第四章:完璧な街
門をくぐり、リーベルクーンの街に踏み入れたユノアは、ミヨと一緒に、思わず叫んでいた。
「うわぁ!人が多い!建物が大きいー!」
口をあんぐりと開けて、きょろきょろと辺りを見渡す二人に、すかさずオタジが突っ込みを入れる。
「口を閉めろ、口を。田舎者丸出しだぞ」
そう言われて、慌てて口を閉じた二人を見て、オタジは遠慮もなく大笑いしている。ミヨなど、顔が真っ赤になってしまっている。
ユノアは口を尖らせて反論した。
「オタジ将軍。だって…!私は、初めてマティピを見たときも、何て人がたくさんいるんだろう、建物がたくさんあるんだろうって、とてもびっくりしたんです。それなのに、ここにはその何倍もの人がいて、建物がある。世界には一体、どれだけ大きな街があるのか…。もう私には、ついていけません」
オタジはまたまた大笑いだ。
「安心しろ。ここが世界で一番でかい街だ」
「えっ!そうなんですか?」
「…お前、本当に何にも分かってないんだな。ここは、世界一の超国家、ツェキータ王国の首都だぞ。いいさ。俺が教えてやろう」
珍しく、人にものを教える立場になったオタジが、自慢そうに鼻をこすった。
「いいか?リーベルクーンは、二十キロメートル四方を城壁で囲まれた街だ。その中に、五百万の人間が暮らしている。そして毎日、リーベルクーンに出入りする人の数は、何十万ともいわれている。世界中から人が集まってくるんだからな…。まあ、それくらいはいるだろう。広いとはいえない街の中に、これだけの人間がいるんだ。ぎゅうぎゅうに押しつぶされた、寿司の中にいるようなもんだな」
つまりこの街には、ジュセノス王国の全人口よりも多い人々がいるということか。あまりに大きな数字に、検討さえつかず、寿司に例えたオタジのおかしな発言に疑問を抱く余裕さえないほどに驚いたらしく、ユノアは目をぱちぱちさせている。
ユノアの表情を見て笑いながら、ヒノトも話に加わった。
「ユノア。他にも何か気付くことがないか?」
「……?」
ユノアがうーんと考え込んでいると、隣でミヨが手を上げた。
「あの…。ここには、貧しい人が一人もいないように思います。みんな、貴族のような綺麗な服を着て、お金に困っている人はいないようです」
ヒノトは頷いた。
「その通りだ、ミヨ。この街には、たった一人も貧しい者がいない。それに、建物を見てみろ。どれも、昨日出来たばかりのように新しいだろう。全ての建物に高級な素材が使われ、見事な彫刻が散りばめられている。この街全体の建物一つ一つが、一国の王宮に匹敵するほどの財力をかけて築かれているんだ」
ユノアは辺りを見渡した。確かに、どの建物も新しく、立派だ。マティピやシーダスには必ずあった、古くてあちこち傷んでいるような建物はどこにもない。
全てのものが煌びやかで、何の汚点もない、あまりに完璧なリーベルクーンの街並みは、逆に不自然で、不気味なようにも思える。
困惑気に顔を見合わせているユノアとミヤに、ヒノトは説明をつけ足した。
「不思議なことじゃないさ。ここは世界の中心地だ。世界中の国から、その国を代表する使節団が集まっている。使節団のメンバーが、粗末な服を着て、金に困っているわけがないだろう?それにこの建物も、ツェキータ王家の持つ財力を考えれば、決して不可能なものではないんだ」
「…。そんなに、お金持ちなんですか?」
オタジがまたまた口を挟んだ。
「そりゃあ、お前。すごいなんてもんじゃないぞ。俺達には想像も出来ない金だ。きっとツェキータ王家の奴らは、ジュセノス王国の一年分の予算なんて、一日で使いきっちまうぜ」
「…オタジ。言い過ぎだ」
さすがに気分を害したらしく、ヒノトがじろりとオタジを睨んだ。
「…まあ、オタジの言い方は大げさとしても、この街並みを見て、ツェキータ王国の豊かさが分かるだろう。何故この王国が、こんなにも豊かな資金を得ることが出来るのか。一つは、長い間、ツェキータ王国が世界の王者として、君臨し続けてきたからなんだ。世界中の国が、王者に貢物をし続ける。その貢物は全て、王家の財産になるんだからな」
「はぁ…。長い間って、一体いつから、ツェキータ王国は世界一の国なんですか?」
「さあ、いつからなんだろうな…。この世の歴史が始まって、人の手で記録がつけられ始めたときには、すでにツェキータ王国は世界に君臨していた。それから、ずっとだ」
「じゃあ、この世界が出来てからっていうことですか?」
「そうだな。そういうことだ」
なんだか凄い話だと、ユノアは目をぱちくりさせた。
「そして、もう一つ。ツェキータ王国の繁栄を揺るぎなくさせているものがある。黄金だ」
「黄金?」
「そうだ。リーベルクーンの城門にも、黄金が使われていただろう?ツェキータ王国は、世界有数の黄金の生産国として知られている。今なお産出され続けている、黄金という絶対的な財源がある限り、ツェキータ王国の繁栄は約束されている」
ツェキータ王国という国の大きさを、ようやくユノアは理解した。改めてリーベルクーンの街を見渡すと、その目に、一際壮大にそびえ立つ建物が映った。それこそが、リーベルクーン王宮だった。中央に天に届くような高い塔があり、それを囲むように、幾多の建物が築かれている。まるで一つの山のようだ。
街を見下ろすその威容は、まるで世界に君臨する、ツェキータ王家そのものを表しているようでもあった。