第四章:ツェキータ王国の墓地
ラクダから降り、一行は墓群の中へと進んでいった。
門をくぐると、規則正しく並んだ無数の墓が、一行を出迎えた。墓の上には、様々な彫刻が置かれている。最も多いのは、家を真似た彫刻だ。死んだ者が、死後の世界で住むための家なのだろうか。他にも、食べ物、花、装飾品など、様々な彫刻が、墓の上を彩っている。
その左右に、まるで墓を守るかのように、神殿が築かれている。屋根と柱があるだけの簡単な造りの神殿の中には、様々な神々の巨大な像がある。
左右から神々に見つめられるというのは、あまり気分のいいものでもない。この場所では、絶対に間違ったことが出来ないぞという気持ちになってくる。頭の中にある考えさえ、全て神々に見抜かれているのではないかと、落ちつかない。
緊張した様子で周囲に目をやっているヒノトを見て、リックイは楽しそうだ。
「どうした、ヒノト王。落ちつかないようだな」
ヒノトは困っている様子を隠すことなく、リックイに苦笑いをしてみせた。
「…ツェキータ王国には、とてもたくさんの神々がいらっしゃるのですね。これだけの神々に見つめられると、何もかもが見抜かれるようで、恐ろしい気がします」
「ヒノト王には、見抜かれては困る隠し事があるようだな」
「それは…。誰しも、そうではないのですか?」
「私は、ないぞ。神に何を知られようとも、恐ろしいとは思わない」
リックイはヒノトから目をそらし、ぐるりと周囲の神殿を見渡した。
「しかし確かに、ツェキータ王国には神が多すぎる。先人達は、よくぞこれだけの数の神像を造ったものだ。感服するぞ」
「…神々への信仰心が篤いという、現れなのでしょう」
ヒノトの言葉に、リックイはただ笑っただけで、何の返事もしないでいる。更に奥に進んでいくリックイに、ヒノトは黙って着き従っていった。
ツェキータの民の墓群の先に、一際大きな神殿が姿を現した。だがその中に神像はない。内部には何もない、無の空間を持つ神殿だった。
神殿の中に入ると、二人の神官が一行を出迎えた。
「リックイ王…。お待ちしておりました。では早速、清めの儀式を行います」
リックイはヒノトに言った。
「ピラミッドに行く前に、誰もがこうしてここで、清めの儀式を行う決まりになっているんだ。他国の慣例だが、ヒノト王達にも、従ってもらいたい」
まずリックイが、清めの儀式を受けた。木の枝に水を絡ませて、それを頭の上で振る。そして一言、呪文を唱えるという簡単なものだ。次にヒノト、そしてキベイと、次々に儀式を済ませていく。
オタジの番になったとき、ハプニングが起きた。神官が驚愕の表情になり、騒ぎ始めたのだ。
「これはいけない!この方には、悪霊が取り憑いております。この悪霊を払わねば、神聖なピラミッドにお通しすることは出来ません。悪霊を払う儀式を行ってもよろしいでしょうか」
リックイは困ったような、面白がっているような表情でオタジに尋ねた。
「オタジ将軍、だったか…。どうする?」
オタジは困惑しているようだったが、頷いた。
「仕方がないでしょう。やってください」
リックイが神官に指示を出すと、神官が神殿の奥へと下がった。次に神官が出てきたとき、その手には、煌々と燃え上がる木の枝が握られていた。
それを見て、思わずオタジも後ずさった。
「お、おいおい。何をしようって言うんだ」
神官はオタジの前に歩み寄ると、その頭の上で、燃える木の枝を振り始めた。火のついた葉が、オタジの顔に降り注ぐ。
「あちちちち。お、おい!止めろ!」
オタジがあまりに大げさに騒ぐので、ユノアとミヨは、思わず笑ってしまった。
神官は、木の枝の灰を被ってすっかり真っ黒になったオタジの顔をじっと眺め、そして頷いた。
「もう大丈夫です。悪霊は払われました」
オタジはうんざりとした表情で、顔を服の裾で拭っている。
リックイも笑いながら、ヒノトに耳打ちした。
「我が国では、清めに二つのものが使われる。一つは水だ。水は、その中に汚れを包み込み、洗い流す。二つ目は火だ。火は、全てのものを燃やし、灰にする。多くの場合、我々は水を選ぶが、最終手段として、火を使う。残念ながらオタジ将軍は、火の清めを受けてしまったな」
だがこれで、オタジの不浄は完全に払われたということになるのだろう。まだしかめ面のオタジを、ヒノトは目で合図して宥めた。
儀式は続けられた。ユノアもミヨも、水での清めの儀式を受けた。
結局、オタジ以外に三人のジュセノス兵が、火の清めを受けなければならなかったが、最後には全員で、神殿を通過することが出来た。