新陰流
冒険者ギルドの休日。俺はサクヤに呼び出された。自前の道場が
あるとのことで、そこで稽古をするとの事だ。つまり、俺の実力が
どんなものか確かめたいのだろう。
自分の命を預ける事になる運命共同体の実力を知っておきたいのは
当然のことだ。
街の外れには古ぼけた、けれどしっかりした造りの木造の道場が
建てられていた。ここアルタインの街中はレンガや石造りの建築物が
所狭しと建ち並ぶ。
しかし、少し外れた位置にはこう言った木造の建物が存在している。
こちらに来て最初の内にお世話になった教会などもそうだった。
ちゃんと手入れがされていて何度も補修されている様が見て取れる。
彼女の祖父と仲間で建築した建物なのだそうだ。家と鍛冶場はまた
少し離れた場所にあるのだとか。
そこには手作りの竹刀と防具が掛けられていた。他にも木刀もある。
「我が道場へようこそ」
「うん、少しお世話になるよ」
そして、彼女手製の胴着と袴を手渡された。彼女は既に着替えている。
懐かしいな。こういう感じ。身が締まる気がする。
作法に則って令をする。彼女にはそれが意外に感じられたらしい。
「キョウイチさんは武術か何かを習ってらっしゃったんですか?」
「うん、まぁ……。少しね。中学高校と剣道部で、小さい頃から古武術を
やってたから」
そう答えると彼女の顔つきが変わった。強い相手に飢えていた彼女に
とって俺はうってつけの相手に思えたのかも知れない。
「お手柔らかに頼むよ」
「剣術は祖父とその弟子の御師様に教わったものですが、実際の日本の
剣術とはかけ離れたものです。祖父が実戦の中で磨き上げてきたこの
剣術がどの程度通用するのか……。試してみたくなりました」
立ち振る舞いに隙が無い。恐らく、素のままの俺の実力では勝ち目の
無い相手だ。しかし、今の俺は勇者の腕輪で能力をブーストしている。
だから彼女の動きや太刀筋が手に取るように分かる。本来なら
見えていなかった攻撃が、寸出の所で回避できる。幾ら新陰流を
長年やっていようが、別に人間を辞めた訳ではない。
しかし、彼女の動きは完全に人間のそれを超越している。ここで
生まれ育ったからなのだろうか? 今の俺の勇者の腕輪と言うずるを
含めた実力ならば、十度は彼女を斬っている。
「打ってはこないんですね」
「防具をつけてないからね、竹刀と言えども当たれば痛いし下手すれば
致命傷になる。仮に打ったとして君を十度以上打ち込んでいるだろう」
それならばと面と小手類をつけるサクヤ。彼女や彼女の祖父のお手製
らしく、日本のそれらとは多少形状が違う。これらも作って売っている
のだとか。オーダーメイドだそうだ。
彼女が防具一式を装備した後、試合形式の打ち込みを再開する。
俺が一度打ち込む度に彼女の動きが止まる。そして、それを繰り返す
内に全く動かなくなった。
いや、実力の差を感じ取り、打ち込めなくなったのだ。疲れと、緊張と
焦燥のあまり息があがっている。俺は彼女に歩み寄り、面を外す。
「今日はこの位でいいだろう」
「はい……完敗です……」
正直勇者の腕輪が無ければ普通にやられていたけどね。素の俺の実力
では彼女の速度には追いつけない。腕輪でのブースト効果と本来持って
いた技術が合わさって圧勝しただけだ。
ここで言うレベルとやらが上がっていけば俺も多少強くなって、腕輪
とやらがなくても対応できるのかもしれないが。現状は無理だ。それに
幾ら強いと言ってもある程度の人数までの対人戦のみで、乱戦になれば、
実力も糞も無い。
「あの……ご指導ありがとうございました」
「いいや。ここ数年は真面目にやってなかったからどうだろうかと
思ってたけど、何とかなるものだな」
