第四章:偉大なるピラミッド
神殿を抜けると目の前に、ピラミッドが壮大な姿を現した。人一人の背の高さよりも大きな石が、何万個と空に向かって積み上げられている。こんなに大きな石を使っているのに、綺麗な正四角錐の全体の形には、少しの歪みもない。
そのあまりの大きさと美しさに、ヒノト達は言葉をなくした。
茫然としてピラミッドを見上げているヒノトに、誇らしげな顔で、リックイが話しかけてきた。
「どうだ。我が国のピラミッドは、素晴らしいだろう」
胸の中にある感動のまま、ヒノトは素直な言葉を告げた。
「これを人が造ったとは、とても信じられません。ピラミッドを造ったツェキータ王国の人々に、深い畏敬の念を覚えます」
「そうだ。これこそが、ツェキータ王国だ。我が国の象徴だ。我が国の科学と努力の結晶が、ピラミッドなのだ。ピラミッドの大きさが、我が国の豊かさと高度な科学力を物語っている。…今まで多くの国の要人が、ツェキータ王国にやってきた。我が国に対して、対立的な意見を持つ国の者達もだ。だがその者達も、このピラミッドを見れば皆、ツェキータ王国に対して友好的になった。対立しても意味がないと悟るのだ」
リックイがどれだけ、ピラミッドを誇りに思っているのか。その表情を見ればよくわかる。そしてそれは、リックイだけではなく、ツェキータ王国の民全てが持つ思いなのだろう。
目の前にいるリックイの、何と堂々としていることか。リックイの持つ自信も、権力も、自分とは雲泥の差だと、ヒノトは思っていた。あまりにも想像を超えた出来事ばかりが続くので、ヒノトの心は折れかかっていた。
もちろん初めから、ツェキータ王国が世界第一の国だということは分かっている。分かった上で、この国に来た筈だったのに…。ジュセノス王国の王だという事実は、もはや、ヒノトの心の支えにはならなかった。
ヒノトはこれまで、権力や財力にこだわったことはない。グアヌイ王国と戦ったのも、決して己の権力拡大のためではなく、ジュセノス国民の平和を守るためだった。そんなヒノトでも、目の前にいる年下のツェキータ国王に抱く劣等感は、屈辱的だった。
(俺は、この男には勝てない。決して…)
そんな思いが、ヒノトの心を巡っていた。
ユノアもまた、ピラミッドの迫力に圧倒されていた。絶句したまま、ただピラミッドを見上げているユノアを、イダオがじっと見つめている。
ユノア達の後ろから、鈴の音が聞こえてきた。
何事だと後ろを振り向いたユノアは、またもや絶句した。
集団がこちらに近づいてくる。その先頭にいるのは、あのイェナサだった。その後ろで、大きな荷車に何かを乗せこちらに押してきているのは、神殿の神官達だ。神官達二十人がかりで、重そうに、慎重に、荷車を移動させている。その荷車の周りで、女の神官達が絶えず鈴を鳴らし続けている。
絶句したままのユノアを一瞥しただけで、イェナサは目の前を通り過ぎて行ってしまった。
イェナサは、リックイの元へ歩み寄った。
「おお、イェナサ。来たか」
「はい、王よ。持って参りました」
「そうか。では早速、とりつけることにしよう」
リックイは、驚いているヒノトに目を向けた。
「ヒノト王。私事に付き合わせて申し訳ないが、用事を済ませても構わないか?」
「え、ええ。もちろんそれは、構いませんが…。リックイ王。そちらの方は、もしやイェナサ様では?」
リックイは一瞬きょとんとすると、ああ、と頭に手を当てた。
「これはすまなかった。ヒノト王とイェナサは、今日が初対面だったな」
イェナサも軽くリックイを睨んだ。
「そうですわ。このまま紹介もしてもらえないのかと、はらはらいたしました」
イェナサはヒノトに向き合うと、優雅にお辞儀をしてみせた。
「お初にお目にかかります。リックイ王の王妃、イェナサと申します。ジュセノス王国のヒノト王様ですね。お噂は王より、お聞きしております。遠い国から、遥々おいでくださったと聞き及びました。こうしてお会いできて、光栄でございます」
「こちらこそ、挨拶が遅れて申し訳ありません。本当ならば、こちらから挨拶に向かわねばならなかったところを、今日この時まで伺うことが出来ず…」
「いいえ。私はただの王妃。ヒノト王様に、そこまでしていただく義理などありませんわ。それでも、帰国されるまでに、ぜひ一度でもお会いしたいと思っておりました。その願いが叶い、嬉しく思います」
イェナサへのヒノトの印象は、とても良いものだった。ツェキータ王国の王妃だからと奢ることもなく、リックイの献身的な妻として、影から夫をささえようとする控え目な態度は、好ましいものに思えた。