第四章:二人の王
ヒノトの視線の先で、リックイ王はヒノトに背を向ける格好で立っていた。部屋の中には、大臣や将軍らしき十人の人間がいたが、ヒノトが来たことをリックイに知らせることもなく、沈黙を保っている。リックイがその気になるのを待つということだろうか。
リックイは、大きな窓から外を眺めているようだ。窓からは、心地よい風が絶えず吹き付けてくる。それは潮の匂いがするので、海からの風なのだろう。
ヒノトは立ち止まって姿勢を正すと、自分との会談を急がせることもなく、リックイの眺めている方へと視線を向けた。
王の間の窓からは、壮大な風景を望むことが出来た。海も、砂漠も、繁栄を極めるリーベルクーンの街も、全てを一望できる。ここからの眺めは確かに、世界の頂点に立つ者だけが見ることを許された眺めなのだろう。
ヒノトが見つめる中、ゆっくりとリックイが振り向いた。
リックイの容姿を見て、ヒノトは驚きを隠せなかった。リックイは、女と見間違うほどの美少年だったからだ。
リックイは、目の周りを緑色の化粧で縁どっているので、元々大きく、印象的な瞳が、更に強烈に見る者を威圧している。真っ黒で真っすぐな髪の毛は、肩まで伸び、風に吹かれるたびにさらさらと揺れている。服装は、ヒノトに比べると随分と身軽だ。白い絹の布をまとい、黄金のベルトで絞めているだけだ。肩から先に布はなく、腕が丸見えになっている。これで王の正装なのだろうが、ジュセノス王国に比べると気温の高いツェキータ王国の風土に合ったものなのだろう。それでも、首元や手首に提げられた装飾品は素晴らしい。黄金も、色鮮やかな宝石も、ふんだんに使われている。
リックイは、これまた黄金でできている王の椅子へと座った。そして、ヒノトをじっくりと眺めた。その表情はいかにも楽しそうで、初めて見るジュセノス国王に興味深々といった様子だ。
ようやくリックイが言葉を発した。
「ジュセノス国王、ヒノト王。我がツェキータ王国へ、ようこそおいでくださった」
ヒノトは深く腰を折って礼をした。
「ツェキータ国王、リックイ王様…。私がジュセノス国王に就任して以来、今までご挨拶にも伺わなかった非礼を、どうかお許しください。本日、リックイ王にお会いすることができ、感激の極みでございます」
ヒノトの後ろで、キベイとオタジも、深々と礼をした。
リックイはにっこりと笑った。その笑顔は、男女問わず、世界中の人間を虜にするほど美しかった。
「そのようなこと、詫びずともよい。ジュセノス王国が、ツェキータ王国から遥か遠い場所にあること。私もよく存じておる」
「有難きお言葉…。心より、感謝いたします」
リックイはヒノトに対して、家臣と話すような口調で話しかけている。リックイにとって、例え相手が一国の王であろうとも、これが当たり前なのだろう。だがそれは、予想される範囲内のことだった。
リックイは、じっとヒノトを見つめてきた。ヒノトの人柄、王としての資質、弱点…。全てを見透かされそうな目だった。だがヒノトは怯むことなく、穏やかな表情でリックイの視線を受け止めている。
物おじしないヒノトの態度に、リックイは楽しそうな笑みを浮かべた。
再びリックイが口を開いた。
「ところで…。近頃ヒノト王は、隣国グアヌイ王国を攻め滅ぼしたと聞いたが…」
「はい、リックイ王。今回私がツェキータ王国を訪れた主な目的は、グアヌイ王国が、我がジュセノス王国に統合されたことを、ご報告するためです」
「ほう…」
リックイは目を細め、ヒノトの話に聞き入る態勢を取った。
「ジュセノス王国とグアヌイ王国が、長年に渡って戦いを繰り返してきたことは、リックイ王もご存じでしょうか…。五年前、皇太子だった私は、父であるハルゼ王を、グアヌイ国王であったリュガ王に殺され、ジュセノス国王に就任しました。それからも、両国の確執は続きました。貿易問題、農業用水の問題…。そして遂に、国境の街での些細な争いをきっかけに、グアヌイ王国との全面戦争に突入しました。…私は、両国の争いの歴史を、終わらせたいと思いました。勝つにしろ、負けるにしろ…。もちろん、負けることなど考えてはいませんが。とにかく、決着をつけたかったのです」