第四章:ツェキータ王国の重臣たち
「そして、見事勝利を勝ち取ったというわけですか。大したものですな」
ヒノトの言葉に相槌を打ったのは、リックイの左隣で、それまで黙って会話を聞いていた、一人の老人だった。この老人もまた、リックイとは違うタイプではあるが、強い威圧感を持っている。まず目を引くのは、胸元まで伸びる見事な白髭だ。それと同じほどの長さまで伸びる髪の毛も、全く同じ色の白色だ。髪も髭も、艶やかで、若々しくさえ見える。
その老人からは、レダと同じような知性と冷静さを感じた。すると案の定、老人はこう名乗った。
「ああ、これは、突然口を挟んで申し訳ありませんでした。私は、ツェキータ王国の宰相を務めております、イダオと申す者です。ヒノト王とは、以前一度お会いしたことがあるのですが…。覚えておいでですかな?」
ヒノトは不思議そうな顔をしている。
「前回お会いしたときは、ハルゼ王とご一緒でしたな」
「ああ、もしや…。私がまだ幼い頃、父上に連れられてツェキータ王国に来た時にお会いしたのでしょうか。…すみません。前回この国に来た時のことは、よく覚えていないのです」
「そうでしょうな。あなた様は、緊張した様子で縮こまっておられた。立派な父君が、あなたを守っておられました。ハルゼ王は、偉大な王君でした」
イダオは労しい表情になった。
「ハルゼ王が、リュガ王に殺されたと聞いたときは、本当に無念でした。リュガ王を倒し、父君の無念を晴らされたヒノト王は、真にご立派です」
イダオの言葉に、ヒノトの表情も緩んだ。
「…ありがとうございます。父であるハルゼ王も、イダオ殿の言葉を聞いて、喜んでくれていることでしょう」
「それにしても…。リュガ王は、卑怯で、残忍な王だという評判が、ここツェキータにも聞こえてきていました。よく、リュガ王を倒すことが出来ましたな。どのような作戦を取られたのです」
ヒノトは一瞬言葉に詰まったが、すぐに答えた。
「我がジュセノス軍には、優秀な兵士が揃っております。特に、ここにおります、キベイ将軍、オタジ将軍らの活躍がなければ、グアヌイ軍に勝つことは出来なかったでしょう」
ヒノトは後ろを振り向き、キベイとオタジを手で示した。二人は委縮したように、深く礼をした。
イダオは感嘆したように何度も頷いている。
「なるほど…。ヒノト王には、頼もしい強武者がついているということですな」
その時、ヒノトの右後ろから声がした。
「はて…。私が耳にした話では、ヒノト王は女スパイを使って、グアヌイ王国の筆頭将軍であるリャンを誘惑し、王国を分裂させたとか。それは、本当なのですか?それとも、ただの噂ですか?」
ヒノトは驚いて後ろを振り向いた。そこには、甲冑に身を包んだ将軍らしき男の姿があった。
ヒノトは驚きの顔を、笑顔に取り繕った。
「これは…。驚きましたな。ここから遥か遠い地での戦争について、詳細な情報を知っている方がおられるとは…」
男もにっこりとほほ笑んで言葉を続けた。
「私は、ツェキータ王国将軍、エミレイと申します。職業柄、他国の戦争といえど、どのような戦術を取ったのか、興味がありまして…。ジュセノス王国とグアヌイ王国の戦いについても、興味を持って見守っていました」
エミレイは、将軍とは思えぬ穏やかな瞳をした男だった。短く刈った黒髪と、彫の深い凛々しい顔立ちが印象的な、すがすがしい風貌の男だ。年齢は三十代前半くらいだろう。代々将軍を務めてきた家系なのだろうか、口調も、佇まいも、一年やそこらで身に着くものではなかった。生まれつき、名士の家で育った者にのみ備わる品格を持っている。まさに、リックイ王に仕えるのに相応しい将軍といえる様相だ。
「そうでしたか…。いや、お恥ずかしい。女を使って敵国の将軍を誘惑し、その将軍に主君を殺させるなど…。卑怯極まりない作戦など、貴国に知られたくはなかったのですが…」
視線を下げるヒノトに、エミレイは励ますような声を掛けた。
「とんでもない!一人の犠牲もなく、リュガ王だけを倒した。それは、何にも代えがたい素晴らしい結果です」
ヒノトは苦笑いだ。
「ですが結局、リャンを倒すのに手こずり、多くの兵を死なせてしまいました…」
「…兵が死ぬのは、戦争の常。少しでも犠牲を減らそうとしたその努力が、私は素晴らしいと思いますよ」
ヒノトとエミレイの会話を聞いていたリックイが、話に割って入った。
「ほう…。女スパイ、か。一国の将軍を誘惑し、王を殺させたとなれば、さぞ美しい女だったのだろうな。ぜひこの目で見てみたいものだ。今回の旅には、連れてきていないのか」
「…。残念、ながら、連れてきてはいません」
リックイは心底残念そうにしている。なかなかの女好きのようだ。
「そうか…。今度来る時は、ぜひ連れてくることだな」
ヒノトがリックイに嘘をついた。深刻な嘘ではないが、キベイとオタジは、ヒノトの後ろでそっと視線を合わせている。
とにもかくにも、グアヌイ王国を統合したことについて、ツェキータ王国は深く追求する気はないらしい。そのことに、ヒノトも、後ろで成り行きを見守っていたキベイ達も、ほっと胸を撫で下ろしていた。