第四章:神殿
神殿の前に来て、ユノアとミヨは立ち止まった。神殿を見上げ、そのあまりの大きさに声を無くした。
止まったまま、ぽかんと口を開けて神殿を見上げている二人を、後ろからくる巡礼者が、邪魔だと睨みながら追い抜いていく。
神殿は、柱と屋根だけで出来ている。材料も大理石だけのようで、一切の無駄がなく、極限の美を感じる建築物だ。その周りを囲む壁はなく、神殿の中を隠すものはない。だが、神殿の中は暗く、巡礼者はまるで、闇の中に吸い込まれていくように見える。
ミヨはごくんと唾を飲み込んだ。
「な、何だか、怖い所、だね…。迫力があるというか…。でも、お金は取られないみたいだよ。行ってみる?ユノア…」
「う、うん…」
二人はしっかりと手をつなぎ合って、神殿の中へと足を踏み入れた。チュチは見咎められないように、ユノアの服の中で身を潜めている。
神殿を支える柱は、一つ一つがとても太く、立派だった。無数の巨大な柱と、遥か上にある天井。柱の間を歩いているうちに、ユノアはふと、ガジュの森を歩いているような錯覚に陥っていた。柱は、まるでガジュの樹のように大きく、威厳があったからだ。
神殿の中は静かで、歩くときに出る靴音さえ、気になるほどだった。
「ユ、ユノア…。私なんだか、緊張しすぎて、眩暈がしてきちゃった…。ユノアは大丈夫?」
ふとミヨがユノアに目を向けると、ユノアは胸に手を当て、思いつめたような表情で目を見開いている。
ミヨは仰天した。
「ど、どうしたの?具合でも悪いの?」
思わず大きな声を出したミヨに、周りにいた巡礼者が非難の視線を浴びせてくる。
ユノアは笑顔を取り繕った。
「だ、大丈夫よ。気にしないで」
ふぅっと息を吐いて、気持ちを落ち着かせようとしたユノアだったが、心臓は治まる様子がなく、激しく動き続けている。
自分の身体の奥に、熱い塊があることをユノアは感じていた。この熱さを、ユノアは前にも感じたことがあった。
それは、ミモリに教えられてダカンとカヤと一緒に行った、あの高原で感じた熱さと、全く同じものだった。
(この、場所は…)
あの高原が、世界に点在するパワースポットなのだと、ミモリは言っていた。もしかしたらこの神殿も、そうなのだろうか。
身体の中にある熱い塊は、どんどん大きくなっていくようだった。ユノアは怖くなった。この塊がこのまま大きくなったら、あの時のように、身体の中から溢れだした力が、風となって吹き荒れるのだろうか。
ユノアは力を封じ込めるように、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
力が暴走して、いいことがあった思い出など一つもない。何故自分が不思議な力を持っているのか、その理由を知りたいとは思うが、あの力をまた使いたいとは、ユノアは思ってはいなかった。
(嫌だ。出てこないで…!)
普段はユノアの身体の奥深くで眠っているのであろう力が、表の世界に出てきてしまったら、きっとユノアの意思とは関係なく動きだしてしまう。自分の中に、全く違う生き物が住みついて蠢いているような気分だった。
不安を抱えたまま、ユノアは更に神殿の奥へと進んでいった。
神殿の奥に入るにつれて、外の光は全く届かなくなり、小さな松明の灯りだけが、神殿の中の様子を教えてくれた。その薄暗さが、神殿の雰囲気を、更に荘厳にしているようでもあった。
突然に、辺りが明るくなった。松明の数が増えたのだ。目の前に人だかりが出来ているのを見て、ユノアとミヨは足を止めた。
人々は、床に両膝をつき、更に頭を床に擦りつけている。人々の祈りの声は、音楽のように神殿の中に鳴り響いている。
「ユノア!見て!」
ミヨが声を上げた。人々が祈りを捧げる、異様とも思える光景に目を奪われていたユノアだったが、ミヨを見ると、ミヨは驚愕の表情で、人々がいる場所の上の辺りを見上げていた。ユノアもミヨの視線の先を辿った。
そこにあったのは、二体の巨大な像だった。その像に向かって、人々は祈りを捧げていたのだ。
像はあまりにも巨大で、天井のすぐ傍にあるのであろうその顔まで、松明の灯りが充分に届いていない。それでも、像の全体像は見渡すことが出来た。
一体は、黒髪の毛が短く、唇を真一文字に結んで凛々しい顔つきをしている。もう一体は、黒髪の毛が長く、目元は鮮やかな緑のラインで縁どられ、唇には紅が引かれている。男女の神の像だということがわかる。二体とも、目を大きく見開いて、この世の全てを見ているようだった。
神像を見た途端、ユノアの中にあった熱い塊が、一気に膨れ上がったようだった。ユノアは思わず、胸を押さえてその場に蹲った。
驚いたのはミヨだ。自分も屈んで、心配そうにユノアの顔を覗き込んだ。
「どうしたの!?大丈夫?」
ユノアは笑顔を作ろうとした。だが顔はひきつって、大量の冷や汗が浮かんでいる。
(駄目。ダメ!もう大きくならないで!)
ユノアは必死に、身体の中の熱い塊を抑えつけようとした。だが、ユノアの意思とは反対に、その塊は膨張を続けているようだった。