第四章:先手を打ったリックイ
ヒノトがドゥゼクを連れて屋敷の門にまで出ていくと、甲冑姿のエミレイが、十人ほどの兵士を引きつれて待ち構えていた。
エミレイはヒノトに向かって深くお辞儀をした。
「ヒノト王…。夜分にお騒がせして申し訳ありません。どうか、ご気分を害されませんように…」
ヒノトは大らかに笑ってみせた。
「いやいや…。こちらも、突然に神官の格好をした男が屋敷内に入ってきたので、捕らえたはいいものの、どうしたらいいか困っていたところでした。家臣と相談し、侵入者として役所に連れていこうとしていたところです。将軍が探していた者ならば、協力できて幸いです」
ヒノトの言葉に、エミレイは訝しげな表情になった。
「ヒノト王…。では、この男が屋敷内に侵入してから、そう時間は経っていないのですね?この男と王が話をするような時間もなかったと…」
ヒノトは眉をしかめた。
「何故私が、この者と話をせねばならぬのですか?」
「いえ…。気にされないでください。この男、最近頭がおかしくなってしまったようで…。あちこちであらぬことを言い触らすもので、困っていたところなのです。でまかせをヒノト王にお話ししたのであれば、訂正しなければと思いまして…」
「そうでしたか。いや、私はこの男から何も聞いてはいませんよ」
エミレイは少しの間、ヒノトを見つめていたが、穏やかな笑みで頷いた。
「それならば、安心いたしました。それでは、この男は引き取っていきます。今後このようなことはないよう、ツェキータ王国の威信をかけて街の警備をいたしますので、どうぞ安心してお休みください」
「ああ、そうしよう。エミレイ将軍」
お辞儀をして立ち去ろうとしていたエミレイが、ふと思い出したように振り返った。
「そうでした。重要なことを言い忘れておりました。リックイ王から、ヒノト王に伝言がございます。明日、ぜひまた王宮においでくださいとのことです。はるばる遠方から来られたので、ぜひご自身で、ツェキータ王国の案内をされたいそうです」
この突然の提案に、ヒノトの心臓は凍りついた。既にツェキータ兵によって囚われの身となっているドゥゼクの顔も張り詰め、真っ青になっている。
ヒノトはすぐに平静を装い、感激したように声をあげた。
「なんと!リックイ王が直々に?…お忙しいと聞いていますが、大丈夫なのですか?」
「リックイ王は、諸国との外交を何よりも重要視されております。お目にかかることが少ないヒノト王への接待を重要視されるのは、当たり前のこと。気がねなどされず、明日はリックイ王と存分に、ツェキータ王国を満喫されてください。…そうそう。あの、ユノアという少女もぜひお連れください。あまり大きな声ではいえませんが、リックイ王は美女好きなのです。ユノアも大変美しい少女でしたな。随分とお気に召したようで、ぜひまた会いたいとご所望です」
何気なく、だが強引に、エミレイはユノアを連れてこいと命じてきた。ユノアに近づこうとするリックイの魂胆は見え見えだ。
だがヒノトは、何も知らない振りをして頷くしかなかった。
「そうですか。ありがとうございます。身に余る光栄です。明日は必ずユノアを連れて、王宮に窺わせていただきます」
「では、そのようにリックイ王にお伝えしておきます」
エミレイは馬に跨り、兵士と捕らえたドゥゼクを引きつれて去っていく。ドゥゼクは無念そうに唇を噛みしめて俯いたまま、結局ヒノトと目を合せることさえなかった。
エミレイの姿が完全に見えなくなり、ヒノト達は屋敷の中へと戻った。
不安そうにしていたユノアとミヨが、すぐに駆け寄ってくる。
ヒノトはユノアに、険しい目を向けた。ユノアの顔に漂う不安の色が、ますます濃さを増した。
「ユノア…。明日、お前と一緒に、王宮へ行かなければならなくなった。ドゥゼクは今すぐにでも、リーベルクーンを出ろと言っていたが、それは出来なくなってしまった。…リックイ王の動きが、我々よりも早かった。迂闊だった…。だが、どうしようもない。ここで無理にジュセノス王国に帰れば、不審の目を向けられてしまう。我々は、ルシリアのことは何も知らないことになっているんだ」
ユノアは愕然とした表情になり、厭々と首を振った。
「私は、行きたくありません…!また再びリックイ王に会って、私は平常でいられる自信がありません!…今、ミヨに聞いたんです。昼間、ミモリを見つけたとき、私の瞳は、緑色になっていたそうです」
ヒノトは驚いてミヨを見た。ミヨもまた、不安そうな表情でヒノトに頷いてみせた。
「瞳が緑色に…?ユノアの力が目覚めるとき、瞳の色が変わるということか…」
「おそらく、そうなのだと思います。…私は、自分の瞳の色が変わったことさえ知りませんでした。私は自分のことが、何も分かっていないのです。そんな私に、自分の中にある力をコントロール出来る筈がありません!…明日リックイ王に会えば、何もかもを曝け出されてしまう。そんな気がしてならないんです。…リックイ王は、私に近づいて、どうしようというのでしょう。私の中にあるという力を、どう利用するつもりなのでしょう?」
ヒノトは力なく首を振った。
「すまない、ユノア。俺にも分からないんだ」
ユノアは悲しそうな表情で俯いた。
「…不安だろうな、ユノア。その不安を消してやることが出来なくて、すまない。でもどうやら、もう逃げることは出来ないようだ。ユノアはどうしても、リックイ王と深く関わらなければならない運命を持っているんだろう。どうか、その運命から逃げないでほしい。あまり頼りにはならないかもしれないが、俺も、ミヨも、キベイ達も傍にいる。恐れずに、リックイ王に会ってみるんだ」
ユノアが顔をあげた。不安そうな表情は同じだが、嫌だ嫌だと思う憂鬱な表情から、暗闇の中の道に踏み出していこうとする前向きな不安へと変わっているように思えた。
「分かりました。明日は、ヒノト様と一緒に、リックイ王に会います。でも、絶対に、私の傍にいてくださいね!」
ヒノトは笑みを浮かべて頷いた。
「ああ。約束する。俺はずっと、ユノアの傍にいるよ」
その言葉を聞いて、ユノアの顔にもようやく笑みが浮かんだ。