第四章:リーベルクーンへの旅
ツェキータ王国。世界最大の面積と、人口、富を誇るこの国の首都、リーベルクーン。
雪の残る山脈を越え、橋もかからない大河を超えて、ジュセノス王国から遥か離れたこの地に、ヒノト率いる一向は向かっていた。
山道を越え、ようやく歩きやすい道になるのかと思ったら、今度は砂漠の道なき道を行かなければならなかった。
砂漠、というものを、ユノアは初めて見た。そして、あまり好きな場所ではないなと思った。歩こうとしても、踏み出した場所の砂が崩れてしまって、とても歩きにくい。上からは強い太陽の光が降り注ぐが、身を隠す木陰もない。
熱さと、歩きにくさでなかなか進まない行程のため、すっかり体力を消耗した一行は静まりかえり、黙々と足を進めている。
侍女として同行していたミヨが、ユノアに近づいてきた。
「ユノア…。暑いね…。大丈夫?」
ユノアはさすがに疲れ切った表情でミヨを見た。
「大丈夫、とは、言えないわね…。どんな場所でも耐えれる自信があったのに、砂漠だけは…。身体に合わないみたい…」
大きな帽子と、長袖のついた風通しのいい服を着て、強い日光から身体を守ってはいるが、暑さが和らぐ様子はない。ユノアの服の中で、チュチもすっかりバテているようで、毛を逆立てて丸まり、さっきからぴくりとも動かない。
「…私も同じ。こんな過酷な場所に、本当に世界第一の都市があるの?」
二人の愚痴を聞きつけて、傍にいたヒノトが声をかけてきた。
「もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ」
「え!じゃあ、もうリーベルクーンに着くんですか?」
ユノアとミヨは、不思議そうに辺りを見渡した。見えるのは、今までと何ら変わりない、殺風景な砂漠の風景だけだ。首都であるリーベルクーンが近づいているのならば、もっと人がいたり、整った道があったりするのではないだろうか。
訝しげな二人の表情を見て、ヒノトが笑い声をあげた。
「ははは!違う、違う。俺が言っているのは、あれのことだ。…耳を澄ませてみろ。聞こえないか?」
ヒノトの指し示す方向へ、ユノアとミヨは耳を済ませた。
「…さらさらと、水の音がします」
「あ、見て!ユノア。緑が見える!」
ミヨの驚きの声に、項垂れていた隊列の皆が顔をあげた。
その目に飛び込んできたのは、砂漠の味気ない茶色とは対照的な、生き生きとした木々の緑色だった。
「ユノア!行ってみよう!」
ミヨが走りだした。ユノアも笑顔になって、ミヨの後を追っていった。
「ユノア!見て、見て!川がある!」
興奮したミヨの声に、ユノアも頷いた。
「本当!…大きいねぇ。カラカラに乾いた砂漠の中に、こんなに大きな川があるなんて…。信じられない!」
ユノアとミヨが驚くのも無理はない。そこには、今までの乾いた砂漠が信じられないくらいの、大量の水があった。それは、ジュセノス王国を潤すシノナ川よりも大きかった。
二人の後ろに立って、ヒノトが言った。
「これが、テセス川だ。ツェキータ王国の、母なる大河だ。この川があるからこそ、砂漠に囲まれたツェキータ王国が、繁栄してこれたと言っても過言じゃない」
ユノアは、テセス川を見つめた。母なる大河は、砂漠と同じ色の膨大な量の水を称えて、ゆったりと流れている。
「さあ今からは、この川沿いに進むぞ。木もあるし、少しは涼しくなるだろう。みんな、頑張ってくれ」
ヒノトが声を掛けると、一同は「おうっ」と返事をした。その顔には、元気が戻ってきているようだ。
テセス川に沿って進むうち、川沿いに建てられた村に到着した。初めて目にする、ツェキータ王国の民だった。
砂漠の中だとは思えない豊かな生活が、その村にはあった。飢えている民など、一人もいなかった。皆、ほつれなどない綺麗な服を着ている。煉瓦で造られた家も、とても立派だ。
王国の中でも外れにあるはずの村でも、この豊かさなのかと、ヒノト達は目を見張らずにはいられなかった。
村を通っている途中、ユノアはあることに気付いて、ふと足を止めた。ユノアの視線の先には、賑やかな村の雰囲気に、まるで取り残されたかのように、ぽつんと置かれた像があった。像には苔が生え、欠けてしまっている部分もある。
(これは…。神様を祭った、祠…?)
ユノアは、ファド村でダカンが、忘れ去られた神像をたった一人で手入れしていた光景を思い出した。人間が神像の存在を忘れてしまうことなど、どこの国でもあることだ。だが、こんな村の中心にある像が、果たして忘れられてしまうのだろうか。まるで、わざと無視しているようだ。
その像のことは、ユノアの心の中に、針のように突き刺さり、留まり続けた。
ヒノトを先頭に、一行は村の中を通り、テセス川の岸に造られた船着き場へと向かった。
そこには、一艘の船が止まっていた。人が百人は乗れそうな大きな船だ。屋根もついていて、強い日光から乗船者を守ってくれるのだろう。既に何人かの人々が乗り込んで、船の出発を待っている。
ヒノトが一行を見渡して言った。
「さあ。俺達もこの船に乗って、リーベルクーンへ向かうぞ」
これから先は優雅な船旅だと聞いて、一行は色めきたった。ようやく辛い砂漠の旅から解放されるのだ。
ユノアとミヨは、先を争って船に乗り込んだ。そして、端側の、景色がよく見える場所にちゃっかり陣取っている。チュチも、船の木枠に停まって、気持ち良さそうに川からの風に吹かれている。すっかりバテていたときの姿が嘘のように、凛と胸を張り、胸元の金色の羽毛をはためかせている。
揺らめきながら船が動き出した。帆をいっぱいに張っても、テセス川には強い風は吹いていないので、川の流れとほぼ同じ速度で、船はゆっくりと下っていく。
船に乗って見ると、それまで辛いだけだった砂漠が、実はとても雄大な姿をしていることに、ユノアは気付いた。川沿いにある村や緑が、迫りくる砂の山に今にも押しつぶされそうで、いかにも頼りない。自然の圧倒的な力が、この国ではよく分かる。
緑豊かなジュセノス王国とはあまりに違う、ツェキータ王国の景観に、ユノアとミヨは圧倒されたように黙り込んで、船の動きとともに流れていく風景を見つめ続けていた。