第四章:ツェキータ王国
「私はてっきり、ヒノト様がこんな深夜まで政務をしておられたのは、グアヌイ王国に関する問題が深刻化しているからだとばかり思っていました。ですが、そうではないようですね。ヒノト様はきちんと答えを出しておられる。…では一体何について、今まで仕事をしておられたのですか?」
キサクの問いに、ヒノトは苦笑した。
「…全く、キサクの目はごまかせないな。軽い気分転換のつもりでここに来たのに、まさか問い詰められることになるとは思わなかった」
突然に、ヒノトの顔が曇った。今までは無理に明るく振舞っていたのだと、ユノアは気付いた。
ふぅっと、ヒノトは大きく息を吐いた。
「実は、ツェキータ王国へ行かなければならないという話が出ているんだ。グアヌイ王国を滅ぼしたときから、いつかは報告に行かなければと、レダから言われてはいたんだが…」
ツェキータ王国。初めて聞くその王国名に、ユノアは目をぱちくりさせている。
だが、ユノアの困惑には全く気付かず、ヒノトとキサクの会話は続く。
「ツェキータ王国、ですか…。世界第一の超大国であり、実質、世界中のほとんどの国家がツェキータの属国と化している…。我がジュセノス王国も、例外ではありませんからな」
「ああ…。今回の戦争のことだが、ツェキータ王国に予め相談をしておいたわけではなかったんだ。だが、ツェキータ王国としては、ジュセノス王国がこれからも変わらず貢物をし、友好的な態度をみせていれさえすれば、文句など言わないだろうと俺は思っている。本来、ツェキータ王国は、世界の国々を属国として扱ったことはないんだ。世界が一致団結して取り組まなければならないことを指導したり、国の間で問題が起こったとき仲介をしたりと、世界の平和を維持するために、我々を導いてきたような存在だ。グアヌイ王国との争いに決着がついた今、それを問題視するような真似は、しない筈だ」
「ええ、私もそう思います。以前よりツェキータ王国は、リュガ王の愚王ぶりを懸念していたと聞いています。ジュセノス王国とグアヌイ王国。長く続いてきた両国の争いに終止符が打たれたことを、喜ぶことでしょう」
「そうなんだ。だから、ツェキータ王国に行くことを躊躇うことはないと、レダにも言われているんだが…」
ヒノトは渋い表情になった。
「俺はどうにも、あの国が苦手なんだ…。何というか、世界中の秩序を取り仕切っている、いわば、この世界の神様のような国だろう?…そんな堅苦しい所に行くのは、どうにも気が進まない」
「…私は世界のいろいろな国を旅してきましたが、ツェキータ王国には行ったことがありません。あの国には、何か、他の国々とは違う、近寄りがたい雰囲気があります。ヒノト様の言われるように、まるで、神の元にいくような…」
「俺はまだ幼い頃、父上に連れられて、ツェキータ王国に一度行ったことがあるんだ。何というか、…凄かったよ。何もかもが完璧なんだ。建物も、そこにいる人達の礼儀や気品も…。父上がツェキータ王に謁見するとき、俺もついていったけど、…情けないことに、緊張のあまり身体が震えて、顔も上げることが出来ずに、結局王の顔さえ見ることが出来なかった。煌びやかな王宮に圧倒されて、すっかり気が小さくなってしまっていた。今度は王としてあそこに行かなければいけないのかと思うと、気が重いんだ…」
こんなにも憂鬱そうなヒノトを、ユノアは初めて見た。ヒノトがこんなにも嫌がる国とは、どんな恐ろしい国なのだろうかと思った。
ようやくグアヌイ王国との戦いが終わったというのに、ヒノトには気の休まる暇がないのかと、ユノアは悲しくなってしまった。
「そんなに嫌なら、行く必要なんてありません!」
突然声を上げたユノアに、ヒノトとキサクはびっくりしている。
「だ、だって…。ヒノト様は、ようやくグアヌイ王国を倒したのに、休む間もなく、今度はグアヌイ国民だった人達のためにずっと頑張っていて…。これ以上大変なことなんて、しなくていいです!」
それは、ヒノトの身体を心配するからこその発言だった。
ユノアの言葉に、ヒノトの頬も緩む。
「…ありがとう。でもな、ユノア。俺は王なんだ。王として、しなければならないことはたくさんある。そのどれからも、俺は逃げるわけにはいかない。本当はもう、ツェキータ王国に行く覚悟は決まっているんだ。ただちょっと、愚痴をこぼしてみたかっただけだ」
ユノアを安心させようとして笑顔になったヒノトを、ユノアはやはり心配そうに見つめている。
二人の間に流れる空気が今までとは違っていることを、キサクは感じ取っていた。主君と臣下という関係だけでは説明の出来ない、強い絆が感じられる。心を許し合った者だけが持てる、家族に甘えるような暖かな空気が、二人の間にはある。
共に苦労を乗り越えてグアヌイ王国を倒したことで、二人の間により強い絆が生まれたのだろうか。