第四章:薬の調合作業
夜も更け、登り切った月ももう、空の頂上から降り始めてしまっている。
ようやく、キサクは最後の患者の診察を終え、診療所は落ちつきを取り戻した。
キサクが、ユノアとミヨの元へやってきた。二人は、眠りについた患者達を見回っているところだった。
「ユノア。ミヨ。よく頑張ってくれているな。疲れただろう。こっちに来て、一緒に菓子でも食べないか」
菓子と聞いて、ユノアとミヨは輝かせた。しっかり者で、働き者の二人だが、まだ一五歳になったばかりの少女の顔が垣間見える。
キサクは、ユノアとミヨに、パンケーキと、蜂蜜を溶かした紅茶を用意してくれていた。
「いただきまーす」
働きづめで、お腹ぺこぺこだった二人は、あっという間に平らげてしまった。その顔が笑顔になる。
「おいしいー」
二人の笑顔を見て、キサクはにこにこしている。
「遅くまで手伝わせて、悪かったな。疲れただろう」
ミヨは疲れなど微塵も感じさせず、笑顔で答えた。
「ええ、でも…。患者さん達が元気になってくれて、ありがとうって言ってくれると、疲れも吹き飛んじゃいます。すごくやりがいがあって、楽しいです」
「そうか…。ユノアはどうだ?仕事には、大分慣れたか?」
「う、うーん…」
ユノアはぽりぽりと頭を掻いている。
「まあ、始めたばかりの頃に比べれば、大分マシにはなったかもしれませんが…。でも、ミヨに比べれば、まだまだ失敗ばかりです。今日だって、腹痛で来ている患者さんに、間違って下剤を出してしまって、余計に具合を悪くしてしまったり。傷口を縫おうとしたら、縫い合わせが汚くて、出血が止まらなかったり。…なかなか上手くできません」
「…最初はみんな、上手く出来ないものだ。失敗を繰り返して上達する。あまり気にせず、頑張りなさい」
「はい…」
キサクには励まされたものの、やはりユノアはしょんぼりして、口数少なく、紅茶をすすっている。
おやつの時間を終えて、眠りにつくのかと思ったら、キサクにはまだやることがあった。明日の診療のために、薬を調合しなければならないのだ。
これから何時間かかるか分からない作業に、さすがにミヨは、明日の仕事に備えるために、帰ることにした。
だがユノアは、自分から希望して、調合作業を手伝うことにした。
この薬の調合こそ、ユノアが一番興味を持っていることだった。いろいろな薬草があり、それだけで使えるものもあれば、何種類かの薬草を合せて、多彩な効果を引き出せるものもある。とても奥が深くて、効果もてき面なので、学べば学ぶほど、面白くなっていく。
それに、薬の調合の仕方を知っておけば、戦に出て、仲間が負傷したとき、近くにある薬草を使って、薬を煎じることもできる筈だ。そう出来ればどんなにいいだろうと、ユノアは思っていた。
薬の調合には、薬研と呼ばれる道具を使う。深く中央が窪んだ台の中に薬草を入れ、窪みの中で取っ手のついた木製の円盤を転がし、薬草をすり潰すという仕組みだ。
最初のうちは、円盤を上手く転がすことが出来ず、薬草一枚をすり潰すのにも大分時間がかかっていたユノアだが、随分と上手く扱えるようになっていた。
それでもやはり、となりで薬研を操るキサクの見事な手さばきにため息をついて見惚れてしまう。キサクの手にかかれば、一分もかからずに薬草が薬に生まれ変わるのだ。
(上達のためには、練習あるのみ!)
気合いを入れ直して、薬研との格闘を再開したユノアだったが、そこに思わぬ訪問者が訪れた。