戦場乙女の帰還 03-09
だん、と扉が開かれる。
そこは、トレーニングルームであった。
ウエイトトレーニング用の、様々な器具が置かれている。
部屋の半分はマットが敷かれてあり、格闘技のスパーリングができるようになっていた。
今、その部屋には誰もいない。
ただひとりの、少年をのぞいて。
「ケン・ブラックソード!」
部屋に入るなり、アグネスが叫ぶ。
マットの上でストレッチを行い軽く汗をかいているらしいケンは、不思議なものを見るようにアグネスへ目を向けた。
誰もいないトレーニングルームは、とても静かで殺風景に見える。その静寂に満たされた空気を、アグネスは殺伐としたものへ塗り替えた。
腕組みをして仁王立ちになったアグネスは、瞳から火が吹き出すのではないかという勢いでケンを睨んでいる。
ケンはアグネスの醸し出す空気を無視して、暢気な口調で言った。
「ああ、近衛士官のおねえさんか。おれに、用があるのか?」
アグネスは、ちっと舌打ちをする。
「ケン・ブラックソード、おまえは姫殿下に何をした」
ケンは、珍しくはにかんだような笑みをみせた。
「いや、何もしてないよ。ただ」
「ただ?」
「キスを、しただけだ」
すっとアグネスの瞳が、細まる。
その表情はむしろ冷静さをとり戻したかのようにも、みえた。
しかし、獲物にとびかかる直前の肉食獣が持つ緊張感が、アグネスを覆っている。
「おまえ、ケン・ブラックソード」
アグネスの声には、あからさまな殺気がこもっている。
ケンは、何も感じないように笑っていた。
「おまえのせいで、あのバカでなにも考えないかわりに破天荒で野放図なわたしの愛する姫様が」
「えらい、いわれようだ」
思わず、ケンが突っ込んだがアグネスは無視する。
「どこにでもいる小娘に、なってしまったじゃないの。どうするのよ!」
「はあ?」
ケンが、呆れた声を出す。
アグネスは、それも無視した。
腰に提げていた、ナイトスティックを抜いて一振りする。
フォースフィールドが形成されて、ビームカトラスが出現した。
「問答無用よ、腕の一本も切り落とさないと気が済まない!」
ビームカトラスの発する高熱が陽炎を起こし、アグネスの姿を揺らめかす。
フォースフィールドが放つ青白い光は、空気の質を硬質のガラスに変えてしまうような気がする。
ケンは、やれやれと首を振った。
アグネスはケンの様子を無視して、ビームカトラスを正眼にかまえる。
ほう、と思わずケンが感嘆のため息をつくほど、その姿は隙が無く様になっていた。
蒼白く揺らめく陽炎の背後から投げかけてくる眼差しには、冷徹な意志だけを感じさせられる。
それは、必殺の意志であった。
ケンは、アグネスの放つ殺気を感じないように棒立ちである。
何事もおこっていないように、ケンは首にかけたタオルで汗を拭いていた。
ケンは、ひとの構えをみれば相手の得意とする剣がだいたい見当がつく。
アグネスの構えは、後の先をとるのが得意なひとの構えにみえる。
つまり、相手の初手をかわしてカウンターを打ち込むのが得意ということだ。
ただケンは丸腰なので、カウンターも何も打ち込めばいいはずである。
アグネスは、それをしない。
自分から仕掛けるのに慣れていないのかもしれないが、それだけではないはずだ。
アグネスはケンを切りたいのではなく、そのこころを挫きたいのだろうと思う。
それならケンに仕掛けさせて、後の先をとるのが正解だ。
ただ、アグネスにはケンに仕掛けさせるための策が、ないようである。
これなら、ダーナの方が喧嘩は巧いといわざるおえない。
アグネスがじっと待っているだけなので、ケンはこのまま引き上げようかと思う。
しかし、少し相手をすることにした。
「えっと、アグネス・ルンゲ少尉だったかな。まあ、落ち着いて話をしようや」
アグネスは、無言のまま構えをとかない。ケンは、にやりと笑う。
「あんた結局のところ、おれがどこの馬の骨ともしれない難民出身なのが気に入らないんだろう?」
アグネスは無言であったが、話は聞いているようだ。
「たとえばさ、おれがもしノヴァーリス家やファウスト家のような名門貴族の御曹司なら、文句もないだろうよ」
ようやくアグネスは、ビームカトラスのスイッチを切りフォースフィールドを消滅させる。
「否定は、しないわよ」
「とはいえ、貴族になるってわけにはいかないからなあ。貴族にはなれないけれど、おれもいつまでも一兵卒でいる気はないぜ」
アグネスは、皮肉な笑みを見せる。
「じゃあなに、艦隊司令にでもなるつもりなの」
ケンは、くすりと笑う。
「いや、それじゃあおれには足りないなあ」
アグネスは、苦笑する。
「一体なんだったら、足りるのよ」
「銀河皇帝」
ケンは、真面目に言った。アグネスはそれを聞いて、大笑いする。
「ばかじゃないの、あんた」
「いや、おれはこれでもおれなりにちゃんと客観的に自分の能力を分析した結果、そう判断したんだけれど」
ケンは、大真面目に言った。
アグネスは、肩を竦めた。
「いいわ。それならあなたが一年以内に銀河皇帝になってわたしの前にきなさいよ。それができたなら、斬るのをやめてあげるわ」
「うーん、一年かあ」
腕組みをして思案顔になるケンを、アグネスはばかにしたようにみる。
「なによ、短いっていう気?」
「いや、長すぎないか? そんなにかかんないと、思うけれど」
アグネスは呆れて、天を仰ぐ。
「どうでもいいわ。これからあんたのことは、ビッグマウスって呼ぶことにするよ」
ケンは何を思ったのか、アグネスに親指を立てにっこり笑った。
アグネスはため息をつくと、踵を返しトレーニングルームを後にする。




