第四章:『ルシリア』
ユノアとミヨは、全速力で神殿の外へ向かって走っていた。チュチはユノアの服の中から飛び出して、ユノアの隣を飛んでいる。
すると前方から、先ほどの十人とは違う、別の男の神官が歩いてくる。まだその顔には幼さが残る。歳は、ユノアやミヨと同じくらいだろうか。手には、供え物らしき菓子や果物を持っている。今からイェナサの元へ行くところなのだろう。
その神官には構うことなく、ユノアはその横を走り抜けようとした。
神殿には相応しくない慌ただしい足音に、神官も何事だと不審そうな顔をあげた。
神官とユノアの目が合った。すると、神官が驚いたように目を見開き、手に持っていた供え物を落としてしまった。
「ルシリア…!!」
神官の叫んだ名前。まさかそれが、自分のことを示しているのだとは、ユノアには分からなかった。ただ、ルシリアと呼ばれた瞬間、身体の中の熱い塊がまた膨れ上がった。
(早く…、一刻も早く、ここから離れなければ!)
もはや、熱い塊を制御するのは不可能だった。ユノアに出来るのは、パワースポットであるこの神殿から、一刻も早く逃れることだけだった。
不審そうな顔で見つめる神殿の警備兵の前を通り過ぎ、ユノアとミヨはリーベルクーンの城壁の中へと戻った。
ようやく走るのを止めたユノアに、ぜいぜいと息を切らしているミヨが非難の声を浴びせた。
「もう!何なのよ、ユノアったら!」
「ご、ごめんね、ミヨ…」
ふとミヨは心配そうな顔になった。
「本当に、大丈夫なの?神殿の中で具合が悪そうだと思ったら、逃げるように走り出して…。何か、問題でもあったの?」
ミヨに上手く説明する言葉が見つからず、黙り込んでいるユノアに、ミヨは困惑している。
「そういえば…。さっき擦れ違った神官の人…。ルシリアって、言ったわよね。あれって、ユノアのことを言ったのかしら。ルシリアって、一体何のこと?名前なのかしら」
ミヨが『ルシリア』と口にするたび、ユノアの中の熱い塊が暴れた。思わずユノアは声を荒げた。
「その名前を呼ばないで!」
ミヨは驚き、固まった。周りにいた人々も、何事だと眉をひそめて、荒々しく呼吸をするユノアを、不審そうに見つめている。