第四章:神の国
「ユノア。今から俺が言うことを、しっかり理解してほしい。…リックイ王は、ツェキータ国の国王だ。だがそれ以外に、もう一つの地位を持っている。『神』という地位だ。王妃であり、姉でもあるイェナサ様もまた、神に近い優れた力を持っていると言われている」
「か、み……?」
ユノアは茫然とした。リックイが言った単語の意味は、自分の頭に浮かんだ言葉の意味と、同じものなのだろうか。
ヒノトは力強く頷いた。
「そうだ。神だ。人間を遥かに超越した力を持ち、この世を創造したとも言われている。人間は古来より、神を崇め、信仰してきた。だが従来、人間は神の姿を直接見ることは出来ない。だから、神像を作ったり、経を唱えることで、神とのつながりを作ろうとしてきたんだ。…だが、この世界でただ一人、人間の姿をした神がいる。その神は、ツェキータ国の王として、代々この世界に君臨してきた。…兄弟で結婚することなど、この国では珍しくはない。神の力をより濃く子孫に残すためだ。もし王妃がただの人間ならば、例えツェキータ国王の子とはいえ、その子には平凡な人間の血が混ざってしまう。そんなことは、ツェキータ王家として許すことは出来ないのだろう。強い霊力を持った姉のイェナサ様がリックイ王と結婚することも、何の意義もなく決まったらしい」
ヒノトは一度言葉を切り、ユノアの反応を窺った。ユノアは茫然としたまま、微動だにせずにいる。
ヒノトは言葉を続けた。
「…俺は正直、ツェキータ国王が神などと、そんなことは信じてはいなかったんだ。兄弟で結婚するという習慣も、くだらないと馬鹿にしていた。神というものは、ただの信仰の対象で、この世に実在するものではないと思っていた。ツェキータ王国は、政治的に神という存在を利用して権力を守っているだけなのだと、ずっとそう思っていたんだ。…だが、俺の前にユノアが現れた。ユノアを見て、その話を聞いて、俺はようやく、神と呼ぶべき、人間を超越した存在を理解するようになった。…その頃から、ツェキータ王国への認識も変わり始めた。もしかしたら、ツェキータ国王が『神』だという話は、真実なのかもしれない、と」
ヒノトは再び、ユノアを見つめた。ユノアはやはり黙ったまま、だが真剣な表情で、ヒノトの言葉を聞いている。
「…本当にツェキータ国王は神なのか。それを、自分の目で確かめたいと、ずっと思っていた。グアヌイ王国を統合したことで、世界の秩序の見張り役ともいえるツェキータ王国へ行かざるを得ない状況になったことにも、俺は運命的なものを感じたんだ。…ユノア。どうして俺が、この国にお前を連れてきたかったか、分かるか?」
ヒノトの問いかけに、ユノアは黙ったまま、小さく首を振った。ユノアの表情は、怯えているように見える。
「…俺はこの目で、ユノアが超能力を使っている場面を見たことはない。ユノアが神に等しい存在なのだろうという証は、ユノアが語ったファド村での出来事と、その銀色の髪の毛だけだ。だが俺はきっと、ユノアは神と呼ぶべき存在なのだろうと思っている。もしリックイ王が神ならば、この世界でただ一人、ユノアにとっては仲間というべき存在だ。だから俺は、ユノアとリックイを、いつかは会わせなければならないとは思っていた。…だが、リックイ王が本当に神なのか。一体どんな考えの持ち主なのか。ユノアにとって仲間となり得る好意的な人物なのか。それを俺なりに見極めたかった。だから、しばらくはユノアには大人しくしておいて欲しかったんだが…。まさか、リーベルクーンの神殿に、強い神気が満ちていて、それが、ユノアの中に眠る力を目覚めさせるなんて、思いもしなかった…」
ヒノトはそこで言葉を決め、考え込んだ。リックイがどんな人物なのか、ヒノトは今はまだ掴みきれていないのだ。ユノアにとって、味方といえる人物なのか。それとも…。
今日、初めてユノアを見たときの、リックイのあの目の鋭さ…。それがヒノトの心に引っかかっていた。リックイが、ユノアに深く関心を持ったことは、間違いないと思う。女好きのリックイが、美しいユノアを見て、下心を出した。ただそれだけの、単純なことだとは思えない。銀色の髪の毛を持つユノアを見て、ユノアが人間というより、神に近い存在なのだと気付き、そのためにリックイはユノアに関心を持ったのではないだろうか。
ユノアをツェキータ王国に連れてきたのは、時期尚早だったのだろうか。まずは自分一人で、リックイという人物を見極めるべきだったのではないか。もしこの先、リックイがユノアに近づこうとしてきた場合、どう対応したらいいのか…。