第四章:青い珠
それまで黙ってドゥゼクの話を聞いていたヒノトが、口を開いた。
「ドゥゼク…。お前はユノアが『ルシリア』だと確信しているようだが…。何故そう言い切れる?ユノアが、銀色の髪の毛を持っているからか?」
するとドゥゼクはきっぱりとこう言った。
「違います。もちろん、銀色の髪の毛にも驚き、ルシリアとしての容姿に相応しいと感銘を受けましたが…。私が感じたのは、ルシリアの身体の中にある、青い珠の存在です」
青い珠という言葉に、ユノアは思わず自分の胸を押さえていた。今も胸の中で熱く蠢く塊の正体が、その青い珠だというのか。
「私は直接、その青い珠を見たことはありません。ですが、神と呼ばれる全ての存在が、身体の中に青い珠を持っていると言われています。…大地の一番深い場所に、とても大きな青い珠があるそうです。神々が身体の中に持つ青い珠は、大地の奥底にある青い珠の欠片なのです。この青い珠を持つ神々こそ、私達が暮らすこの大地に認められた、この世界の支配者なのです。もちろん、アテン=トゥス神も、フィファ神も持っています。この二神のすぐ傍で長年お仕えしてきた私には、青い珠の放つパワーが分かるのです。…ルシリアを初めてみたときにも、私はすぐに青い珠の存在に気付きました。そして、一五歳くらいの少女であることから、ルシリアだと確信したのです」
「だ、だが…。天から降りてきたルシリアが、何故この地の奥底にあるという青い珠を身体の中に持っているのだ?」
「…それは確かに不思議ではありますが。もしかしたら、青い珠がルシリアを呼んだのかもしれませんね。この世界にとっては異人である筈のルシリアが、この世界で暮らしていけるのも、青い珠が身体の中にあるからこそではないでしょうか。…いずれにせよ、青い珠を持つルシリアは、大地に認められた神…。青い珠を持たないリックイ王とは比べ物にならない、正統な権利を持つ神なのです」
ドゥゼクの主張には、一点の隙もない。ユノアが『ルシリア』だということは、もはや疑いようのない事実のようだ。
ヒノトは大きく息を吐いた。
「お前の言うことは、よく分かった。ユノアが『ルシリア』だと、認めざるを得ないようだな…」
ドゥゼクはほっとした顔になった。
「…初めてお目にかかる私のような者の意見を聞き入れてくださり、有難く思います、ヒノト王!」
再び土下座し、頭を地面に擦りつけた後、顔を上げたドゥゼクの表情には、強い怯えの色が漂っていた。
「…ヒノト王が私を信頼してくださっていると信じて、申し上げます!今すぐに、ルシリアを連れて、このリーベルクーンから…、いえ、リックイ王から、逃げてください!」
ヒノトの表情も強張る。
「…どういう、ことだ?」
「ルシリアが現れたと、リックイ王に知られたのです。…私の不手際です。申し訳ありません。…リックイ王は、ルシリアを利用しようとしているのです!代々のツェキータ王が、アテン=トゥス神を利用してきたように…!正統な神ではないリックイ王が、神としての力を持ち続けるには、リックイ王にパワーを与える、犠牲となる神の存在が必要なのです」
ドゥゼクはヒノトに懇願した。
「どうか今は私を信じ、一刻も早く、リーベルクーンから離れてください!」
ヒノトは困惑し、ドゥゼクへの返答をしかねていた。
その時、屋敷の外から慌ただしい人の声が聞こえてきた。
すぐに、ダカンが庭の中に走り込んできた。
「ダカン。どうしたんだ?」
ヒノトの問いかけに、ダカンは訝しげな表情で答えた。
「あの、それが…。昼間会った、あのエミレイ将軍が来ています。ヒノト王にぜひとも面会したいと…」
「エミレイ将軍が?」
ヒノトは思わずキベイを見た。エミレイが、一体何の用で来たというのだろう。キベイも訝しげに、首を傾げている。
すると、ドゥゼクが上ずった声をあげた。
「きっと…。私を捕らえに来たのでしょう。私がここに来ることは、予想できることでしょうから。…ヒノト王。私をエミレイ将軍に引き渡してください」
「…そんなことをして。お前の身は安全なのか?白を切ってもいいんだぞ。いくら将軍とはいえ、一国の王の宿営地を無理やりに捜索したりはしないだろう」
「いえ…。エミレイ将軍は、私がここにいるとほぼ確信している筈。私を庇って、ヒノト王に監視の目がつくことだけは避けねばなりません。私が捕まることで、ヒノト王への注意も薄れる筈です。…その間に、リーベルクーンを抜けだし、ジュセノス王国へお戻りください」
ヒノトはすぐには返事が出来なかった。エミレイに渡してしまえば、ドゥゼクはきっと、無断で神殿を抜けだした罰を受けるのだろう。鞭で打たれるのだろうか。身体を痛めつけられるのは確かだ。ドゥゼクの一族が受けた仕打ちを考えれば、殺されることさえあり得る。そんな危険な状況にあると知って、ドゥゼクをむざむざ返すことなど、ヒノトには出来なかった。
それに、ドゥゼクにはまだまだ聞きたいことがある。今の短時間で理解するには、あまりにも複雑で、現実離れした情報ばかりだった。
何とか、ドゥゼクも連れてジュセノス王国へ帰る方法はないだろうかと思案していたヒノトに、ドゥゼクが悲痛な声をかけた。
「ヒノト王…!どうか今は、ルシリアが無事に、このツェキータ王国から脱出することだけをお考えください。私を信用してくださるのならば、どうか!」
そこまで言われると、ヒノトも頷くしかない。
「分かった…。お前を、エミレイ将軍に引き渡そう」
「…賢明なご判断です。感謝いたします。将軍には、私が無断で屋敷に入り込んだため、捕らえて引き渡そうと思っていたところだとでも説明してください。私が今ここで王と話をしたことは、どうか内密に」
「分かった。そうしよう」