第四章:ツェキータ人の還る場所
リーベルクーンの城壁の外へ出ると、すぐに広大な砂漠が迫ってくる。城壁の中と外では、全く違う世界にいるような錯覚さえ起きる。
過酷な自然環境の中にあって、これだけの繁栄を続けるリーベルクーンという街のパワーに、ヒノトは今更ながら身震いする思いだった。
砂漠に出ると、途端に太陽の熱が身体に照りつけてくる。砂漠で見ると、ツェキータ人の服装はやはり、砂漠の暑さの中で生きていくために、最適のものだということがよく分かる。ヒノトが早くも暑さのためにしかめ面になっているというのに、リックイは涼しい顔だ。
「さすがですね、リックイ王…。砂漠の暑さにも、動じていない様子だ」
「いや、もちろん私も暑いのだが…。暑さに負けていたら、この国では何も出来ないから、平気な振りをするのに慣れているのだ。もちろん、このツェキータ王国が、もっと涼しい、過ごしやすい国であってくれたらとも思うが…。これが私の国だからな。それに、我々ツェキータ人は、決して砂漠を疎ましく思っているわけではない。むしろ、砂漠はツェキータ人の誇りなのだ」
リックイの言葉に、ヒノトは頷いて納得している。確かにその通りなのだろう。もしツェキータ人が砂漠を疎ましく思っているのならば、ツェキータ王国がここまで繁栄する筈がないからだ。
「ツェキータ人は昔から砂漠を愛し、敬ってきた。だからこそ、死後の墓地として、砂漠を選んだのだ。砂漠で眠り続けることが出来るのならば、死さえも怖くはない。その考え方は、今も全てのツェキータ人の心にある。ツェキータ人は皆、いつかは砂漠に還りたいと思っている」
一行は、大きな砂漠の山を登り始めた。その山の頂上に登り切ったとき、ヒノトの目に予想し得ない光景が飛び込んできた。
リックイは誇らしげな顔で、右手を上げ、指し示した。
「あれが、ツェキータ王国の墓地だ。王家の者も、一般の国民も、死ねば皆、ここに眠る。死後の安らかな眠りを守るために、ツェキータ人はここに、巨大な建造物を築き続けてきた。いくら年月が経とうとも、この建造物は決して砂漠の底に埋もれることなく、ツェキータ人の繁栄の象徴として、この場所に在り続けるだろう」
目の前に広がる巨大な建造物群を、ヒノトは驚愕の想いで眺めていた。それが、人の手によって作られたものだとは、俄かには信じられなかった。
それはまさに、神が創り出した光景のように思えた。
ヒノトはリックイに尋ねた。その声が震えていることに、声を出してみて初めて気付いた。
「手前にある建物は、リーベルクーンにある神殿とよく似た造りですね。ですが…。奥にある不思議な形をした建築物は、一体何なのですか?四方に三角の形をした壁がある。こんな形の建物を、私は今まで見たことがありません。いや、建物であるのかすら分からない。何か、宗教的な象徴なのでしょうか…。何にせよ、神秘的な魅力を感じます。」
ヒノトの感想を聞いて、リックイは満足げに頷いている。
「ヒノト王は、ピラミッドの放つパワーを感じることが出来るようだな。その通りだ。ピラミッドには、素晴らしい力が秘められている」
「ピラミッド、と、いうのですか。あの建物は…」
「あれこそが、我がツェキータ王国の、科学と芸術の集大成なのだ。ピラミッドが現在の形で造られ始めたのは、五代前のツェキータ王の時代からだが、一番大きなピラミッドが見えるだろう?あの中心に、先代ツェキータ王である我が父君、ツクヌ王が眠っている」
「父君が?…では、ピラミッドとは、王の墓なのですか?」
「そうだな。簡単にいえば、そういうことだ」
含みを持たせるような言葉を残して、リックイはラクダを前に進めた。
「こうして彼方から眺めるのもよいが、近付いてじっくりと見物するのも、迫力が増してよいものだ。さあ、もっと近くへと行こう」
だが、ヒノトは金縛りにあったように、ピラミッドに視線を釘づけにされたまま動かない。
「さあ、ヒノト王。お進みください」
イダオに促され、ヒノトはようやく金縛りから解放された。頭を振ると、混濁していた意識から、ようやく頭の中がはっきりとしてきた。建造物群の持つ偉容に、すっかり圧倒されてしまっていたようだ。
ようやく進み始めたヒノトの後について、一行も進み始める。
その最後尾で、ユノアは浮かない表情をしている。
ユノアの不安を感じとって、ミヨが心配そうに声をかけた。
「ユノア…。大丈夫?また、胸の奥が熱いの?」
「うん…。そう、みたい…」
ユノアは胸に手を当てて、顔をしかめた。その表情には、不安が色濃く漂っている。ドゥゼクが言っていた、青い珠。それが今また、その存在を主張しているというのだろうか。
「もう、リーベルクーンに戻る?私が、ヒノト様に言ってこようか?」
ユノアは一瞬考え込んだが、すぐに首を振った。
「ううん…!今私が帰ったりしたら、きっとこれからもっと、リックイ王に注意されて見られちゃうと思うの。そしたらますます、マティピに帰れなくなるかもしれない。…それだけは嫌だから。私は早く、マティピに帰りたいの!」
「ユ、ユノア…」
心配そうなミヨに、ユノアは笑ってみせた。
「大丈夫…。ミヨも、ヒノト様も、キベイ将軍も、オタジ将軍もいるもの。不安があっても、心は強くもっていられる。今日一日くらい、乗り越えられるわ」
ユノアとミヨが乗ったラクダも、前に進み始めた。ツェキータ王国の墓地が近づいてくるに連れて、圧倒されるような濃い空気を、ミヨでさえ感じ始めていた。ユノアは身体の奥底で、どれ程の戦いを強いられているのだろう。
(ユノア…。頑張って。そして一緒に、マティピに帰ろうね)
そう願いながらも、ミヨの心から、不安が拭いさられることはなかった。