第三章:シーダス決戦
シーダス王宮の前に広がる平原では、当初の三分の一に減ってしまったジュセノス軍が、決死の戦いを続けていた。
魔の崖下の道で三分の二に減り、その同様の中で更に奇襲を受け、三分の一になった。それからは引くに引けず、グアヌイ軍に追い立てられるまま、本拠地であるシーダス王宮の目の前にまで来てしまったのだった。
今や、ジュセノス軍の兵士は、指揮官であるヒノトや、キベイ、オタジが何処にいるのかさえ分からない状況だった。敵軍に囲まれた恐怖と戦いながら、必死に正気を保ち、襲いかかってくる敵と戦い続ける。
グアヌイ軍の兵士はやはり、寄せ集めの烏合の衆で、ジュセノス兵の方が遥かに能力は勝っていた。だが、倒しても、倒しても、グアヌイ兵は次から次へと向かってくる。きりがないのだ。
まるで、蟻地獄を這いまわっているような気分だった。この地獄からは、もう永遠に逃れることが出来ないのではないだろうか。そんな絶望感が、兵士を襲う。
疲れ果て、希望も無くしたジュセノス兵の動きは鈍り、そこへ新たなグアヌイ兵が剣を振りかざしてきた。
戦場となっている平原に、ガイリ率いる騎馬隊が到着した。既に傷だらけで、一見援軍には見えない部隊だ。
だが、先頭のガイリが剣を抜き放ち、吠えた。平原の空気が震えた。凄まじい殺気が、辺りに満ちた。
驚いて振り返ったグアヌイ兵は、恐怖に顔を引きつらせた。その目には、迫りくる騎馬隊が、死の世界からきた死神の軍団のように見えたのかもしれない。
すっかり戦意を喪失したグアヌイ兵の身体に、容赦なくガイリの剣が突き立てられる。ガイリの顔は、もはや人間のものとは言えない形相になっていた。
そこにいるのは、鬼だった。
鬼人の如き戦いぶりのガイリを目の当たりにしながら、ユノアもまた剣を抜いた。だがすぐに突入はせず、戦場をぐるりと見渡した。
止まったユノアを、後ろからきた騎馬隊の兵士達が次々と追いぬいていく。
ユノアは、ヒノトを探した。驚異的な視力を持つ目を凝らして、一キロ四方に渡って繰り広げられている戦場の中、一人一人の顔を確認しながらヒノトを探していく。
(ヒノト様!どこ!?)
キベイも、オタジも見つけることが出来た。だが、ヒノトはなかなか見つけることが出来ない。
(まさか、もう…?)
恐ろしい考えが浮かんで、ユノアは胸を抑えた。不安のあまり、息苦しさを感じたからだ。
涙を浮かべながらヒノトを探し続けるユノアの顔が輝いた。ようやくヒノトを見つけたのだ。
だが、ヒノトが相対している人物を見て、再びユノアの顔が凍りついた。それは、リャンだった。
ユノアはヒノトの元へ向かって馬を走らせ始めた。
一通り、周りのグアヌイ兵を片づけ、一息ついていたガイリが、血相を変えて走っていくユノアに気付いた。ガイリの表情は人間のものに戻り、理性も戻っていた。
ユノアの隣に、ガイリが横付けしてきた。
「ユノア、どうした!?」
ユノアは不安に慄いた顔をガイリに向けた。
「将軍!ヒノト様があちらにいます!ヒノト様の傍に、リャンが…!」
ガイリは目を剥いた。
「な、何だと!?」
ユノアの示す方向に、初めガイリは、ヒノトの姿を確認することが出来なかった。だが、馬が進むに連れ、確かにヒノトだと分かった。
そしてユノアの言う通り、ヒノトが戦っている相手はリャンだった。しかも、ヒノトが不利に見える。
(一刻も早く、ヒノト様の元へ!)
そう思いつめる二人の前では、虫のように湧いてくるグアヌイ軍の大軍も、全く障害にはならなかった。
だが、どんなに二人が焦っても、ヒノトは更に追い詰められていくようだった。リャンの振り下ろす剣を、ヒノトが際どく受け止めている。
我慢できず、ガイリは弓を構えた。リャンに向かって狙いを定めるが、ヒノトがすぐ傍にいるので、矢を放つことが出来ない。
ガイリが弓を構えている間に、ユノアは一足先にヒノトへと近づいていく。
ヒノトに決定的な危機が訪れた。激しいリャンの剣を受け止めた途端、体制を大きく崩したのだ。その隙を狙って、リャンがヒノトの首目がけて剣を振ろうとした。
遂にガイリが矢を放った。矢はヒノトの身体のすぐ傍を通り、リャンの顔の横を通り抜けていった。
驚いてリャンが動きを止めた。ヒノトの命は、危機一髪のところで救われた。