第四章:ユノアとリックイの出会い
リックイ達が到着した王宮内の広場には、銀色の髪の毛を顕わにしたユノアがいた。ユノアはこの状況を恐ろしく思っているようで、不安そうに俯き、隣にいるミヨにぴたりと寄り添っている。ユノアの肩に止まっているチュチも、居心地悪そうに身を縮めている。
ユノアの銀色の髪の毛を見た途端、面白半分で笑みを浮かべていたリックイの表情が変わった。その目に、怪しい光が宿る。
立ち止まったリックイの後ろから、ヒノトが声をあげた。
「ユノア!」
ヒノトの声に反応して、ユノアが顔をあげた。その顔が泣き顔に歪む。
「ヒ、ヒノト様ぁ…」
情けない声だった。ユノアは今更ながら、目立つなというヒノトとの約束を破ってしまったことを深く悔いて、すっかりしょげていたのだ。
リックイは、ヒノトとユノアを見比べながら、尋ねた。
「ヒノト王…。ではあの少女は、王の供だという少女で間違いないのか?」
ヒノトはリックイに対して、深く頭を下げた。
「…その通りです。申し訳ありません、リックイ王。私の供の者がこのような騒ぎを起こすとは…。私の、監督不行き届きです」
リックイは笑い声を上げた。
「何も、王が謝ることはない。ユノアという娘、悪さをしでかしたわけではないのだろう?」
リックイの問いを、エミレイはすぐにユノアを捕えてきた兵士に確認した。
「はい、リックイ王。この少女は、罪を犯したわけではなく、大勢の通行人が行き交う街中で、突然屋根の上まで飛び上がったので、驚いた通行人達が、警備兵に通報した。ただそれだけのことのようです」
「ふむ。それならば、少女を拘束しておく理由はないではないか。すぐに解放しよう」
あまりにも寛大なリックイの言葉に、ヒノトは戸惑いを隠せない。
「よ、よろしいのですか?リックイ王」
「…?問題はないだろう」
「…ありがとうございます。寛大なお言葉を、心より感謝いたします」
リックイの淡白な反応に、ヒノトは違和感を覚えながらも、厚く礼を言った後、ユノアの元に駆け寄った。
駆け寄ってきたヒノトを、ユノアは涙に濡れた目で見上げた。
「ヒノト様…。ごめんなさい、私…」
だがヒノトは、ユノアを慰めようとはせず、厳しい表情で怒りの声を上げた。
「馬鹿もの!世界各国からの使節団が集まるこのリーベルクーンで、騒ぎを起こすとはどういうつもりだ!?軽はずみで愚かなお前の行動を許してくださったリックイ王に、早くお礼を申し上げよ!」
別人のようなヒノトの態度に、ユノアは驚き、更に落ち込んで俯いてしまった。そんなユノアに、ヒノトは再び怒りの声を向ける。
「何をしている!早くお礼を言わぬか!」
涙で震える声で、ユノアは跪いたまま、リックイに向かって頭を下げた。
「…ありがとう、ございました。リックイ王様…」
ユノアを呆れた表情で見下ろしながら、ヒノトは大きくため息をついた。
「本当に、申し訳ありません。もっと躾をしてから連れてくるべきでした。このようなご迷惑をかける結果になるとは、思いもよらず…」
あくまでも自嘲して、謝罪の言葉を繰り返すヒノトに、リックイは笑ってみせた。
「もうよいと言っているであろう、ヒノト王。私は不快な想いなど、してはおらぬ」
「…有難いお言葉でございます」
「それにしても…。屋根の上に飛び上がったという事実は、実に興味深いな。ユノアは以前から、そのような不可思議な行動をするのか?」
ヒノトは首を傾げた。
「さて…。私の知る限り、そのような覚えはありません。運動神経はよく、王宮でも一番の舞いの踊り手ではあるのですが…」
「ほう、踊り子か…。それでは、このリーベルクーンで初めて、ユノアはそんな驚異的な動きをしたというのだな?」
ヒノトは頭を下げたまま、頷いた。
「…その通りでございます、リックイ王」
リックイは唸った。
「興味深い。実に、興味深いな。そうは思わぬか?エミレイ…」
話を振られたエミレイも、何度も頷いている。
「ええ、私も、そう思います」
リックイとエミレイの視線が、ヒノトとユノアに注がれる。二人は押し黙ったまま、その視線に耐えた。
突然、リックイが話題を変えた。
「それにしても!ジュセノス王国というのは、美女の多い国なのだな。ユノアも、その隣にいる少女も、実に美しいではないか。グアヌイ王国でスパイとして働いたという美女もいるのであろう?私は、ジュセノス王国を訪問してみたくなった」
そう言って、リックイは高らかに笑い声をあげた。その声に、その場に漂っていた緊迫した空気も、一気に軽くなった。思わずヒノトも、ほっと気を緩めた。
リックイが笑い終わるのを待ち、ヒノトは声をかけた。
「リックイ王…。ではそろそろ、私達は失礼しようと思います」
リックイは上機嫌な様子で頷いた。
「おお、そうか。思いがけぬ事件もあり、ヒノト王もさぞ疲れたことだろう。ゆっくり休むといい。それにしても、今日は楽しい想いをさせてもらった。ヒノト王にはまたぜひ、王宮に遊びに来てもらいたいものだ」
リックイの言葉が何を意味するのか。だがそれを考える気力は、ヒノトには残っていなかった。本当に疲れていたのだ。
「有難いお言葉でございます…。しばらくはリーベルクーンに滞在するつもりでおりますので、いつでも声をおかけください」
「うむ!では、またな」
颯爽とリックイが去っていく。その後を影のように、エミレイがつき従った。
リックイの姿が完全に見えなくなるのを見届けて、ヒノトはようやくユノアを振り向いた。
ユノアを見つめるその目は、ユノアを労わるものだった。
(ああ、いつものヒノト様だ…)
ユノアはそう感じ、ほっとした。
ヒノトは手を叩いた。
「さあ、みんな。帰ろう」
その言葉に、誰もが素直に従った。キベイも、オタジも、肩にのしかかるような疲れを感じていた。緊張の連続だったリックイ王との対面が、ようやく終わったのだ。
ヒノトを筆頭に、ジュセノス王国からの代表団をこれだけ疲れさせたリックイは、やはり一筋縄ではいかない王なのかもしれない。






