う。フランツはそうした思いは一旦頭から追い出すと、自分の部屋に入るかのようにロキの執務室へ入り込んでいった。
フランツは陽気な笑みをロキに投げかけつつ、壁際に設えられたカフェコーナーから陶器のカップとパーコレーターを勝手に取り上げる。
鼻歌まじりのフランツはコーヒーを注いだカップを手に、ロキの前にある椅子へ許可を得ることもなく腰をおろした。
カップから一口のんだフランツは、ため息をつく。
「それにしても、陛下。この緊急事態下で本物の豆を挽いてドリップしたコーヒーは、贅沢すぎるのではないですか?」
フランツの不躾な言葉に、ロキは片方の眉を少しあげる。
「気を付けたまえ、フランツ君」
ロキの言葉に、上機嫌な笑みを浮かべたままフランツは問いかける眼差しを返す。
ロキは、静かな調子で語る。
「この船はもうすぐ減速プロセスを終えて、無重力状態になる」
フランツは、あははと笑った。
「誰にいってんですか、それ。航行プログラムを組んだのは、僕っすよ。減速プロセス完了まで、あと五分はあります。コーヒー一杯なら、余裕っすね」
ロキは、にやりと笑った。
フランツはもう一口飲むと、ふうとため息をつく。そしてロキの使っている執務机に、コーヒーを置いた。
「それで陛下、一体今度はどんな難題を僕にふっかける気なんですか?」
ロキは、少し驚いた顔をする。
「よく、難題がくるとわかるね」
フランツは、失笑した。
「あなたが僕を呼び出して、ろくでもない話以外をしたことありましたか?」
ロキは、残念そうに首を振る。
「君の言うとおりだね、フランツ君」
フランツは、にっと笑う。
「じゃあ、うんざりする話はさっさと終わらせましょう」
ロキは頷き、話をはじめる。
「フランツ君、君は銀河帝国調査局が我々にワクチンを渡すと思っているかね?」
フランツは、呆れ顔になる。
「そんな馬鹿げたこと、あるわけがないですよ」
ロキは、頷く。
「フランツ君、君は天才であるからそのことについても何か考えがあるのだろう」
フランツはロキのその言葉に、花が咲き誇るような笑みを返す。
「もちろんですよ、王陛下」
ロキは、満足げな笑みをみせる。
「では、ひとつ君の考えを聞かせてくれ」
フランツは、得意げな顔で言った。
「王陛下が何か考えるだろうというのが、僕の考えです」
むう、とロキは唸る。
「天才にしては、謙虚ではないかね。フランツ君」
フランツは、少しうんざりした顔になる。
「何を言ってるんですか、王陛下。僕はこの船では、科学班長ですよ。どう考えてもその件を考えるのは、作戦参謀の仕事でしょう。で、この船の作戦参謀は誰でしたっけ」
ロキは、真面目な顔で答える。
「おれだよ、フランツ君」
フランツは、うんざりした顔のままため息をつく。
「ティーク執務官の人事は、そこだけ投げやりな感じがしますね」
ロキは、笑みを浮かべる。
「そこだけは、おれがリクエストをしたからね」
フランツは、肩を竦めた。
「じゃあ、作戦を聞かせてください。参謀閣下」
ロキは、頷く。
「フランツ君、もし君が帝国のシステムリソースをフルに使える状況を得たら、どのくらいでワクチンを造れる?」
フランツは、にっと笑う
「僕なら、一時間もあれば充分ですよ」
ロキは、鋭い瞳でフランツを見つめる。
「だめだ、五分でやってもらう」
フランツは、蒼ざめると両手をあげ大きく口をあけて何かを叫ぼうとした。
しかし、あきらめて首を振ってうなだれる。
「保証は、しませんよ。でもやれるだけのことは、やります」
フランツは、長い吐息をつく。
「ご存じないかもしれませんが、僕は天才ですからね。で、一体どうやって僕が帝国のシステムをフルに使える状況を作るんですか?」
ロキは、じっとフランツを見つめる。
いつになく、その表情は険しく瞳は暗い。
「では作戦を説明するが、この作戦は他言無用だ。いいな」
ロキの重々しい口調に、フランツは静かに頷く。
そして、ロキは説明をした。帝都に入ってから、いかにワクチンを手にいれるかを。
その説明を聞く内にフランツの顔は次第に陽気さを失ってゆきかわりに、驚愕に侵されていく。
ロキが語り終えたときに、フランツは思わず立ち上がろうとした。
「何てことを、僕にさせるつもりなんですか!」
叫びつつ腰を浮かしたフランツは、そのまま宙に浮いてしまい苦笑する。話に夢中で、減速プロセス終了の艦内アナウンスを聞き逃したようだ。減速プロセスは終了しており、艦内の人工重力は失われていた。
机においたカップからコーヒーも浮き上がってしまい、褐色の球体ができあがる。
部屋の片隅から清掃ドローンが飛んできて、浮遊するコーヒーを吸い込む。
フランツはベルトについた磁気発生装置を操作して、身体を椅子に固定し直した。
「フランツ君、君になら判るだろう」
ロキの言葉は、重くフランツのこころへ突き刺さる。
「この役割を果たせるのは、君だけだということが」
フランツは、腕組みして唸る。
「全くあなたが作戦参謀なんて、本当にろくでもない。あなたが参謀じゃあなかったら、間違いなく断りましたよ、この作戦」
ロキは、少し笑みを浮かべる。
「繰り返すが、この作戦を知っているのはおれと君だけだ。誰にも、言うなよ」
フランツは、うんざりした顔で頷く。




