第四章:思わぬ誤算
はりきってリーベルクーンの街へ出たというのに、商店を見て回るユノアとミヨの顔は冴えなかった。
「…。何、これ…。高っ!!」
思わず悲鳴をあげたミヨの顔を、店の主人がじろりと睨む。
慌てて口を手で押さえながら、ミヨはユノアに囁いた。
「せっかく可愛いと思っても…。この値段じゃあ、何も買えないよね…」
「う、うん…」
店先での二人のため息も、仕方のないものだった。服を買おうと思っても、安いものでも、持っている小遣いの五倍の値がするのだ。
確かに、置いてある商品の品質は素晴らしいと思う。布の肌触りの良さも、色の鮮やかさも、縫いつけてある装飾品も、マティピで見る服とは、歴然に違う。
(それにしても、この値段は…)
ユノアは呆れる気持ちだった。ジュセノス王国では、こんな値段で服を買う人など一人もいないだろう。
ふと隣を見ると、綺麗な服を着込んだ女性が、高価な服を何枚も買っていく。どうやったらそんなにお金を持てるのだろうと、ユノアは不思議に思うばかりだった。
いろいろと店を回ってみたが、どこも目が飛び出るほどの値段で、結局ユノアとミヨは、服やアクセサリーを買うのは諦めた。
二人の小遣いで買えたのは、甘いクリームの入ったパンケーキくらいだった。
木陰に座る場所を見つけ、二人は並んでパンケーキにかぶりついた。
その思わぬ美味しさに、ミヨは目を見張った。
「うわっ!…美味しいね。すごく柔らかくて、口の中でとろけちゃった!」
ユノアも、口の中にあるパンケーキの甘さに、すっかり魅せられてしまったようだ。チュチはちゃっかりとユノアのすぐ傍に陣取り、図々しくパンケーキの大半をつつき食べている。
「こんなに美味しいもの、初めて食べたね。リーベルクーンの人達は、いつもこんな美味しい物を食べてるのかな…。でも…」
ミヨは困った顔になった。
「私達だけこんな美味しい物を食べて…。マティピで待っているみんなに、悪い気がするね」
「うん、そうだね…。これを買うために、お小遣いもすっかりなくなっちゃったもんね」
「ほんと…。お金をどれだけ持っていても、ここで暮したらあっという間になくなっちゃいそう!」
ミヨは大きくため息を吐いた。
「…あーあ。つまんないね。せっかくいろいろ買おうと思ってたのに。もう、お店を見て歩くのにも飽きちゃった。これからどうする?どこか行きたい所がある?」
ユノアは考え込んだ。そんな二人の前で、道を埋め尽くす人の群れが、次々と買い物をしている。あの人ごみの中に再び入りたいとは、ユノアは思わなかった。
「…ヒノト様が言っていたわよね。神殿にも、行ってみなさいって。そこに行ってみようか」
「神殿かぁ…。うん、そうだね!…でももし、神殿を見学するのにもお金をとられたらどうする?もう、お金ないよ」
心配そうなミヨに、ユノアは苦笑した。
「それなら、中には入らなくてもいいわ。外から見ているだけで、まさかお金を取られたりしないだろうから」
神殿へ行く方法は、すぐに知ることが出来た。参拝のため、たくさんの人達が、そこへ向かっていたからだ。
神殿へ行くためには、一度リーベルクーンの城壁の外へと出なければならなかった。外へでるときに、特に身元をチェックされることはなかった。リーベルクーンに入る前に、しっかりとチェックしているからなのだろう。
しかし、城壁を出てからはずっと、ツェキータ兵の監視の目に晒されることとなった。神殿へと続く道には、五メートル置きに兵士が配置されていたのだ。
ミヨはそっとユノアに耳打ちした。
「…すごい、警備だね。まるで王宮を守っているみたい」
ユノアも同感だと頷いた。マティピにももちろん神殿はある。だが、神殿を守る兵士の数は、数人程度だ。国民も気軽に神殿へ行き、祈りを捧げる。
だが、ここ、リーベルクーンの神殿には、とても気軽にとはいえない雰囲気がある。何事も起きてはならないと、兵士が気を張り詰めて警備をしているのが分かる。それはまるで、王宮を守るかのような厳重さだ。
ツェキータ王国にとって、神殿とは、王宮と同じくらい重要な場所なのだろうか。
その場の雰囲気に呑まれて、ユノアも緊張し、心臓は動く速度を速めていた。