第四章:巧みな作略
イェナサも加わり、ヒノト達の会話は和やかに盛り上がりをみせていた。
ふとリックイが、思いがけないことを言い始めた。
「ヒノト王。明日、ライオン狩りに行かないか」
突然のリックイの提案に、ヒノトは驚いた。
「え…。ライオン狩り、ですか…」
それを聞いたイェナサも、目を輝かせた。
「まあ!それは素晴らしいですわ。ツェキータ王国にせっかく来られたのですから、ぜひ体験されるべきです」
「ヒノト王は、ライオンを見たことはあるか?」
もうすっかりその気になっているらしい二人に圧倒されながら、ヒノトは首を振った。
「いいえ、ありません。ですが、話には聞いたことがあります。顔の周りに見事なたてがみを持った、草原の王者だと…」
「その通りだ。獰猛で、最強の肉食獣だ。ライオンを狩った者は、勇者として称えられる。ヒノト王の家臣には、武芸自慢の将軍もいるようだ。ツェキータ王国とジュセノス王国で、武芸を競ってみないか?」
リックイの声には、有無を言わさぬ力があった。一刻も早くマティピに帰りたいと望んでいるヒノトだったが、とてもそんなことを言いだせる雰囲気ではなかった。
「…それは、面白そうですね。ぜひご一緒させてください」
「そうか!」
リックイは機嫌よく声をあげて笑った。
「ヒノト王とは歳も近いせいか、一緒にいて楽しい。これからもこうして共に出掛け、楽しみたいものだ」
高らかに笑い続けるリックイだったが、それを見るヒノトの顔には、笑みは浮かばない。
突然に、ヒノトの前にイェナサの顔が現れた。本当は行きたくない気持ちを悟られないように、ヒノトは慌てて笑顔を取り繕った。
「本当に、楽しんできてくださいね、ヒノト王。私は、ご一緒することは出来ませんが…」
イェナサの言葉に、ヒノトは首を傾げた。
「何故…。何か他に用事でもあるのですか?」
イェナサは、ふふと笑った。
「私は神殿の巫女。神殿から遠く離れた地に、そう気軽に赴くことは出来ないのです」
この発言に、ヒノトは驚かされた。ではイェナサは、ほとんどの日々を、リーベルクーンから出ることなく過ごしているということだろうか。
ヒノトの戸惑いに気付いたらしく、イェナサはまた微笑んだ。それは、巫女として神殿から離れることの出来ない身の上を恨んでいる笑みではなかった。イェナサの表情には、巫女としての自信が充ち溢れている。
「ご心配には及びませんわ。ご一緒出来ないことを、恨めしく思っているわけではありません。私は自分に与えられた役目に、誇りを持っていますもの。…ライオンのいる草原は、リーベルクーンからは遠く離れた地にあります。草原に行くまでに、ツェキータ王国の豊かな自然を見ることも出来るでしょう。きっと楽しい一日になりますよ」
そう言って微笑むイェナサは本当に美しく、その美しさには一点の穢れもないように、ヒノトには思えた。
ヒノト達と別れた後、王宮への帰り道で、リックイはイダオに尋ねた。
「イダオ。お前は『ルシリア』をどう見た?」
「…なかなかに利発な少女ですな。受け答えがはきはきとしていて、会話をしていても楽しかったです。ただ、私のことをかなり警戒していたようでした。ヒノト王から、余計なことはするなと厳命されていたのでしょうか。…王は、どうだったのですか?『ルシリア』の力を、感じることはできましたか?」
リックイはにやりと笑ってみせた。
「ああ、感じた…!私が力を増大させると、それに呼応するように、『ルシリア』の力も膨れ上がった!…必死で隠そうとしているようだったがな。ピラミッドや、スフィンクスを目にしただけで、『ルシリア』の力は強さを増していた。私には、それがはっきり分かった」
それまで沈黙して、リックイとイダオの会話に耳を済ませていたイェナサが、口を開いた。
「では、あの少女が『ルシリア』だということは、間違いないのですね?」
「ああ、間違いない。素晴らしい力だ。あれほどの力を、ただの人間が持てるわけがない」
リックイは興奮したように喋り続ける。そんなリックイを、イェナサは静かに見つめている。
「ああ!生まれてこの方、こんなに嬉しいことはなかった。何という幸運だろう。私が、『ルシリア』を手にいれたのだ!歴代のツェキータ王が、ただの一人も手にすることの出来なかった力を、私は手の内に入れたのだ。しかも、何の苦労もなく、向こうから飛び込んできてくれた。私は、強大な力を手にする運命の元に生まれてきたのだ。そうだろう?イダオ!」
「ええ、その通りです」
高らかに声を上げて笑い続けるリックイを見ながら、ふとイダオは表情を曇らせた。
「ただ一つ、気になるのは…。ヒノト王の存在ですな。今日の様子を見ていても、ヒノト王がこちらを強く警戒していることがよく分かりました。あの様子だとヒノト王は、『ルシリア』の能力を知っていたのでしょう。そしてそれを、こちらには隠そうとしているのです。…ドゥゼクも余計な入れ知恵をしたに違いありません。今日、リックイ王がライオン狩りに誘ったときも、一瞬ですが迷惑そうな顔をしていました。ヒノト王は『ルシリア』を連れて、一刻も早く自国へ帰りたいのでしょう」
リックイも笑うのを止め、まじめな顔で頷いている。
「今考えれば、昨晩ドゥゼクを捕えたその時に、エミレイがヒノト王を今日の遊行に招いたことが、運命の分かれ道だったのかもしれないな。一日遅れていたら、ヒノト王は既に、ツェキータ王国へ帰っていたかもしれない。危ないところだった」
「その通りでしょう。ですが、もはやヒノト王に、我々から逃れる術はありません。既に、明日の約束も取り付けました。ヒノト王は、何よりもツェキータ王国の安泰を第一に考える、温和な名君です。我が国との確執は、作りたくはない筈です」
「そうだな。確かに、民を思いやる、賢明な王のようだ。だがそれでは、『ルシリア』は扱えない。『ルシリア』の強大な力を手に入れるのに相応しい王とはいえない」
「そうです。『ルシリア』を手に入れるのは、ヒノト王ではなく、リックイ王。あなた以外にはおられません」
「ああ…!私もそのつもりだ。ヒノト王が一緒だろうと、そうでなかろうと、もはや『ルシリア』を、我がツェキータ王国から出すつもりはない」
リックイは自信に満ちた顔で、不敵な笑みを浮かべた。
そんなリックイを見つめるイェナサの顔に、この日初めて、暗い影がよぎっていた。