第四章:待ち焦がれた存在
キベイに先導され、ヒノトとユノアは、ドゥゼクの待つ庭へと向かった。
月と松明の灯りだけの、薄暗い庭でも、ユノアにはドゥゼクがやはり、神殿ですれ違ったあの神官だと、はっきりと分かった。
坊主頭にしているので、老けた印象があったが、よく見ると、ドゥゼクはまだ幼い顔立ちをしている。ユノアよりも一、二歳年上くらいだろうか。ツェキータ人らしく、目鼻立ちのはっきりとした綺麗な顔立ちが、薄暗い中でもよく分かる。
ヒノトはドゥゼクの前に立った。ドゥゼクの見張りをしていた兵士は、キベイに促されて立ち去っていく。その場には、ヒノト、ユノア、キベイ、ドゥゼクの四人だけが残った。
「私が、ヒノト王だ。私に用があるということだが…」
ドゥゼクは芝生に頭を擦りつけ、土下座をしてみせた。
「夜遅くに、ジュセノス国王のお屋敷に乗り込むという無礼…。どうか、お許しください…。ですが、私にはもう、今夜しか時間がなかったのです。どうしても今夜、ヒノト王と、そして、そこにおられるお方に、お話しておきたいことがあったのです。私には見張りがついていましたが、見張りの目をかいくぐり、今夜、こちらへ参りました」
ドゥゼクは顔をあげ、視線をまっすぐにユノアに向けた。ユノアは思わず、ヒノトの背中の影に隠れていた。
ヒノトは穏やかな態度で、ドゥゼクに尋ねた。
「そこにおられるお方とは…。ユノアのことだな」
「…はい!」
「…今日の昼間、ユノアと会ったそうだな。そのとき、ユノアのことを『ルシリア』と呼んだと聞いたが、それは本当か?」
「…はい!」
「ルシリア、とは…。どういう意味だ?」
ここで、ドゥゼクは顔をあげ、まっすぐにヒノトを見つめた。
「ルシリアの意味をお答えする前に、私の一族についての話を、まずお聞きください」
突然の話の転換に面喰いながらも、ヒノトは頷き、ドゥゼクに続けるよう促した。
「…私の一族は、もともと、ツェキータ王国の神殿の、神官長を代々務めてきた一族でした。ですが今の神官長は、我々の一族とは、全く縁もゆかりもない男です。今から五年前、当時の神官長であった私の父は、その座を追われたばかりではなく、リックイ王によって、命を奪われました…」
ドゥゼクは一瞬言葉に詰まった。声が涙声だったように思えたのは、きっと気のせいではないだろう。
「我が一族が何故、神官長の座を追われたのか。その理由は、あまりにも、我が国の最高神であるアテン=トゥス神に忠実だったためです。…ヒノト王もご存じと思いますが、リックイ王もまた、神と同等の神通力を持っています。リックイ王は、神官長であった父に、アテン=トゥス神よりも自分により強く忠誠を誓うように命じました。ですが父は、それを拒否したのです。最高神はあくまでも、アテン=トゥス神だと…。それが、リックイ王の逆鱗に触れたのです」
「では…。リックイ王は、自分の神通力を自慢に思うあまり、最高神であるアテン=トゥス神に、嫉妬したというのか?最高神と同等の立場になろうと?」
「…そうではありません。リックイ王は、アテン=トゥス神を完全に己の配下に置こうとしたのです。もうずっと昔から、最高神とは名ばかりで、アテン=トゥス神は、代々のツェキータ王によって蔑まされ、おさえこまれてきました。ですが、代々の王が、最高神として形式だけは守ってきたアテン=トゥス神を、リックイ王は遂に、自分よりも低い地位に置こうとしたのです」
ヒノトは眉をひそめた。
「…どういうことだ?お前の言い分を聞いていると、ツェキータ王国はずっと、最高神を最高神として崇めてこなかったように思える。最高神を王が崇めなければ、それは、国の乱れる原因にもなるだろう」
ドゥゼクはもっとヒノトに説明したそうな表情をしたが、無念そうに首を振った。
「ああ…。この国が犯し続けてきた罪を説明するには、あまりにも時間がなさすぎます。それに、全ての事実をお教えして、ジュセノス王国を、ツェキータ王国の抱える問題に巻き込むわけにはいきません。…私が言いたいのは、王が神を虐げ続けてきたこのツェキータ王国にあって、我が一族は、無理やりに神の力を手に入れた、人間の王であるツェキータ国王よりも、本来この地上を統治し、秩序を守ってこられた神々を、崇めて続けてきたということです」
ドゥゼクの話にはあまりに不可解な点が多いが、ヒノトは口を挟まず、その話に耳を傾けている。
「そんな我が一族が、その登場を今や遅しと待ちうけていた存在こそが、『ルシリア』です。ルシリアとは、星から来た聖なる人という意味です。この世の秩序が乱れ、世界を治める権力者が変わり、新たな歴史が始まるとき、この世を見守っていた星が地上に降りてきて、混乱する人間達に進むべき道を示すのだという伝説を、我が一族はずっと信じてきました」
ドゥゼクの語った伝説は、ミモリがユノアの両親に語った話とあまりにも酷似していて、ヒノトとユノアは息を飲んだ。
「一五年前…。大きな星が地上に落ちていきました。我々はその星こそがルシリアだと信じていました。…一五年前からずっと、我が一族は、ルシリアに出会うこの日をずっと待ち続けていたのです。…神官長である父が五年前に惨殺されてから、我が一族はリーベルクーンから追い出されました。ですが私は、奴隷同様の扱いを受けるのを覚悟で、リーベルクーンに留まったのです。その理由は、世界中から人と情報が集まってくるこの街ならば、ルシリアと出会う確率も高いだろうと考えたからです。そして私の予想は当たりました。…こうして、ルシリアと出会うことが出来て、感無量の思いです」
ドゥゼクは感激と尊敬の眼差しでユノアを見つめてくる。ドゥゼクは当たり前のようにユノアのことをルシリアと呼ぶが、その呼び方にユノアは慣れることが出来なかった。