実際問題彼女はかなり強い。腕輪が無ければボコられていたのは
こっちだ。その辺りは素直に伝えておく。幾ら技を持っていても
基本的な能力に歴然とした差があれば意味をなさない。
心技体合わさってこその強さだ。
「古武術というのはよく存じ上げませんが、日本刀を使っていたのですか?」
「時と場合によっては。基本使わないけど鍛錬はするよ。斬るのは藁とか
だけどね」
沈黙が続く。彼女は色々と考え事を始めたようだ。恐らく剣の事
についてだろう。彼女はまだ見習いで刀を打つことができない。だから、
鉄の剣をと言う事だった。
俺は黙っていたが、実は刀を扱える。さすがに人や動物を斬った
ことは無いが。新陰流の鍛錬で使う刀を数本持っていただけだ。
いつの間にか歳を食い、師範代になっていたが。
俺の実力を実感して鉄の剣では失礼では無いのかと思い始めたの
だろう。別にモンスターやらを倒すのなら刀じゃなくても問題は
ないのだが。
「刀は儂が打ってやろう」
「おじいさま!?」
鋭い眼光、そしてピンと延びた背筋は老齢を一切感じさせない。
顔や体つきは明らかに老体だ。しかし姿勢が良く若々しい。
「さきほどから覗いておったが、お前さんはかなりの実力者だな」
「それほどでも」
正直古武術新陰流においてはまぁまぁそれなりだとは自負がある。
ただ、新陰流の師範は化け物でまともに勝負にならなかったが。
俺はあくまでも数人いる師範代の一人でしか無かった。
「古武術新陰流の師範代をやっておりましたので。とは言っても数人
いた中の一人でしたが」
「正直、稽古にかこつけてかわいい孫娘にいかがわしいことをしよう
ものなら、成敗してくれようと思っていたのだがな」
良かった! 変なことしなくて! どこに人目があるか分からない
からな。サクヤがガチ好みの少女だからって簡単には盛らないぞ!
サクヤの祖父は元々日本で刀匠をやっていた人物なのだそうだ。
だから若返った際、冒険者もやっていた。妻と子供ができてからは
冒険者を辞め、刀鍛冶を再び始めたのだとか。
着替え終わった後、食事に誘われたのでエイルと共にお呼ばれする
事にした。手伝おうと思ったが、男は座ってろとのことらしい。エイルは
普通に手伝っていたが。
「お前さん達、恋人なのか?」
「あー、なんて言えばいいのかな? 彼女は女神エイル本人なんですよ」
「あーそう言えば皆さんいってらっしゃいましたねー。半信半疑でしたが、
本当だったんですね」
もうお互いの名誉のためにレイプの下りは言ってないが、そのうち
ご老人の耳にも入ることだろう……。
ここで色々話を聞いた。今はサクヤと祖父の二人暮らしだという事。
母親は数年前病で亡くなっていること。父親が冒険者として旅だった
まま行方不明であること等々。
父親の行方を探したいのだそうだ。刀を作るのには数ヶ月必要らしい。
だから作り置きしてあった予備の刀と鉄の剣を一旦借りれることになった。
刀は折るなと脅迫されたが。相手が相手だけに無事に済むとは到底
思えないが……。
「キョウイチさん。またよかったら稽古をつけて頂けませんか?」
「うーん、毎日ギルドでこき使われているから。なかなかそんな気力
起きないけど……。それでも良ければ」
「何々キョウイチさん、何やる気出してるの? ふざけてんの? 私が
魔王倒そうと言っても粗か様に嫌そうにしてたのに!」
お前その割には酒飲んでたら幸せそうじゃん。いっそそのまま
生活した方が幸せかも知れないぞ!?
「すけべ、変態。ロリコン」
「ロリコンはお前だ……」
「私はもうちょっと小さい子が……」
俺はこいつが犯罪者にならないように軽く小突いておく。何にせよ
どうやら冒険の第一歩が始まりそうだ。